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第46回 「官僚」を考える――1 |
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江波戸哲夫 | |
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恥ずかしながら、ぼくはかつて官僚を愛したいと思っていた。 物書き稼業を始めて間もなくの一九八七年ごろから三年間ほど、某月刊誌に「官僚大研究」という連載をしていた頃のことだ。 官僚たちは取材には誠実に応じてくれ、日本の冷静な舵取りをしているように、少なくともそれを期待できるように見えていた。田原総一朗さんなども、しきりと官僚が日本を支えているといっていた時期である。 連載は二冊の単行本となったが、その二冊目のあとがきに私はこう書いている。 「官僚なんて、天下国家のためではなく、自分のために働いているのだよ」 私の旧知の官僚が皮肉っぽくこういったことがある。……(そして私は思った)国が若くて、外には拡大、内には整備を是としている時は、どこの国の官僚も幸せである。彼は国のために働いているか、天下国家のために働いているか、などと意識せずに、意気盛んでいられた。……この現実の上で官僚たちは偉人でなくとも天下国家のために働けるようなアイデンティティを再構築しなければならない―― これがぼくが官僚たちへ向けた最後のラブコールとなった。ぼくは彼らを愛せなくなりそうなことを予感していた。 これ以降、ぼくはずっと生身の官僚をテーマとはしなかった(革新官僚?を主人公としたフィクションは描いた)。ちょっと奥まで取材するうちに、一見洗練された見てくれの内側に保身と強欲が渦巻いているのを感じ始めたからだ。かつて愛しかけた人々の裏切りを見るのは忍びなかった。 しかしやがて取材などしなくても、保身と強欲が噴出すのを目にすることとなった。 それはマスコミを大いに賑わした大蔵官僚のノーパンしゃぶしゃぶ接待であり、厚生官僚のエイズ垂れ流しであり、警察官僚の腐敗であり、外務官僚の公金食い散らかしである。 それらを見て、ぼくはまず唖然とし、次に無性に腹が立ち、しまいにはいかんともしがたい無力感に襲われた。そして、そんなにたくさんの税金を支払っているわけではないが、しみじみ彼らに好き勝手にされる税金など払いたくないと思った。 官僚たちの多くは、 「あれは一部官僚の仕業で大抵の官僚は真面目に職務をやっている」 と言い訳するがとうていそうは思われない。 もしそうならば、これだけ国民の信用を失墜させた一部官僚とその責任者を指弾し、腐敗を糾弾する声が省内から高らかに起きてこなければならない。 警察官僚の場合は監察すべき官僚も接待漬けになり、それを取り締まるべき国家公安委員会もほとんどその実を果たさず、高額の収入を得ていることが知られている。民間有識者からなる公安委員会がこれでは、誰がチェックの任に当たったらいいのだろう? 外務省の場合でも、ノンキャリアの横領した公金をキャリアも飲食などでしゃぶり尽くし、会計検査院が検査に当たったうちのほぼすべての在外公館が機密費にたかって、あきれるほど贅沢三昧していたこともばれている。税金の食い散らかしは普遍的に内部化されているのだ。 なぜ彼らは平然とこんなことをやれるのだろう、彼らにはわれわれと同じ血が流れ、同じ脳細胞が組み込まれているのだろうか? いやそんなに持って回った言い方をしなくてもいい。なんだって官僚はこんなにろくでなしばかりになったのだ。 旧知のキャリアAを訪ねてみた。Aはどこの省庁に籍を置いているかを秘密にすることを前提に、できるだけ本当のことを言うと請合った。 「おれたちだって、悪気はないんだ」 「悪気がなくて数億円のプール金を食い散らかされてはたまらない」 「昔からやっていることで、誰も問題にしてこなかった」 「昔からやっていれば、問題にしないのか」 「昔からやっているってことは重要なんだ。過去からの継続性がおれたちの正当性の最大の根拠だ」 過去からの継続性が行き詰まっているから、民間企業は必死のリストラを実行しているし、聖域なき構造改革を唱えた首相が、これまでの政治の力学と違うプロセスから誕生した。 「だからおれたちだって必死で売上げを確保しようとしているんじゃないか」 「売上げ?」 「予算のことだ」彼は自嘲気味に笑った。「おれたち官庁にとって売上げは獲得した予算だ。何としてもこれを減らさないようにどこも頑張っている。年度末にせっかくの売上げが達成できなくなりそうなときは、無駄使いでも何でも必死でやる」 年度末にあっちこっちの道路を掘り返したり、必要もない備品を買いあさったりしているのは、売上げ確保ということなのか! 「民間企業では消費者が必要なものじゃないと、売上げにはつながらないんだぜ」 「予算にだって消費者はいる。おれたち官僚と圧力団体さ」 そう言ってからAは口を滑らしたか、という表情になって言いなおした。 「しかし圧力団体というのは、農家だし、土建業者だし、商店主だし、医者だし、つまりは国民なんだぜ」 「君らがそんなことをやってきたから、日本経済は先の見えない泥沼に沈み込んで抜け出られないんじゃないか。圧力団体の利益じゃなくて、天下国家のことを考えられないのかよ」 「天下国家のことを考えて、ウチの省庁、いや、そこまでいかなくても、どこかの局は必要ないなんて答えが出たらどうなるのよ。おれたちの居場所がなくなってしまう」 「君らの居場所を確保するために予算を取っているのか?」 「もちろんさ、民間人だって、自分と家族の居場所を確保するために必死で働いているんだろう。われわれだって一緒さ」 ふうん。ぼくは呆れ果てしばらく言葉が出なかったが、気を取り直して質問を続けた。 「君らの居場所を確保するために、非加熱製剤を放置してあんなにたくさんのエイズ患者を作ったり、英国人に忠告されたにも拘わらず肉骨粉を放ったらかしたのか」 「そこまで言うな。それじゃわれわれは人非人になる。そうじゃなくて、エイズにしろ狂牛病にしろ、まあ、それほど大事になるまいと高をくくっていたんだ」 「製薬会社や、輸入業者に気を遣ったのだろう」 「それも、大事になるまいと思っていたからさ。こんな大事になるとわかっていればもっときちんと対処した」 「しかしそのせいで日本中の酪農家や肉屋、焼肉屋が危機に瀕している」 「それじゃ、われわれが六年前に肉骨粉を規制したとして、いま狂牛病が発生しなかったとしよう。誰がおれたちを誉めてくれるんだ。何も起こらなかったらそれで問題ないから、誰からも誉められない。その代わり六年前に規制した時点で、肉骨粉業者には散々クレームをつけられ、肉骨粉になるはずの牛の屍体が生ゴミとなって自治体に溢れ返っただろう。世間はおれたちに非難ごうごうとなるだろう」 彼の自嘲気味の表情に本音が籠ってきた。ぼくも腰を入れなおした。 (この項つづく)
(2002年1月25日)
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