■■■ マサ右衛門のページ ■■■

各々のデーターはフリーです。転載は御自由に。


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目  次

●トピックス
●ペーパークラフト
小田県庁跡(小田県庁門)ペーパークラフト
神護寺本堂
遍照寺多宝塔
竜宮門(旧岡山県立鴨方高等学校正門)ペーパークラフト
善福寺釈迦堂ペーパークラフト
大谷一号墳ペーパークラフト
古墳時代の兜ペーパークラフト 工事中
●備中笠岡和の字参り
●日本の神々の系図
●笠岡西本町天満神社の歴史
●笠岡西本町天満宮記
●新笠岡西本町天満宮記
●笠神社秋季大祭
◆笠岡西本町祭音頭収録
●CGで作成した戦国〜江戸時代の笠岡
●地質年代表
●古地図を現在の地図におとしてみました

   

トピックス


今年で井戸公園のボンボリが60年の歴史を終えました


11月25日 井戸公園ののモミジは今が見頃です。


11月16日 井戸公園も秋が深まってきました。

天満神社の公孫樹も黄金色に 

天満神社の山柿、食べられません

井戸公園の紅葉はようやく色づき始めました。

井戸公園の谷はきのこが色々 クリタケです

井戸公園の谷はきのこが色々 ムキタケです

井戸公園の谷はきのこが色々 シイタケです


9月19日 西本町天満神社の神官も兼務していた立神氏へ宛てた大角氏よりの文章をインターネットオークションで手に入れました。


6月28日 西本町天満神社の神官も兼務していた立神氏の文章をインターネットオークションで手に入れました。

延寶三年 

天明五年



26年3月28日 井戸公園の桜は3分咲きです。ぼんぼりも設置点灯されました。

動画


26年2月28日 天神様の境内にも春の訪れが

拝殿前の白梅

本殿横の白梅

26年2月9日 突然の雪景色です

26年2月9日夜明け間近の西本町

26年2月9日大雪の井戸公園

26年2月9日天満神社の石段も雪化粧

26年2月9日威徳寺雪化粧

白岩地蔵にも雪が積もって

威徳寺山門

北八幡神社

26年2月9日北八幡神社より古城山を望む

26年2月9日雪の小田県庁門

26年2月9日威徳寺雪化粧

26年2月9日井戸公園の木が突然の音とともに


1月3日竜王山 八大龍王のお祭り

毎年1月3日に行われる龍王神社のお祭りです。

動画

動画

動画

動画


1月1日

笠岡の市街が初日の出に染まって

応神山に昇る初日の出動画

応神山から昇る初日の出

元旦の県庁通りの時計

陣屋稲荷境内

北の八幡様

北八幡神社の前に「御自由にお持ち下さい」のお接待が

新年の西本町天満神社

天満神社から望む初日の出


備中笠岡和の字参り

ー以下の神社には記念スタンプがあります。台紙をダウンロードして捺印してまわって下さい。

稲富稲荷神社・西本町天満神社参拝記念スタンプ台紙

正寿場町金比羅宮・西本町えびす社参拝記念スタンプ台紙


金浦 八幡神社秋季大祭 平成25年10月26・27日

御神幸動画

お祭りの日の神社

くじ引きだけの静かな境内、静寂と厳粛さが満ちています

巡幸

御神幸動画

八幡神社境内

八幡神社遠望

祭音頭


徳民於賀神社秋季大祭 平成25年10月19・20日

お祭りの日の神社

御札


笠神社秋季大祭 平成25年10月12・13日

御神幸

笠神社境内

笠神社秋季大祭大磯夜風景 笠岡でも珍しくなった笠が吊されています

笠神社秋季大祭大磯祭風景

西本町御輿動画


嘉永地震(宝永)の時の笠岡の商家大塚家が残した記録「大地震大変の時」

大塚家、大地震大変の時


天満神社に残されていた神道裁許状。延寶六戌午年九月五日(1678)家綱の時代の日付がある。

神道裁許状



ペーパークラフトです自作のペーパークラフトです。

PDFファイルで作成しておりますので、右クリックでダウンロードし、ケント紙等でプリントアウトして下さい

ファイル名の上で、右クリックでダウンロードして保存して下さい。
折れ線には、カッターナイフの背等でなぞって型を入れておきますと加工しやすいです。
接着には、紙工用ボンド・木工用ボンド等をご使用下さい。


小田県庁門

     

