第5回哲学カフェ“お金って何だ”

参加していただいた方の感想
 もともと関心のあるテーマでしたので、おもしろかったです。予想してたように、どの方もお金について、両義的な感情、必要だけど、どうも‥‥、という気持ちを持っておられたように思えました。「お金のない世界を、イメージできない、でも経験してみたい。」という発言が印象的でした。世界的な市場経済にまきこまれて、そこからぬけでることは不可能だけれど、どこかでそれを相対化できるイメージを作りたいなと、僕も思います。お金が人を自由にするという結論は、違うなと思いましたが、いろいろなしがらみから、人を合理的にときはなつという意味では、確かにそうだなと思います。問題は、ここで私たちが感じる自由というのが、ほとんど、誰にも頼らず、束縛されず、自分が、好きなことができるという意味での自由(自分が所有したり、支配する力としての自由)になってしまっていることだと思います。他人におおらかに依存したり、依存してもらったりできる自由、のびやかさ、自然から略奪する自由ではなく、自然の営みに従う、身をゆだねる自由(仏教的な感覚に近いような)、そういう自由の感覚もとりもどしていけるようなしくみを作りたいなと思います。時間銀行、地域通貨、ただめし券、税金を通しての再配分など、面白いヒントがたくさんあったと思います。また今度、もう少し焦点をしぼって話し合ってみたいですね。
 「お金とは何か?」の話は難しいけれど、お金にまつわる話は面白かったです。お金があればほとんどの欲望がかなえられます。しかし、一般大衆にはそれほど十分な金があるわけではありません。だから落語の中には途方もない話が出てきます。「千両みかん」は、真夏という前提でみかん一個千両、一袋百両するから、番頭がこれを持ち逃げするという話。また「芝浜」という人情話では、大金を拾った酒飲みの夫が、妻の才覚によって目覚めるという話。落語だけでなく、人間は途方もないことを考えます。お金は便利なものだけに想像力を膨らませ、夢や希望や幸福を与えてくれます。しかし、お金の値打ちは信用によって裏付けられていますから、信用がなくなれば夢も希望も消え去ります。日銀券だってそう、ビットコインならなおさらです。金は天下の回りものとはいうけれど、なかなかわれわれ庶民の所にはやってきません。お金はあってもなくても想像力をかき立てます。あれやこれやと楽しい問答でした。
 先日は大変お世話になりました。哲学カフェに参加すると脳がフル活動してその後スキッ!とします。(お金で済ませられることもお金で済ますな!?)話を聞きながらお金で簡単に済ませてはいけない事もたくさんあるんじゃないかなって思いました。済ませてしまうと物事の問題点や本質が見えなくなると思います。(富の分配)やっぱり必要な人に必要な分だけ分配することが当たり前という考えが増えることを願う、そんな事を書くと「きれい事」とか言われそうですね。(スペイン人に学ぶ)時間銀行のお話はとても興味深くさっそく検索してみました。どんどん検索していくと「働くために生きる」と「生きるために働く」スペイン人は後者。という内容に出会いました。時間銀行がこれからどう展開していくかわかりませんが、日本人も生きるためにそこそこの収入を得て楽しく暮らそう!みたいな考え方の人が増えてくると人間の尊厳を踏みにじるような事件、自殺者も減るんじゃないかと。お金でも道具でも知恵でも何でもきっと使い方が大事なのだと思います。当たり前のことですが・・・。やっぱりお金で人は救えないと思います。お金はあくまでも手段でそれをいかに使うかという人間性があってこそ救われると思います。(余談)感想を書きながらいろんな事が頭をよぎりました。前の仕事をしているとき、ストレスでよく買い物をしました。ばっとお金を使ってストレス解消、そしてまたブラックな仕事に帰っていく。今思えば「働くために生きていたなぁ」と思います。喜びも多少はありましたが仕事というお化けに忙殺され思考停止の日々でした。アーレントの言っていた労働、仕事、活動のことなど・・・もう一度アーレントの本を読み直そうと思います。色々考えるチャンスをくださってありがとうございました。
 「物々交換は不便だから、便利にするためにお金が生まれた」が常識になっていますが、それってホント?もっともっと丁寧に考えてみると、物々交換があったのかどうかも疑ってみる必要がありそうです。そんな知的な好奇心を呼び起こしてくれた哲学カフェでした。ありがとうございました。 
 お金は安心と不安の両方をもたらせてくれるものです。もう少しドライにお金と付き合いたいと思います。