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人間の生きる目的は、
   何ですか?
●前のページで、世界を創造された神様は、「神に似るように、神のかたちに、人を造ろう。(創世記1:26)」と人間を造られたことを書きました。人間は、神様に似て造られており、人生はそれを充実・成長させるためにあります。ですから人がこの目的をもって生きないならば、その人は人生に満足を得ることないでしょう。では《神のかたち》とは何でしょうか?
人間は、霊です。
人間には、
自由意志があります。
人間は、
愛の中に生きます。
人間は、道徳的です。
●人が神様の存在を認める時に、神様は人の善悪を裁く方であるという認識があります。動物には善悪の判断はなく、本能で生きていますが、人間は物事を善悪で判断します。この意識が、死後の世界の「天国」や「地獄」も予想させています。そして人は、できるならば清く正しく生きたいと願います。道徳という、良い生き方の基準を考えることは、神様の性質にあるものです。
●神様は、何に対してもご自身で考え決定する自由意志をお持ちです。神様は、このような自由意志を人間にも与えられました。人間に与えられた自由意志に関しては、神様でさえも関与されません。最初の人アダムとエバが罪を犯すことになった時にもそれを止めることをしなかったほどです。自由意志を用いることは、その結果に対する責任も生じます。それほどまでなぜ神様は、人の自由意志を尊重するのでしょうか。それは神様との愛の関係は、互いの自由意志を用いることによって、成立するからです。
●「愛」ということばを用いるとすぐ男女の性愛をイメージしてしまう昨今の風潮の中では、説明が難しいですが、聖書が語る「愛」は、夫婦愛・兄弟愛・隣人愛等を含めた神様を愛するというもっと広く深い意味で用いているものです。神様が人類を愛してくださっている愛です。そして人間の中にも、この愛があります。そして聖書は、この「愛」を、「神様を愛すること」と「人を愛すること」の2つにまとめています。人間は、愛を必要とする存在で、この2つの愛を求め、その中に生きなければ、決して心の満足を得ることはありません。
●神様は「霊」ですが、同じように人間は、誰にでも体の中に、その人そのものである人間の本質である「霊」があります。また人は「霊」によって神様を知ります。「霊」は、消滅することがなく、永遠に存在します。ですから人間は、死によって自分の体が滅びても、霊で存在し続けます。人間には「霊」があるという根拠として、人間の意識の中には、人は死んだ後にどうなるのかという死後の世界への思いがありますが、これは永遠を思う霊から出ていることです。また人間だけが神を求める宗教や信仰を持つということも、霊の存在を証明していることになります。