コミケット61
今回新刊:
抽象企業・21-2補/コミケット2000・冬
宿泊所:秋葉原ワシントンホテル
2001.12.28〜30
1)前準備〜余裕と焦りと断念の日々
2001.11. 3(土)後楽園コスプレフェスタ
11. 4(日)キャラクターフェスティバル in 東京ビッグサイト
同上 後楽園コスプレフェスタ
11.18(日)コスプレ撮影会
12. 2(日)コスプレ撮影会
とまあ、普通コミケ1〜2ヶ月前からイベント参加は休止して新刊作成の準備に入るのが恒例だったのだけど、この時はこういう状態。多分最もコスプレカメコに狂っていた時期。
そのせいで、本来この年中に出す!と堅く心に決めていた「抽象企業・7i/吾輩はオタク施主である」はまたまた延期。結局夏に出した「コミケット2000・夏」の補巻として「コミケット2000・冬」を準備するのが精一杯だった。
ただその時に再びかなりの試行錯誤を介してスキル獲得は果たしたと思う。この年の夏までには同人誌作成は完全にMacDTPに移行した。WPソフト(いにしへのクラリスワークスではあるが)の使い方がより自在にできるようになった。写真のテキストページへの取り込み方も完全に手中にした。ただまだ取り込み写真の画質の調整に一考の余地はあり、モニター解像度とプリント時解像度の区別を把握しきれてなかったが、問題点はわかっていた。単に時間が足りなかったというのが事実。それと、これまたマーフィーさんの訪問回数が多くなった。コスプレ写真の取り込みでHDDが一杯になってきたが、使ってるPower
Macintosh 7100にはCD-R/RWドライブは付いてなくてバックアップが取れない。RAMも132MBしかなくて、Claris WorksとPhotoshopとNetscape
Communicatorを同時に立ち上げるのは非常にキビしい状態(そんなもん同時に立ち上げるなよ、と言う意見はごもっとも。けれど、始めWebにアップするためにコミケレポートをNetscape
Composerで作っていて、次に印刷用にそのデータをClaris Worksに持って来るためには同時に立ち上げざるを得ない瞬間があるのだ。加えて画像処理を併行してやろうとすると......)。おまけにこれに積まれていたMacOS8.1だといいかげんPlug-inの新しいVer.に対応できなくなってきた。そろそろ新しい機械、Power
Mac G4あたりが欲しいなあ、と切実に思い始めた。
ところでそんな僕の個人的事情はともかくとして、夏コミから冬コミの間に全世界的には大変な事件が勃発していた。言うまでもなく、9.11アメリカ同時多発テロに端を発する全世界テロブームである。テレビでニューヨーク世界貿易センターのツインビルに旅客機が衝突し、そして全壊するまでの映像を目にして何も考えられなかった。頭の中が真っ白になるほどのショックを受けたのだ。しかもその時たまたま僕はインターネットTVでストリーミングのコスプレ番組を見ていたという状況の組合せのシュールさ・珍妙さで余計記憶に残った。ペンタゴンも襲撃を受けたというニュースも入り、アメリカが報復を敢行するは必至、これは本格的に戦争が始まるかと危惧した。
と同時に、アメリカを襲撃するならなぜレドモンドの某コンピュータソフト会社を襲わなかったんだ、とそのライバル会社の某コンピュータユーザである僕は心の中で叫んだが、あまりにブラック過ぎて明言を避けざるを得ないし、笑えない。
また更なる二次テロとして、郵便物を介した炭疽菌テロ騒動なんてものもまき起こり、これに狂牛病汚染牛肉のニュースが絡まって2001年後半は何がなんだかわからない恐怖感が社会を席巻した。煽りを食らって、冬コミでも慌てて炭疽菌テロ対策が立てられたりした。テロ組織がコミケを積極的に標的にするとは思えないが、なにしろ人が集まるイベントでの示威行動は衆目を集める効果大、ということでコミケもその無差別テロの対象になりかねない。いやはや21世紀はとんでもない幕開けを迎えた。
けれど12年来の習慣というのは怖い。11月も半ば頃になると、そういった事件のことは取り敢えず横に置いといて、コミケ新刊の準備に頭が向いた。
11月中旬、コミケのサークル申込は首尾良く受理され、冬コミのブースは手に入れた。だがまだホテルの予約をしてなかった。有明のワシントンホテルがベストだけど、その時期にまだ空き部屋がある訳がない。有明ワシントンホテルはコミケ時期は1年前に予約で満室になるのだ。しばらくネットで探していたが、ある日会社の帰りにふと思いついて、ワシントンはワシントンでも秋葉原のワシントンに直接行って冬コミ時の予約状況をフロントで尋ねたら、なんとまだ空きがあった。オタク街として全国に名を轟かせる秋葉原、もう当然予約で満杯だろうと思ってたのだが。ともあれその場で12/28・29の予約を入れた。コミケの帰りに秋葉原、こりゃもうオタクの黄金パターンであることに後から気付いて苦笑した。
12月に入ってから、週末ごとに深夜コンビニで既刊の増刷に入る。併行して新刊の製作。
ところが12/18に椿事発生。毎日通勤時に家から駅までは自転車で行くのだが、その自転車が市の街頭整理事業で回収されてしまった。駐輪場でもないところに無断駐輪してた僕が悪いのだけど、時期が悪かった。お陰で12/23に市の外れの放置自転車回収場にバスを乗り継いで受け取りに行かざるを得なかったし、その間コンビニでのコピー撮りも中止。でもそのお陰と言っちゃあなんだが、覚悟を決めて新刊の製作が進められた。
