リレーえっせい 第47回

「官僚」を考える――2


江波戸哲夫

「よくそんなことがいえるな」とはいわなかった。できるだけ本当のことを話してくれと頼んだのはこっちだ。Aは、ぼくの求めには誠実を心がけてくれている。
 ぼくがさらに問いかけようとしているところへ、彼の携帯電話が鳴り、「大臣が呼んでいる」と彼は肩をすくめた。
 やむなく、もう一度、別の機会を設けることにしてAと別れた。
 それから日ならずして「ムネオ問題」が勃発して、世間は大騒ぎとなった。
 次々と新事実が飛び出す「ムネオお化け屋敷」に世間と同様ぼくも開いた口がふさがらなかった。いや、なにも「前代未聞だ」と驚いたわけではない。
「ムネオ問題」にはいくつもの不祥事がこんがらがっているが、どれもこれも要するにムネオの脅したりすかしたりの不当な(刑事事件に発展する可能性大)要求に、外務官僚が屈して、行政をねじ曲げ、税金を不当に使ったということである。地元への利益誘導とムネオ自身への直接的な利益誘導が折り重なっている。――しかしこんなことは、官僚制が始まって以来、ずっとおきている。
 たとえば昭和二十年代の通産省では夕方ともなると、許認可などを求める業界からの宴席の誘いで黒い車が庁舎脇に列をなし、通産銀座といわれたという。
 あるいは鉄道の急行を自分の選挙区に停めるようにした運輸大臣、はたまた新幹線の駅を選挙区に作った実力者など枚挙に暇がない。
 こうした政・官・業の利権構造を最もダイナミックに構築し、表裏のカネをブルドーザーでかき集めたのが、マキコのおとっつぁんのカクエイである。地盤・看板・カバンついでに声や口調までを、カクエイから譲り受けたマキコが、それを放棄することはないまま、霞が関の浄化を空念仏のように唱え続けているのは、おとっつぁんの贖罪のつもりなのだろうか? それなら黒い財産の整理のほうが先だろうに。
 元に戻るが、私が「ムネオお化け屋敷」に驚いたのは、
(ちょっと霞が関から目をそらしていたが、まだこんな古臭いやり方が通用しているのか!)
 というものである。古臭いのだが、ムネオはあまりに手広く荒っぽく“尻隠さず”でやっている。
 公になったムネオの口調はほとんどやくざの恐喝、いや暴対法以降のやくざのほうがもっと洗練されている。やくざが洗練を心がけている21世紀日本では、ムネオのようにむき出しの恫喝術を身につけていれば、たちまち官僚を腑抜けにし、地元に利益を誘導し、票も、表裏のカネも手に入れ、それらをあっちこっちに配り、いつの間にか小ボスにまで成り上がることができるのだ。
 ぐずぐず逃げ回っていたAをようやく深夜の都心で捉まえた。
「今回は鈴木問題は、なしだ」
 彼はそういったが、ぼくは最初からそんなことは無視するつもりだった。
「君ら、あんな横車に対抗することができないのか?」
 Aはなかなか答えない。
「あれに対抗できないんだったら、政策も構造改革もないじゃない」
「……」
「官僚なんている意味がないじゃない」
「どうやったら対抗できるんだ?」Aが開き直ったようにいった。
「爆弾娘マキコだって、かろうじて相討ちに持ち込めただけじゃないか。われわれ官僚だったら弾き飛ばされるだけだ。つまりどこか僻地勤務にでもなって、ムネオは元のままだ。われわれは対抗するどころか単なる自爆だ」
「それじゃ、彼みたいな政治家は野放しか」
「議員は大なり小なりムネオだぜ。みな地元への利益誘導を要求してくる。その後ろには大勢の地元業者や住民つまり国民がいるわけだ。利益誘導といえばスキャンダラスだが、地域住民のニーズに応えるということでもある」
「ルールがあるだろう」
「その通りだ。しかし政治家も業者も、必死でルールの裏をかこうとするんだ。マキコの父親が、刑務所の塀の上を歩いているがいつも外側に落ちる、といわれていたろう。ああいうことだよ。もっとも一度、拘置所の内側には落ちたけどな。そしてわれわれ官僚もルールの裏側に引っ張り込まれてしまう。それでも政・官・業の中では官が一番ルールを守ろうとするんだぜ」
「開き直るな」とうとう言ってしまった。「世の中がこんなだから、おれたちもこうなんだっていうのか? こんな女に誰がしたって、いいたいのか」
「そうはいわない。しかし利益誘導してスキャンダルにまみれた議員のほとんどは、次の選挙では大量得票して国会に戻ってくるぞ。少なくとも地元民は利益誘導野郎を支持しているんだ」
 声に自嘲と苦渋がにじんだ。彼は開き直っているわけではない。
「現実は君のいうとおりだと認めよう、だからって官僚がそれにべったり、いやそれ以上に現実の醜悪を増幅することはないだろう。君らは天下国家のために働くことを義務付けられている存在なんだ。そう考えたことはないのか」
「あるよ。そう思って入省した。しかしたちまち擦り切れた。おれたちが天下国家のためを考えたって何もやれないんだ。やろうとしてもすぐに孤立無援になって、結局はじき出される。君は何だってそんなに偉そうなんだ。マスコミが何だ、物書きがどうした、口先だけじゃないか。新聞社だって放送局だって出版社だって、他人の利益誘導は叩くが、自分の利益誘導は正当化するか目をつぶる」
 思わぬ逆襲だったが、すぐAにも一理あると思った。
 ぼくはグラスを口に運びながら、頭の中で戦線を立て直した。
 つまりぼくは政治家や官僚たちがくだらない税金の使い方をしたり、税金食い散らかしの不祥事だらけで、税金を払いたくない気分になっている、そこで、お前らなんでそんなにくだらないんだ、とAにいったら、お前ら国民のせいだ、といいかえされてしまったのだ。ふざけるな、といえるぼくであればいいのだが、そうかもしれないと思ってしまっている。しかし反論しないわけにはいかない。
「日本中みんなが醜悪の連鎖を作っているから、これを断ち切る方法はない、ということにはならないだろう」
 しばらく黙っていたAがいった。
「おれにいえるのは醜悪の先頭に立って走ることはすまいということだけだ。おれの力で少しでも食い止められるならそうする。しかしおれにできることはごまめの歯軋り程度だぜ」
「一連の官僚の不祥事とムネオ問題とは別だろう」
「ああ、プール金や警察の不祥事はちょっと別だ。あっちはルールで少しは何とかなる。最近、官僚が業界と付き合わなくなったんで仕事に差し支えているくらいだ。しかし肉骨粉はムネオ問題だぞ。業界、政治家、官僚が共謀共同正犯だ」
「君ら官僚は、何とかそのトライアングルから外れてくれよ」
「体を張らなければならない。それでも間違いなく弾き飛ばされる」
 ぼくは建前を武器とした。
「日本国のために官僚になったのだろう」
「お前も体張るか」
 Aはぼくを見据えていった。
「わかった、もちろんそのつもりだ」
 そういわないわけにいかなかったが、腹の底がひやりとした。

(2002年3月18日)
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