●小田県庁跡(小田県庁門)笠岡市指定史跡 昭和三十三年四月二十五日指定

小田県庁門完成写真

現在の笠岡小学校敷地一帯は、堀の内と呼ばれ小田県庁のあとである。以前は代官所跡で字は小丸、もと三方を幅5・7メートルの濠で囲っていた。現在残ってい るのは、表門(笠岡小学校正門)と正面の濠、北側の濠の一部である。 背後は通称陣屋と呼び稲荷神社がある。小田県庁は、明治4年11月15日廃藩置県の布告によって設置された深津県が、翌五年六月五日小田県と改称され、その県庁が笠岡に置か れたのにはじまる。本庁のほか、官舎57軒が建てられ、備中国11郡・備後国六6 郡、高51万石余を管轄した。小田県は中国地方では山口県(周防・長門)につぐ 最も大きな規模の県であった。権令は有名な矢野光儀で積極的な行政改革によって 、多くの成果をあげたが、わずか3年6カ月で廃庁となり、明治8年12月10日岡山 県へ合併、備後6郡は広島県に合併された。当時を物語るものとしては、小田県庁 の門(笠岡小学校正門)がある。県庁の正門にふさわしいものをと都窪郡妹尾村「 (現岡山市妹尾)の戸川陣屋から移築したといわれている。

水濠に面し南向きに建てられた木造の長屋門である。屋根は入母屋造、本瓦葺きとした土蔵造の建物で、 柱は五寸角の方柱を使用、出入口正面の二本の柱は一尺一寸七分〜五寸一分角の大 きさで、上に頑丈な冠木が渡してある。本柱と本柱の間は八尺二寸(柱の心)で八 双金物、饅頭金物を打った両開きの板唐戸を入れ、その両脇は各三尺八寸(柱の心 )間隔をもった潜門にしている。門の西側には一間の出格子窓、同じく東側には半 間の窓を設け、壁面には窓の高さまで下見板を張ってあり、屋根瓦には戸川氏の家 紋である『三本杉』を使用している。このペーパークラフトの台紙は下記から、ダウンロードできます。

 小田県庁門台紙1  小田県庁門台紙2  小田県庁門台紙3
 小田県庁門台紙4  小田県庁門台紙5  小田県庁門台紙6
 小田県庁門台紙7  小田県庁門台紙8  小田県庁門台紙9
 小田県庁門台紙10  小田県庁門説明1  小田県庁門説明2

小田県庁門軒丸瓦

関戸廃寺軒丸瓦

小田県庁門ペーパークラフトの簡易版です。

元のペークラの50パーセントの大きさで作り方も簡単になっております。

26.1.19 寸法が違っていました。本日修正致しました。

 小田県庁門簡易版台紙1 小田県庁門簡易版台紙2   小田県庁門簡易版説明1  小田県庁門簡易版説明2

小田県庁門30年代までの姿

小田県庁門は、都市計画時明治時代の姿に復元されています。30年代までの姿は以下のファイルと差し替えてください。

●昭和30年代の県庁門予備パーツ

 県庁門差し替え説明2 県庁門差し替え台紙5  県庁門差し替え台紙7 

昭和30年代の校舎

昭和30年代の校舎の様子です。積み立て説明書及び配置図が未だ出来ておりませんので、

記憶をたどって「30年代の県庁門」に配置してみて下さい。

校舎1

 台紙1  台紙2 台紙3 台紙4

校舎2

 台紙1  台紙2  台紙3  台紙4
 台紙5  台紙6  台紙7  

校舎3

台紙1  台紙2  台紙3   台紙4

校舎4

 台紙1  台紙2 台紙3 

校舎5

 台紙1  台紙2 台紙3  台紙4 
 台紙5  台紙6  台紙7  台紙8

校舎6

 台紙1  台紙2  台紙3 台紙4 
 台紙5  台紙6  台紙7 台紙8 

校舎7

台紙1   台紙2  台紙3  台紙4
 台紙5  台紙6  台紙7 台紙8 

校舎8

 台紙1 台紙2  台紙3   台紙4
 台紙5 台紙6  台紙7  台紙8 

校舎9

 台紙1 台紙2  台紙3 

小田県庁門 笠岡市 ホームページへ


●神護寺本堂

 岡山県指定重要文化財

神護寺ペーパークラフト完成写真

神護寺台紙1   神護寺台紙2  神護寺台紙3
 神護寺台紙4 神護寺台紙5   神護寺台紙6
 神護寺台紙7  神護寺台紙8 神護寺台紙9 
 神護寺台紙10  神護寺台紙11 神護寺台紙12 
 神護寺説明1  神護寺説明2 神護寺説明3 

