今市市岩嵜 上路橋

2677年 10月 10日 探訪

 此方は武子川に架る栃木縣道一四九號線の橋であります。

 場所的に書きますと、 【今市市手岡 名稱不明橋】 から二キロ程南の位置、と云ふ感じでありまして、近くの目標物に成る場所で書きますと、文挾驛の一キロ半程東側であります。

 まあぱつと見に昭和卅年代物件と云ふ感じでありまして拙の期待通りだと思ふのでありますが、其實如何でせうか。

 と云ふ事で、此方右岸側から見て行きます。
 上路橋。

 何故に斯う云ふ名稱なのかと思ひ國土地理院の地圖を見ました處、如何やら此處の地名からの命名の樣であります。

 質實剛健な、如何にも親柱と云ふ感じの親柱が素敵であります。
 武子川。

 武子川は姿川の支流でありまして、鹿沼市の方に流れて行き、宇都宮市の南端の方で姿川に合流する樣であります。
 高欄は混凝土管を二本使用しました、如何にも昭和卅年代と云ふ感じの意匠であります。

 併し何か良い雰圍氣の景色でありますね。
日光が近いからでせうか。

 では左岸側へ移動致します。
 かみぢはし。

 おゝ、何故かと云ふか矢張と云ふか、正假名遣ひ表記であります。

 是つて要は、昔からの表記の儘、現代假名遣ひに直す事無く受繼れてゐると云ふだけなのでせうね、徳次郎の樣に。
 昭和三十六年三月竣功。

 嗚呼、矢張さう云ふ年代でありましたか。
と云ひますか、如何見てもさうとしか思つて居りませんでしたが。

 併し此處迄、路盤へ舖裝がしつかりと盛られて居りますので、親柱が橋臺側に在るのか如何か確認出來ませんでした。

 まあ、之だけの橋でありましたら橋臺側だと思ふのでありますがね。
 横から見ました處、是は拙の大好きな混凝土T字桁の樣であります。

 其と、可也の斜橋具合であります。

 橋臺は桁が載る部分は小振でありますが、親柱の幅で川面迄續いて居りますので、擁壁的に成つてゐると云ひますか、如何云ふ方式の工法なのか氣に成る處であります。

 まあ併し、今では此幅員では狹窄區間と其内云はれさうでありますが、だからこそ素敵だなと云ふ、否、云はれる事は無いでありますかな。
出來れば昭和の良き風景として其儘にして措いて欲しい風景であります。

 以上、御附合有難う御坐いました。

戻る