12/22から23にかけて、唯一の新刊「コミケット2000・冬」の最後の仕上げをした。ほぼ完徹。カラー写真の貼り込みが例によって時間がかかる。カラー写真のページはそこだけカラーコピーでまとめ撮りできるようにページを調整する必要があり、そのため入れたくてもスペースの関係で落とさざるを得ない写真も出てきてしまう。次回からは写真はまとめてWebスペースに上げておいて、本を買ってもらった人だけがそれを見に行けるというようにできないかな、とその時考えた。
それにしてもMacにつないでるhpのレーザープリンタの調子がはなはだ良い。もう年代ものの白黒レーザープリンタなのだけど、この月初めにさんざ苦労してアメリカ本国のhpのサイトから新しいバージョンのプリンタドライバ(もうかなり前のプリンタなのに今だにドライバを改訂して配布しているのには驚いた。それを教えてくれたi4に言わせれば「それがアメリカのメーカーの良いところ」だそうだが)に入れ替えた甲斐があったというもの。プリント命令をするとあっと言う間にMacが解放されて次の作業に移れる。以前は全てのプリントの排出が終わるまでずっと時計が回って待たされてた。i4曰く、ドライバがやっとPowerPCG3に対応したんでしょうと。
23日深夜、ようやく版下完成。コンビニにコピーを撮りに出かける。併せて既刊の不足分の最終増刷。けれど予算不足でどうしても増刷できない号も何冊か出てきてしまった。
コピー自体ははなはだ順調、だったのだけど途中やっぱりマーフィーさんがやってきた。コビーが突然止まってしまって、操作パネルには「店員をお呼び下さい」の表示が。金切れでも紙詰まりでもトナー切れでもない。仕方なく店員を呼ぶと、あちこちいじって
「これはちょっと重症ですね......」
とイヤなことを呟いて、ボールペンを取り出したと思ったら驚いたことにコントロールボックス前面にあった目立たないちっこい穴にその先を押し込み、同時に電源を切ったり入れたりを2・3回繰り返した。こりゃまるでパソコンの強制再起動ではないか。と、操作パネルが暗転してなんとDOS/V文字が出てきて「Windows
NT ver.4.0 package......」云々と表示された。Windows NTが入ってたのか! つまり以前から薄々察知してた通り、この機械の正体はパソコン+高速スキャナ+高速ブリンタだったのだ。しかしWindowsねえ。この機械、Docucolor1250MPは富士Xeroxの製品で、Xeroxといえば70年代に世界に圧倒的に先行してGUIパソコンの先鞭を付けたAltoを開発してコンピューター史にその名を残してるのに、今や自社製品にWindowsを使ってるとは。
そんな感慨はともあれ、もう2回ほど再起動を繰り返して元に戻り、以後順調にコピーは撮り終えた。既に明け方近く、コピーを持ち帰ってそのままベッドにバタンキュー。
翌日、というかその日12/24の昼頃起き出してすぐに丁合・製本に入る。振り替え休日になっててくれたことにマジ感謝。とはいえこの日が休日になってることを見越してたためにギリギリまで作業しなかったというのもまた事実。製本の時、たまたまあったS&Bコショウ大瓶が背の型押しに丁度いいことを発見。
ともあれ新刊・既刊の準備はできたが、既にフットワーク、じゃないペリカンのコミケ専用受付の締め切りは過ぎてたので、仕方ない秋葉原のホテルに当日直接持って行くしかない。
12/28(金)、朝6:30起きでバッグカートとカメラバッグを抱えて出発。カートの中身は新刊、着替え、雑物を詰め込んだ。秋葉原に着いて、まずはホテルに直行、フロントに荷物を預けてから出社。
17:30に退社後、ホテルにチェックイン。取り敢えず部屋を確認してから北浦和に帰宅。金・土深夜のQRアニラジ番組のエアチェックの予約をしてから、コミケ用に略礼服に着替える。ただしネクタイピンはケルベロス。ところがそれからコスプレイヤーさんへのプレゼント写真を整理して荷物にまとめるのに手間がかかり、再び家を出られたのは既に23:30。バスはとうに無く、20分かけて駅までキャリーを転がしながらトボトボ歩く。JR車中はさすがに空いてたが、忘年会帰りのゲロ吐き男、座りションベン男がいたりして鬱陶しい。再び秋葉原に着いたのは既に29日の0:30過ぎ。
ホテルに入り部屋へ。i3が既に来ていた。秋葉原の夜景はいかがなものかと窓を開くと、見えるのは隣のビルの壁だけ。まあ仕方ないか、寝るためだけみたいなもんだし。荷物を置いて、コンビニに夜食を買いに出かける。秋葉原の東口、昭和通り沿いに歩いたが閉まってる店ばかり。世界の秋葉原、もうちょっと不夜城めいた繁華街を予想してたのだけど。電気街口とはまた別か。けれど駅から少し末広町側に行ったところで24時間営業のコンピニを見つけ、カップ麺に缶詰、ついでにビールも買ってホテルに戻る。
i3はさすがにもう眠りに就いていた。ポケットラジオでQRのアニラジ番組を聴きながらカップ麺とビールの夜食。と同時に遅蒔きながらカタログチェック。もっとも土曜日の買い物はちょっとなのですぐに終了。2:30過ぎに寝る。