不安
「私の妃になってはくれまいか、シルフィス。」
あの時の、殿下のお言葉は一生忘れる事は出来ない。
そして、私は殿下のお傍にいる事を選んだ・・・。そう、あの時までは。
「シルフィス・カストリーズ・・・だね?」
声を掛けられたのは、王宮の中庭。仲良くなったこの国の第二王女の元へ呼ばれて出向く最中だった。
「はい。」
声を掛けたのは、初老に差し掛かった男性。控えめな服装をしていたが、
王宮にも何度か出入りしているせいで目が養われたのか、貴族だと何となく解った。
「不躾に聞いてすまない。君が、皇太子妃となると内々に知らせが有ったものだから。
間違いは、無いね?」
丁寧だが、何となく良くない話をしようと歯切れが悪くなっているのが解った。
「は、はい。」
「そうか・・・。君はアンヘル種族だったね?」
「はい。」
シルフィスは不安が胸に広がっていくのを感じた。
「失礼だが・・・君は分化を終えているのかい?」
「い、いえ・・・。」
まだ、だった。
殿下に想いを告げられて、それは、私の想いと一緒で・・・それでも身体はどちらの性にも変化しない。
「そうか・・・。」
きっと気が咎めるのか、男は眉を顰めた。
「あ、あの、はっきり仰ってください。私が、まだ女じゃないから皆様は快く思っていらっしゃらない・・・んですか?」
男は迷ったようだが、口を開いた。
「アンヘル種が王家に入る事を、拒んでいる者もいるんだ。」
歓迎されるとは思っていなかった。だから、意外では無かった。私は、身分も、どちらの性も無い。しかも、特殊な民族。
だから、解っていた。本当は、殿下に相応しくないと。
でも、彼が好きだった。だから、殿下から想いを告げられたとき、本当に嬉しかった。
だから、有頂天になっていたのかもしれない。
「そう・・・ですよね。解ります。」
「そして・・・これは言い難い事なんだが・・・君を妃に迎えたら、殿下が皇太子から追い落とされるやもしれないんだよ。」
私のせいで。この血のせいで、殿下が危機に陥るかも知れない。アンヘル種を妃に迎える事が、どれだけハイリスクか。
「すまないが、帰ってくれないか。この国の為に。」
この国の為。大好きな人たちがいる、この国の為。
殿下が守る、この国の為。
「わかり・・・ました。」
それだけしか、言えなかった。
「本当にすまない。」
男は、深々と頭を下げた。
「頭を上げてください・・・。最初から・・・解ってたんです。ですから・・・いいんです。」
男は何度も何度も謝ると、去っていった。
解ってる。あの人は悪いんじゃない。悪いのは・・・男でも女でもない、私。
シルフィスは、騎士団の部屋に戻ると少しずつだが蓄えておいた金の袋を出した。
大丈夫、何とか帰れるだけの旅費はある。それを確かめて、荷造りをした。
元から少ない荷物、大した物は無い。来たときと同じ鞄に詰めてもすんなり入った。
まだ、公表はされていないから、まだ、私は騎士見習だ。
騎士見習が姿を消す、それだけの事。何も騒ぎにはならない。
ただ心残りは、親しくしていた皆に、何も言えない事。
お転婆な第二王女ディアーナ、明るい異世界の少女メイ、厳しいけど優しい隊長、一緒に頑張ってきたガゼル、
いい加減な筆頭宮廷魔道士シオン、お人よしの文官アイシュ、無愛想な緋色の魔道士キール、現実主義者な吟遊詩人イーリス・・・
涙が浮かんできた目の端に、ダリス潜入の際に賜った剣が映った。
殿下に貰った剣。
ごめんなさい、殿下。待って頂く事も出来ません。
でも、私は貴方に全く相応しい人間では有りません。
だから、約束を破る事を・・・許してください。
私は、貴方の傍にいられません。
だから、せめて、貴方から賜った剣を持っていきます。
シルフィスは涙を手で拭うと、鞄と剣とを持って、目立たなく抜け出そうとした。が、
「痛っ。」
どうやら何処かに髪が引っかかったらしい。
