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第45回 「明日の安心」より「今日の幸せ」 |
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高浜みつ子 | |
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A子は決して目立つ存在ではないが、今時の若者には珍しいくらいの生真面目さが功を奏し、入社3年目の最近ではぐんと力を付けてかなり頼もしい戦力になっていた。この春からは新人が加わり、先輩として責任が増したことも良い結果につながったようだ。4月の定期昇給では全体のバランスを考えて大した上げ幅にできなかったので夏のボーナスでその分を反映してやりたいと考え、ある日A子を社長室に呼んだ。
「最近、どう?」 私は用意していた言葉を飲み込んで、改めて話し合いの時間を設けることにし、その場を切り上げた。
我がオフィスのある表参道周辺は10人以下の法人の巣窟である。ファッション関係やデザイン関係、建築・インテリア、編集、各種コンサルタント、PR、広告etc. そこで最もよく交わされる話題のひとつが「人の採用」だ。スーパー零細先端企業にとって人は文字通り生命線だから、「誰かいい人いない?」が日常の挨拶代わりだった。ところが最近は「正社員をいかに減らしつつうまく採用するか」の知恵比べに関心が移っている。 正社員を雇用すれば、毎月の給与はもとより、賞与、退職金、それに社会保険料も負担しなければならない。正社員中心の経営では人件費の増加がそのまま経営の圧迫につながってしまう。 このご時世だから、人件費の増加を防ぐためにパートタイマーや契約社員、派遣社員など非正社員を活用し、仕事量に応じて雇用調整するところが増えている。会社は「仕事をこなすところ」であり、もはや「人間関係を築くところ」ではなくなったのだ。
経営者にとって、案外大きな負担となっているのが一種の税金である社会保険料である。雇用保険については長期雇用の場合は形態によらず加入義務があるが、厚生年金や健康保険は加入しなくても現実的には罰則規定はない。いずれも個人の給与から天引きされる額と同額を会社が負担することになるから、その有無によって固定費は大きく変わってくるのだ。 厳しい雇用情勢の下、特に最近では社会保険料を払うことができず、社員同意の上で脱退する会社も少なくないようだ。また、非正社員の割合が増加し、雇用者全体のすでに3割近くを占めるようになっているという。この傾向は今後ますます強くなっていくだろう。もっとも建前としては、アルバイト・パートなどの非正社員でも一般社員の4分の3以上の労働をすれば加入義務が発生するので、本来はワークシェアリングの問題と併せて考えていくべきである。また、一方ではそんな事態に対し、社会保険自体を現在のような正社員を前提とした制度ではなく、雇用形態によらず適用すべきだという論議がある。あるいはアメリカのように個人別社会保障番号制度を導入すべきだという論議もある。 「しかし、」とここで表参道スーパー零細先端企業経営者は考える。 「社会保険ってそもそも何? それが幸せの素だなんて、誰が保証してくれるの?」 明日の社会を信じていればこそ、国民の義務として応分負担するのだ。当面、倒産危機に瀕するほどの逼迫にはないとはいえ、バラ色のシナリオなんてまったくもって信じられない中、今という刹那に生きる自分を否定できない。小さな綻びがすでに足下で始まり、そのことにあの人がこの人が荷担している。
結局、A子とは長期アルバイト契約することで、あっさりケリがついた。そうすることでA子は希望通り現状よりずっと多い手取り給料となり、我が社は社会保険料負担をその分軽減することができた。A子も私もともにハッピーである。
国民年金の未納率は約25%、厚生年金に加入義務のある事業所の約2割が非加入だという。一昔前の社員募集広告に必須だった「社保完備」は、もはや雇用条件が良いことの証明ではなくなった。「明日の安心」より「今日の幸せ」が問題と、多くの国民が考えている。
(2001年12月18日)
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