地球の走り方:ボルネオ島赤道マラソン編
































Borneo Full Marathon - the Unoffical Night Run



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2013年ボルネオ赤道マラソンとボルネオ島の旅









武藤 翔峰   平成25年5月16日





平成25年5月4日(土)2013年ボルネオ赤道国際マラソンに参加してきました。

1、ナンバーカードの受け取り

ボルネオ・コタキナバルに着いた翌日、ナンバーカードを受け取るため会場のスリア・サバショッピングモールに出かけ、ナンバーカードを受け取ろうとすると「明日のボルネオ国際マラソン2013は中止となりました」と告げられた。その中止になった理由は次のような内容だった。

2、 テロの恐れがあり、コタキナバル警察署から中止を要請されたため

大会の数日前、424-28日の間にMenggatalの採石場から700個の起爆装置と爆薬が盗まれ、犯人9人が逮捕されたが、爆発物はまだ発見されていない。大会当日55日は5年に一度のマレーシア総選挙の日であるため、選挙の妨害を狙った犯行の可能性もあるが、4月のボストンマラソンのテロ事件のこともあり、万一テロに使われることも考えると警察当局としては、警備に責任が持てないので、ボルネオ赤道マラソン2013の中止を要請し、大会本部は警察の指示で大会を中止にした。しかし、赤道マラソンを走ろうと世界各地から集まった命知らずの冒険家ランナーたちは、それでは収まりまがつきません。

3、Facebookの呼びかけ

私も突然レースが中止ですと言われて、一瞬どうすればいいのかすぐには思いつかなかった。私はフルマラソン400回目を走るためこのボルネオ島まで来たのだから、何としてでもフルマラソンを走りたかった。パッケージツーで来ていた他の日本人ツアーの人たちは、早々に添乗員が提案した他のキナバル公園ツアーやリバークルージングツアーの代替ツアーに切り替えていたが、私はテロに会ってもいいから命を賭けてでもフルマラソンを走らなければならないと思い、受付のスタッフに相談すると、Facebookの情報に注意していてくださいと言うアドバイスを受けた。早速ユースホステルに戻り持って来たパソコンを開き、すでにアカウントを持っているFacebookを開くと、シンガポールのランナーPatricが「54日午後7時にリカススタジアムに集まり、オウンリスク(自己責任)、セルフサポート(自力本願)でボルネオマラソンを走りましょう。」という書き込みを見つけた。

この書き込みを見て「私はこの大会で400回目のフルマラソンを走るために日本からやって来たランナーです。世界中の命知らずの冒険家ランナーの皆さん、どうか私と一緒に走りましょう」と呼びかけた。

スタート時間までに集合場所に行くと続々とPatricなどランナー達が集まり、20人近くに達した。お互い自己紹介をしあい、コースなどを相談した後、午後7時過ぎにスタートした。

4、 400回目のフルマラソン

最初はみんなと一緒に走っていたが、さすがFacebookの呼びかけで集まったランナーは若い人が多く、そのうちにだんだん離され、私はコースに不慣れだったので、基本的に海岸沿いの美しい、安全な単純コースを往復し、GPS付のガーミン110で距離を確認しながら無事42.195km6時間5713秒で完走した。Facebookで呼びかけたグループはほかにもいくつかあり、午後9時半の正規スタートには60人くらい、その他のいくつかのグループも合わせ100人以上のランナーが走り、コース途中には真夜中にも拘らずボランティアエイドもあった。

5、 Facebookに感謝

テロの恐れのために中止となったボルネオ赤道マラソン、しかし、FacebookPatricや他のランナー達のお陰で無事フルマラソン400回目を完走することができた。Facebookに心から感謝します。

世界各地には命知らずの冒険家ランナーが沢山おり、彼らの気力、迫力、情熱、ユーモアなどがまるでちがうことを実感した。それにひきかえ、今の私は小さな平和、安逸な暮らしに慣れすぎ、ちょっとのリスクも恐れて安全な道ばかりを進んでるのではないかと、反省させられた。私自身、その小さな豊かさに慣れず、おぼれず、高い志、より大きな目標、チャレンジ、夢などの大切なものを失わず、これからも健康、生きがいを求めて前向きに生きるため、この赤道マラソン400回目完走を糧にして、これからもマラソン人生を走り続けていくつもりだ。
そして、Facebookの素晴らしい威力 にも気づかされた今回のボルネオ赤道マラソンだった。

以下、沢山写した中から厳選した写真とその紀行文です。













5月2日(木) 晴れ
5月3日(金) 晴れ
5月4日(土) 晴れ
5月5日(日) 晴れ
5月6日() 晴れ
5月7日() 晴れ
5月8日(水) 晴れ
5月9日(木) 晴れ