長い髪などこれからの旅に邪魔かもしれない。それに、髪を切ったら私だと一目では解らないかもしれない。
止められては困るのだ。
シルフィスは、結い上げた髪を結ぶ紐を解き背中に髪を流した。
手で金色の髪をかき集めると、丁度首の辺りに剣を当て、切った。
サラサラと長い金糸が床に流れ落ちる。
邪魔なものは、切り捨ててしまえばいい。
邪魔になる物など。
その夜から、アンヘル族の若者の姿は王都から消えた。
「只今、戻りました。長老様。」
「・・・シルフィス?」
アンヘル族の長老である老人は、旅装の自分の孫の姿を見て目を丸くした。
「私は・・・騎士になれませんでした。ごめんなさい。」
深々と頭を下げるシルフィスの髪は、肩の辺りでぷっつりと切れて、頬に掛かっている。
「シルフィス、その髪は・・・?」
「ああ・・・これですか。邪魔なので切ってしまいました。」
大して何の感慨も無く、はにかんで言う孫の姿に長老は訝しんだ。
「シルフィス、大丈夫か?」
「何がですか?私は大丈夫ですよ。」
「・・・・・・。」
「何の連絡も入れずにすみません。ですが、手紙よりも私がつく方が早そうで・・・。」
「そうか。」
長老はそれだけを言った。
「皆に謝らないといけませんね。折角期待して送り出して貰ったのに・・・。」
「そんなものは、明日でも出来る。疲れているのだろう?早く休みなさい。」
あえて何も聞かない祖父が嬉しかった。
その夜、シルフィスは熱を出した。
「緊張が解けたのだろう。大人しく寝ていなさい。」
と、長老は言った。
確かにそうせずにはいられなかった。身体が軋み、節々が痛い。頭がぼうっとする。
でも、何も考えずに済むのはありがたかった。思考が鈍っていなければきっと考えてしまうから。あの方の事を。
シルフィスは何時の間にか深い眠りに落ちた。
どれくらい眠ったのか。何時の間にか部屋には夕日が差し込んでいた。
まだ、身体はだるい。だが、熱は引いたようだった。
けだるさを振り払おうと、頭を振った。
・・・今、何か見えなかったか?
いや、まだ熱が尾を引いていて、幻が見えたのだろう。そうに違いない。
だって、いるはずが無いのだから。アンヘル村に。しかも私の部屋に。
何て私は諦めが悪いんだろう。知らなかった。
「やあ、おはよう。」
挨拶までしてくれるなんて何て細かい幻だろう。
「・・・・私、ここまで諦めが悪かったんだ・・・知らなかった。」
「諦め?」
「返事までするなんて・・・きっと私はどうにかなってしまったんだ・・・。」
頭を抱えるシルフィスに呆気に取られたような“幻”は途端にクスクスと笑い出した。
「ああ、そうだね。君はどうにかなってしまったしね。」
「やっぱり・・・。」
シルフィスは落ち込むところまで落ち込んで下を向いた。
・・・あれ?
胸がある。
いや、生まれた時から胸は有るんだが、そうじゃなくて・・・。
シルフィスは慌てて服の合わせ目を開いた。
・・・女になっている。
「え、え・・・えぇ!?」
「シ、シルフィス・・・・。」
何が何だか解らなくなって混乱するシルフィス。
「は、はい!?」
とりあえず反射的に返事を返してしまった。
「君のそういう姿は非常に魅力的だけど・・・我慢できなくなるから、服を閉じてくれるかい?君がいいなら構わないけど。」
シルフィスは混乱が収まってマジマジと目の前の人物を見つめた。幾らなんでもここまで幻なのは、おかしい。
「・・・もしかして、本物の殿下・・・ですか?」
「やっと認識してくれたかい?」
目の前の幻・・・セイリオスはクスクスと笑った。
「で、殿下・・・が私の部屋に・・・私が女に・・・え、えぇ!?えぇーっ!?」
シルフィスは倒れそうになった。
が、急に現実が襲ってきて、何とかこらえる。そして思いっきり広げていた服を慌てて閉じる。
「な、何で殿下がこんな所にいるんですかっ!!
