■ 願い事 2■

 自分の部屋へと向かう階段を上りながら、威武牙(いぶき)は小さく欠伸をした。
 今日はバイト先の花屋の手伝いで、朝早くから市場へ同行し開店前の店の支度をしてきたのだ。
 時計を見ればまだ朝の九時。
 大学の講義は昼からだし、一眠りするには微妙な時間だった。
「朝飯の支度をして、それから、晩の買い物でも済ませるかな」
 ぼんやりとそんな事を考えている内に部屋の前に到着した。威武牙は音を立てないように慎重に鍵を開け、そっとドアを押し開けた。
「おかえりなさい」
 しかし、そんな気遣いもむなしく、衝立の向こうから愛らしい笑顔が覗く。
「聖(ひじり)、起きてたのか?」
 威武牙は鋭い目元を更に険しくして、笑顔の持ち主を軽く睨む。
 普通の大学生にしては迫力のある表情なのだが、そんな怖い顔を向けられた本人はニコニコを温和な笑顔を湛えたままおっとりと頷いた。
「威武牙が帰ってくるまでに朝ごはんを作ろうと思ったんだ。でも、難しくて」
 エヘヘ、と頬を指先でポリポリと掻いた聖の手元にはお皿に載った3つのゆで卵があった。
 丁寧に殻を剥いたそれが、聖の限界なのだ。
 威武牙は少しだけ表情を緩めると、聖の頭をポンポンと優しく叩いた。
「後は俺がやるから、着替えて来いよ」
「でも、威武牙は疲れているでしょ?僕がやるよ」
 フルフルと首を横にふる聖の腕を無表情に掴んで、威武牙は部屋の奥へと連れて行った。
「そんな恰好でキッチンに立たれたら、飯どころじゃなくなるだろ。サッサと服を着ろ」
「えっ?駄目なの?なんで??」
 自分の恰好を見下ろし、首を傾げる聖に背を向けて威武牙はキッチンに立った。
 乱暴に鍋を取り出し水を入れ、ガスコンロへとおいた。
(誰が見ても、誘ってるとしか思えないだろ)
 心の中で盛大に悪態を吐く威武牙の心も知らず、聖は頭の上に沢山の疑問符を浮かべたまま自分の恰好を見下ろしていた。
 聖がパジャマ代わりに着ているシャツは威武牙のもので、体格に大きな差があるせいでまるでワンピースのようだ。
 しかし、膝上20cmはある状態で、その下に何も穿いていないと言うのは反則だ。
 ほっそりとして伸びやかな白い足が目の毒で、大きく開いた襟元から覗く鎖骨のラインも挑発的過ぎる。
 そして、首元に残った薄紅色の痣は夕べ自分が付けた印。
「ねぇ、威武牙。僕、ちゃんと着られているでしょう?おかしくないよね?」
 どうしても納得が行かなかったようで、聖はキッチンに立つ威武牙の袖を引いてつぶらな瞳で下から見上げてくる。
 そんな聖の態度に、威武牙は厳しい印象の双眸を更に険しく眇めた。
「お前、この場で俺に犯(や)られたいのか?」
「えっ?でも、夜しか駄目だって威武牙が言ったんだよ?」
 きょとんと目を丸くして首を傾げる姿は可愛らしく、シャツの裾からすらりと伸びるむき出しの足が艶めかしい。
 威武牙は白い太腿から湯気の上がる鍋へと視線を移し、イライラと舌打ちを響かせた。
「朝っぱらからそんな恰好で誘っといてよく言うぜ。ったく、我慢大会かよ」
「???よくわからないな。でも、僕は威武牙が良いなら、良いよ」
 満面の笑みだが、僅かに潤んだ瞳は蠱惑的輝いていた。
 威武牙はスッと目を眇めると、手を止めた。ガスを止め、振り返ると同時に少し乱暴に聖を肩に担ぎ上げる。
「朝っぱらからそう言う事言う奴は、お仕置きだ」
「わ、わわわっ?!何、何で?お仕置きって何?何するの??」
 まだ整えられる前のベッドに投げ出され、聖はその衝撃に小さく悲鳴を上げた。
 驚きの瞳で見上げてくる小さな体に覆いかぶさり、威武牙は縫いとめるように手首を掴んだ。
「それは、体で覚えるんだよ」
 首筋に顔を埋めるようにして、ねっとりと舐め上げる。
 その感触に、聖は甘い声を上げた。
 組み敷いた少年が艶やかに乱れる姿を想像し、威武牙はいつもは無表情は口元に優しい笑みを浮かべた。
 昼の講義までにはたっぷり時間はあるのだが、もしかすると今日は行けないかもしれない。
 威武牙は聖の体には大きすぎるシャツの下に手を這わせ、敏感な肌をたっぷりと味わう。そして、手の動きに合わせて漏れる声の甘さが、鼓動を早めていった。
 クリスマスに拾った少年は、威武牙だけの大事な願い星なのだと言う。
 煌びやかなツリーからボロボロの願い星をそっと外した威武牙に、聖はそれが本当の自分だと語った。
 誰にも長い間見向きもされなかった自分を思い続けてくれた威武牙の為に現れたのだと、そう言ったのだ。
 威武牙は今でもそんな話を信じてはいなかった。しかし、聖が自分にとってかけがえの無い存在になった事は間違いない。
 家族の事も、何処に住んでいたのかも、少年の本当の名前も知らない。
 しかし、全てを捨てて自分と一緒にいてくれる小柄な少年を、もう手放す事はできなかった。
 信じられないほどの世間知らずで、身の回りの事も殆ど1人でできないような少年が愛しい。
 何も知らない、ただ威武牙を思うことしか知らない少年が、誰よりも愛しいのだ。
 吸い付くように滑らかな肌を味わい、威武牙はその幸せに酔いしれる。
「聖...、何処にも行くなよ。ずっと、傍にいろ」
「僕はもう、願い星じゃないんだよ。僕は、守り星になったんだ。威武牙だけの、守り星だよ」
 甘い吐息に蕩けるような魅惑の言葉を乗せ、聖は威武牙の首に手を回した。
 誘うように擦り寄る小さな身体を強く抱き締め、威武牙は甘い唇に口付けた。
「今日は自主休講だ」
 威武牙が可愛らしい耳に苦笑交じりに呟くと、クスクスと楽しそうな笑い声が響いた。
「威武牙がいいならいいよ。僕は、威武牙の為だけにいるんだから」
 無邪気な言葉は無意識の誘惑に溢れている。
 威武牙は素直にその誘惑に乗ると、華奢な身体を覆うシャツに手をかけた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クリスマスイブに拾った少年
 それは、神様のくれた奇跡
 見た事も、信じた事もない神様のくれた奇跡の星

「何があっても、放さない」
「何があっても、離れないよ」


                             − END −

2006.11.19








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如月咲良さまから四周年のお祝いいただきました!!

なんとあの『願い事』の続編です〜しかも“お仕置き”付き♪

二人の名前が判明して、ますますあれやこれやと気になる事が増えちゃったですよ〜〜〜

咲良さま ほんと〜〜〜にありがとうございました!!

これからも細々ながらもがんばりますので、まだまだお願いします♪(おいおいおい)