5月2日(木) 晴れ

いよいよ出発の日となった。朝から快晴の良い天気、レオとの散歩をすませ、8時に自宅を出て8:35の電車に乗る(竹鼻ーセントレア1360円)今回はセントレア出発なので楽だ。
マレーシアリンギット850を両替する。レートは36.49.予想は35だったので、31,016円かかった。11時半ころからチェックイン開始、まずはソウル(インチョン)まで飛び、コタキナバルに乗り換える。
セントレアのWi-Fiはすぐに接続できた。NECのウルトラブックは軽く薄く大変使い勝手が良い。これからの良き旅の友になりそうだ。
定刻通りセントレアを出発、乗ってすぐ昼食のお寿司が出る。ビールは無料、サービスも良い。2時間ほどのフライトで予定通りインチョン空港に着く。トランスファーデスクでコタキナバル行のボーディングパスを貰う。搭乗時間まで少し時間があるので、空港内をぶらぶらしていると民族衣装をまとった歓迎集団に会い、写真を撮る。おなかがすいたのでラーメンを食べる。インチョン空港のWi-Fiもすぐつながった。
搭乗時間は8時20分、0時に着くのでタクシーでユースホステルに向かう。5時間のフライト、1時間の時差がある。



















































5月3日(金) 晴れ


今朝ゼッケンの受け取りに行ったところ、突然「ボルネオマラソンは警察の要請により延期されました。理由は以下の通りです。4月24日に採石場から700個の起爆装置と大量の爆薬が盗まれ9人が逮捕され追及を受けていますが、いまだに発見されていません。たぶん選挙運動の妨害のために使われるのでしょうが、ボストンマラソンのようにテロに使われるかもしれません。ランナーの人命第一を考え、警察の指示もあり苦渋の決断となりました」私の頭の中は真っ白になり、しばらくはボーとしていました。しかし係員は次のようにも言いました。「ボルネオマラソンのFacebookを注目して見ていてください。4日午後7時スタートで有志によるによる、自己責任、オウンリスクのレースがあるようですが、大会事務局は関知していません」さっそくユースホステルに帰り、Twitterを確認したところ、シンガポールのランナー、フィリップによる次のような書き込みがありました。「明日4日午後7時リカススタジアムスタートでボルネオマラソンを有志のランナーにより行うことを提案します。折角世界各地から赤道マラソンを走ることを楽しみにして集まったランナーを失望させるわけにはいきません。私は去年ニューヨークマラソンがハリケーンのため突然中止になった時も、走りたいというランナーのためにセントラルパークで有志による大会を呼びかけ実施しました。」これで明日フルマラソンを走れることがわかり一安心、午後はコタキナバルの市内観光ツーに参加しました。夕方町を歩いているときもランナー同士口コミでこの話が伝わっており、多くの参加者が走るようです。Twitterの威力は素晴らしいと思いました。レースに出る人たちはみなTwitterで繋がっているいる人たちです。Twitterって何?という人はこの情報に接することはできないのです。Twitterにアカウントを持っていて良かったと思いました。


























































































































































































































































































































































5月4日(土) 晴れ




きょうは午後7時のスタートなのでおにぎりを作ったり、休息したりのんびり過ごす。
FacebookやTwitterも盛り上がっており、走るのが楽しみだ。
ボルネオ美人と一緒に写真を撮る。良い記念だ。

今朝2時過ぎボルネオ・赤道フルマラソンを完走しました。
シンガポールのパトリックがFacebookで呼びかけた7時のグループの皆さんと一緒に走りました。コースに不慣れなので基本的に海岸沿いの美しい、安全な単純コースを往復し、ガーミン110で実測しながら400回目のフルマラソンを完走しました。パトリック、完走する機会を与えてくれて本当に感謝します。

Facebookで呼びかけたグループはほかにもいくつかあり、9時半の正規スタートには60人くらい、その他のいくつかのグループも合わせ100人以上のランナーが走り、途中には真夜中にも拘らず個人エイドもありました。

700個の 起爆装置と大量の爆薬が採石場から盗まれ、いまだに行方が分からず、テロに使われる恐れもあり警察の指示で大会は延期(中止だと参加料を返さなければならないが実質的な中止)となりましたが、赤道マラソンを走ろうと世界各地から集まった命知らずの冒険家ランナーたちは、それでは収まりまがつきません。
さっそく、Facebook上には、7時pm(アーリースタート)に走ろう、9時半pm(正規スタート)に走ろうと様々な書き込みがあり私はパトリックの7時スタートに同調、Facebookに書き込み他のランナーにも呼びかけました。
[http://www.facebook.com/patrick.hanna.9400?hc_location=stream]

2001年米国で予定されていたフル百総会が9.11同時多発テロのため中止となりましたが、私は一人で渡米、アメリカの会員 と交流、命知らずの冒険家ランナーの一人に加わり、予定通りマリンコープスマラソンとニューヨークマラソンを走りました。

世界各地には命知らずの冒険家ランナーが沢山います。彼らの気力、迫力、情熱、ユーモアなどがまるでちがうことを実感し、それにひきかえ、今の私は小さな平和、安逸な暮らしに慣れすぎ、ちょっとのリスクも恐れて安全な道ばかりを進んでるのではないかと、反省させられました。
私自身、その小さな豊かさに慣れず、おぼれず、高い志、より大きな目標、チャレンジ、夢などの大切なものを失わず、これからも健康のため、生きがいを求めて前向きに生きるため、この赤道マラソン完走を糧にして、マラソン人生を生き続けていくつもりです。
そして、Facebook,Twitterの素晴らしい威力 にも気づかされました。

ボルネオの彼女が400回完走を祝福してくれました。 Dayang Arney