恥ずかしさと混乱で顔を真っ赤にするシルフィス。
「私が妃を迎えに来たらおかしいかい?」
・・・妃?
「妃って・・・誰の事ですか?」
「君の事だよ。」
あまりにさらっと言うセイリオスに申し訳なくて、シルフィスは目を伏せた。
「・・・あの、私、妃には・・・。」
「なれないのかい?」
「はい・・・。」
「どうして?」
別段驚いた様子も無くセイリオスは問う。
「だ、だって私は・・・身分がありません。」
「構わない、と言わなかったかな?」
「で、ですが・・・。」
「それとも、私の傍にいるのが嫌になった?」
「そ、そんな!!とんでもありません!!」
シルフィスは力いっぱい首を振った。そんな筈が在るわけは無い。
「それにね、もう遅いんだよ。」
「は?」
「もう公表してしまったから。」
「は!?」
皇太子のロイヤルスマイル付き爆弾発言にシルフィスは唖然となった。
「君が私の妃になる事を公表してしまったからね。」
「な、な・・・。」
殿下、やる事が早すぎる。
「今回は一応、君の家へ承諾を取りに来た、と名目上はなっているよ。」
「・・・・・・。」
「これで君の心配は取り除かれた訳だけれども、他に何か不都合は有るかい?」
見抜かれていた。
「・・・怒ってらっしゃいますか?」
私が貴方の傍を離れた事を。
「怒っているよ。」
何時もよりも何割か増しの殿下の笑顔が余計怖いシルフィスだった。
「・・・すいません。」
「何で髪を切ってしまったんだい?」
「は?」
髪?
思いもよらない事を言われて、唖然とするシルフィスに憮然とした顔でセイリオスは抱き寄せた。
「確かに短いのも似合っているけれど・・・長いほうが好きだったのに。」
「あ、あの・・・。」
身体を抱え込まれて動きのとれない彼女の短くなった髪をセイリオスは手でゆっくりと梳いた。
彼に触れられる事が何だか落ち着いて、シルフィスは凭れ掛かって瞼を閉じた。
好きな人に触れられるのは、こんなに気持ちよかったのか・・・。
「でもねシルフィス、幾ら君の長い髪が好きだといっても、髪だけを残していく事は無いだろう?」
「す、すいません・・・。」
と、そこはかとなく甘いムードが押し寄せてこようかと言う時だった。
「ストーップ。そーこーまーで。いー加減に外の人間を忘れんで欲しいなー殿下?」
「シ、シオン様!?」
ドアを背に立っていたのはシオンだった。どうやら彼までここに来たらしい。
まあ殿下が来ているのだから当然と言えば当然だが。
「おー?シルフィス。大分短くなっちまったなー髪。まー、似合ってるし、問題はないか。」
「シオン、下に居たんじゃなかったのかい?」
話し方は穏やかだが、目が笑っていない殿下であった。
「お前さんがなっかなか降りてこないから心配になりましてねー殿下。」
「心配なんてする必要ないから戻って構わないよ。」
「怖い怖い。シルフィス、こーんな怖い殿下より優しい俺の方に乗り換えるんなら今のうちだぜー?」
「人の恋路を・・・て諺を知らないのかい?シオン。」
「へーへー。退散しますよ。じゃな、シルフィス。早く元気になれよ。」
と、シルフィスに向けてのみ手を振るシオン。
シオンが去った後、しばらくの沈黙の後、セイリオスは口を開いた。
「怖かったよ。あの時君が返事をくれたのは同情で、嫌になったから逃げたんじゃないかって。」
「殿下、それは違います!私は・・・。」
「何?」
セイリオスはシルフィスの目を見た。
「私は・・・私こそ、殿下に相応しくないし・・・女性でもなかったし・・・。」
「待つ、というのも言ったはずだよ。」