●遍照寺多宝塔
 国指定重要文化財

多宝塔遠景

国指定文化財遍照寺多宝塔

 

所在地:笠岡市中央町/所有者:遍照寺

指定年月日:昭和50年6月23日

慶長11年(1606)の建立で、岡山県下の多宝塔建築の中では最も古い。

この多宝塔の亀腹(ドーム状の屋根)は本瓦葺になっているが、かつては漆喰で固めてあったものを、

明治時代の修理のとき改変したといわれる。

内部の天井・壁・柱などには装飾文様・絵画が極彩色で描かれている。

塔の傍らには、落慶供養のため法華経を読誦したことを記す石碑が建っている。

また、多宝塔と並んでそびえ立つ大きなイチョウの木は、塔の建立記念に植樹されたといわれている(市指定天然記念物)。

遍照寺は駅前土地区画整理事業によって移転しており、現在、多宝塔の周囲は「いちょう公園」として整備されている。(笠岡市HPより)

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 多宝塔台紙1  多宝塔台紙2  多宝塔台紙3  多宝塔台紙4 多宝塔台紙5 
 多宝塔台紙6  多宝塔台紙7 多宝塔台紙8  多宝塔台紙9   多宝塔台紙10
 多宝塔台紙11  多宝塔台紙12 多宝塔台紙13  多宝塔台紙14   多宝塔台紙15
 多宝塔台紙16  多宝塔台紙17  多宝塔台紙18 多宝塔台紙19   多宝塔台紙20
 多宝塔説明1  多宝塔説明2 多宝塔説明3   多宝塔説明4 多宝塔解説・各部名称 

遍照寺の吉井先生から許可を頂いて作成しておりますが、商用目的でのご使用は御遠慮下さい。

石山寺多宝塔があります


浅口市 竜宮門(旧県立鴨方高等学校校門)

     

●竜宮門(旧岡山県立鴨方高等学校正門)浅口市指定史跡

竜宮門

「もとこの地には、元亀年間(1570〜72)に創立した正伝寺という真宗の寺があった。この寺は、明治三十年に廃寺となったが、唐門はそのまま保存された。  その跡地に学校が建ち、お寺の門は校門として使い、龍宮門の愛称で親しまれている。重層、入母屋造の楼門で、通し柱、鳥衾をのせた鬼瓦、丹塗りの桁や垂木、純白なアーチ型の大壁、下部に瓦をはりつけた生子壁は、あざやかで、桃山時代の建築様式を、今に残すものである。」 浅口市教育委員会 浅口市文化財保護委員会HPより転載

竜宮門完成写真

 竜宮門台紙1  竜宮門台紙2  竜宮門台紙3 竜宮門台紙4 
 竜宮門台紙5  竜宮門台紙6 竜宮門台紙7  竜宮門台紙8 
 竜宮門説明1 竜宮門説明2  竜宮門説明3   竜宮門説明4

竜宮門 文化財オンラインホームページへ

岡山県立鴨方高等学校ホームページへ


岡山県井原市 善福寺釈迦堂

●善福寺釈迦堂精密版 

井原市指定史跡

 このお堂は、天正年間(1570 年代)、柳本八郎左衛門が、毛利家の家臣 としてこの地方の領主となり、その曾孫甚左衛門正勝が、寛文6年(1666) に建立した。  単層入母屋造りのお堂で、梁行5.4m、桁行5.4m。ケヤキ、ツガ、クサマ キを使用している。扉などには、花や人物像の彩色された精巧な彫刻が施 され、また、床が鴬張りになっている。天井は小組格子天井、本尊の上に は折上小組格子天井、中央には本尊の釈迦如来坐像を安置するための唐様 の須弥壇が置かれ、唐獅子の彫刻が施されいる。棟札には、大工大阪田中 仁左衛門元吉、木下仁左衛門吉次、柳十衛門忠次と書かれている。 善福寺は、足利尊氏が南北朝の争乱の際、立ち寄ったと伝えられるところ で、足利義満が応永3年(1396)に祈願所として善福寺を建立した。  現在も足利義満の宝篋印塔(井原市指定重要文化財)が境内にある。

