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人間は、
なぜ生まれて
きたのですか?
●この質問には、2つの意味が含まれていると思います。まず「人間とは、どのような存在なのか?」ということと、「私が今生きていることにどのような意味があるのだろうか?」ということです。
●まず人間はなぜ存在するのかという疑問ですが、これは長い歴史の中で人々が抱いてきた質問でしょう。それに対する答えは、また歴史の中で多く用意されてきており、どれが正しい考えなのかというよりも、自分が納得できて、あなたの生きるための指針となる考えを得るのがよいでしょう。そこで聖書の考えを紹介しましょう。
●聖書は、唯一の神様が永遠に存在し、全世界を創造されたという考えを土台としています。そして最初の人間もこの神様によって創造されたのです。しかも全世界は、人間を造るために用意されました。神様の本質は「愛」であり、愛はそれに応答する相手を必要とします。相手に愛を示した時に、相手は自分の自由意志で応えることによって愛の関係ができます。神様は、ご自身の愛の対象として、人間を創造されたのです。このことは、私たちの親と子の関係で、理解できると思います。結婚によって、「家族」という新しい形が生まれますが、子供は親との愛を分かち合うために、望まれて誕生してきます。この時、子ども本人に対しては、生まれてくるための確認も承認もありませんが、生まれてきた子どもとの間に親子の愛が育てられていくのです。
●神様と人間との関係は、親と子の関係に似ており、神様は、互いに愛を分かち合う対象として、「神に似るように、神のかたちに、人を造ろう。(創世記1:26)」と人間を造られました。それが、人間誕生の理由です
●次に「私はなぜ今生きているのか?」ということですが、神様は最初の人間アダムとエバを創造されましたが、それ以降の人たちは全て、人間から生まれています。私たちも自分の両親から生まれてきました。生もうと願いを持ったのは両親ですが、生まれるための許可を与えたのは神様です。なぜなら生命に関する創造と最終的な支配権を持っておられるのは神様だからです。
●そこで今自分が存在しているという事実の背景には、両親の思いと神様の思いがあり、両者の関係の中に生きるのが、人の生きる意味です。聖書は、両親を敬うことと神様を愛することを教えています。ただ残念なことに、神様を愛さない両親の利己的な願望から子どもが生まれてきた場合、そのような子は自分が生きるための意味や存在価値を見失ってしまうことがあります。しかしそのような場合であっても、生まれることを許されたのは神様ですから、神様の思いを知って生きるならば、そこに自分が生きるための意味と価値を見出すことが出来ます。神様の思いとは、上に書いた「神のかたちに似る」ようになってほしいということです。人間は、神様とどのように似ているのでしょうか。次のページでは、それについて説明します。