「殿下を信じられなかった訳じゃ無いんです。ただ、私が勝手に・・・。このような、至らない身ですし・・・。」
と、シルフィスが俯くと、いきなりひっぱられ、気が付いたらセイリオスの腕の中にいた。
「で、殿下!?」
「セイル、だよ。シルフィス。」
「で、でも・・・あの・・・。」
「いいかい、シルフィス。私は君を選んだ。君も私を選んでくれた。思いが重なるのは凄い事だと思わないかい?」
「・・・・・・はい。」
「私の方こそ、君に重責を押し付けてしまうんだ。だから、文句を言って欲しいね。」
「・・・・・。」
「それに、君は絶対に至らない存在なんかじゃない。」
「殿下・・・。」
「その不安を分かち合うくらい、許してくれないのかい?」
許さないなんて、とんでもない。
「有難うございます・・・殿下。」
シルフィスの目から涙があふれ出た。
貴方を想って、本当に良かった。
「殿下じゃなくて、セイル、だよシルフィス。」
「え。あ、あの・・・。」
「私を心配させたんだから、これくらいはね。」
「あ、あの・・・セイル。」
「聞こえないよ。」
「い、意地悪しないでください。恥ずかしいんですから。」
「意地悪かな?何にも言わずに出て行った君よりは意地悪じゃないと思うがね。」
「わ、解りました!!本当に悪かったです。反省をしています。・・・セイル。」
途端にセイリオスは笑顔になった。
「よろしい。それじゃ、そのついでに明日、アンヘル村を案内してくれるかい?」
「え?」
「君の生まれたところを見て回りたいんだよ。」
「は、はい。私で宜しければ。」
「よし、じゃあゆっくり休むんだよ。」
そう言うとセイリオスは出て行こうとしたが、いきなり戻ってきた。
「何ですか?」
「女性になってくれて、有難うシルフィス。」
「殿下・・・。」
「セイル、だろう?」
「セ・・・セイル。」
照れる。非常に照れる。
「そ、そう言えば・・・殿下、お仕事はどうなさったんですか?」
一瞬、セイリオスは黙り込んだが、笑顔で片目を瞑って見せられた。
「大丈夫だよそんな事は。おやすみ、シルフィス。」
「おやすみなさい・・・殿・・セイル。」
「よく出来たね。」
と、笑いながらセイリオスは扉の向こうにと消えた。
「言えないよなぁ、まさか長老から『孫娘を泣かせたのは誰だ』なーんて手紙が来て
何もかも放って飛んできたなんてなー?」
「・・・本当に女になってくれるなんて、嬉しい。」
「あーあー。さっそくノロケかよ。シルフィスが居なくなって顔面蒼白で会えたらこれだし?あーあー、今頃王宮どーなってっかねー?」
花嫁を迎えに行く、とそれだけ書いた紙をを机の上に残し、
脱走しようとした所、シオンに見つかり冷やかしついでに付いて来られたと言うこの尋常ならぬ事態。
皇太子と筆頭宮廷魔道士とが一気に居なくなるという非常事態を国が一体何日隠しとおせるかが疑問である。
だが、皇太子殿下は明日のシルフィスとのデートに心を奪われていてすっかり国の事は頭に無いのだった。
哀れ、クライン国。
更に言うなら、シオンが絶対に邪魔しない訳がない。明日は確実に三人のデートになる事に気付いていない殿下であった。
後書きという名前の言い訳
はい、ただシルフィスに髪を切らして見たかっただけです。・・・長い髪が魅力なのに・・・それを切らすか?
ああ、最初はメッチャシリアス目指してたのに・・・何だか後半ギャグっぽい・・・。
やっぱ私に甘いのは、確実無理。
でも、ラヴラヴは大好き。(おい)
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