 台紙
説明 

●善福寺釈迦堂簡易版 

説明兼台紙 

井原市まほろば館 ホームページへ


旧北房町 大谷一号墳  

大谷一号墳完成写真 古代史COM主催コダちゃんに組み立てていただきました。

古代史について楽しく議論するSNSサイト 古代史.com

●大谷一号墳 旧北房町現美咲町 国指定史跡

??北房町上中津井南西部の山頂付近に位置する大谷1号墳は、見通しの悪 い傾斜に独立して造られた切石積みの横穴式石室(南に開口)を有する7 世紀後半の方墳です。  1988年に大谷1号墳発掘調査団によって発掘調査が行われました。 この墳丘は、全国的にも例のない五段積みの様式を採っており、過去の発 掘例では、天皇クラス以外には見受けられません。  石室内から、須恵質四注式家形陶棺と、木棺に伴うものと考えられる鉄 釘が発見され、副葬品は、玄室の奥壁に接して発見されたものとして、双 竜環頭大刀(そうりゅうかんとうたち)、斧状の金銅製品、鉄斧の計3点、 木棺の部分からは鉄鏃1点、玄室の攪乱土中からは須恵器(坏・甕・壺な ど)の破片が出土しています。金銅製品や双竜環頭大刀などの副葬品等を 考えあわせると、被葬者は大和政権と深く関わりのあった高位の人物では ないかと考えられ、吉備大宰石川王ではないかともいわれています。 ??  また、この復元作業は地域住民と学者が一体となって作業を行い、第二 の月の輪であるといわれています。とりわけ、地元中津井小学校の生徒達 が河原の石を一つずつ運び、化粧していった事は特筆するべき事です。
 台紙1 台紙2  説明 

北房観光協会 ホームページへ北房観 光協会


古墳時代の兜 工事中

兜完成写真

作成には、下記のホームページを参考に致しました。

船津3D工房

http://gunsight.jp/c/kattyuu-3D.htm

戦国の杜事務局(米沢観光物産協会)

http://www.yonezawa-naoe.com/information/080813.html

古墳時代の兜台紙1  古墳時代の兜台紙2   古墳時代の兜台紙3  古墳時代の兜台紙4
 古墳時代の兜台紙5 古墳時代の兜台紙
6
 
 古墳時代の兜台紙7 古墳時代の兜台紙8 

古墳時代の兜作り方説明工事中

作り方の説明書を未だ作っていません。カンをたよりに作ってみては、


備中笠岡和の字参り

備中笠岡和の字参り

岡山県笠岡市、旧市内の神社を紹介しています。

できるだけ旧市街地の古い町並みを廻れるようになっております。午前中出発すれば丁度お昼時に 笠岡ラーメンを食べて帰れるコースを組んでおります。各神社の説明は『おや こんなところ にこんなものが』 by郷土史愛好G(藤井寿幸氏著) 平成10年発刊を参考にしました。

案内表PDFダウンロード和の時参り案内表

案内裏PDFダウンロード和の時参り案内裏

備中笠岡和の字参りー以下の神社には記念スタンプがあります。台紙をダウンロードして捺印してまわって下さい。

稲富稲荷神社・西本町天満神社参拝記念スタンプ台紙

正寿場町金比羅宮・西本町えびす社参拝記念スタンプ台紙

北八幡神社参拝記念スタンプ台紙

笠神社 ホームページへ笠神社のHP

宗教法人 古乃美教本院 ホームページへ古乃美教本院HP


日本の神々の系図     日本の神の系図

 

古事記と日本書紀の神々を一覧にしました。

PDFダウンロード


岡山県笠岡市西本町 笠岡西本町天満宮の歴史

笠岡西本町天満宮の昭和初期の写真

天満神社拝殿

天満神社の位置は上記「和の字参り」の地図をご参照下さい。

岡山県笠岡市西本町 笠岡西本町天満宮記 

天満宮記は過去に岩山氏によって記させているもので、一部現状とは違う事を御了承下さい。 なお岩山氏の原文は手書きですので私が活字に直しました、誤字脱字がございましたら御容赦下さい。

御神体等、神宝は盗難防止の為、別の収蔵庫に納めてあるそうです

笠岡天満宮記PDFダウンロード


天満神社に残されていた神道裁許状。延寶六戌午年九月五日の日付がある。

神道裁許状


新笠岡西本町天満宮記

岩山氏の笠岡西本町天満宮記を基本に、私マサ右衛門が新天満宮記を作成して行きたいと思います。

まだ、編集途中ですので表紙など、あちこちに不備がありますが、ご容赦下さい。

笠岡西本町天満宮江戸時代想像図

本殿と弊殿の接合部からすると建築当時拝殿と弊殿は無く、本殿のみであったと想像する。

江戸時代の西本町天満神社を北から望む想像図

江戸時代の天満神社を北から望んだ風景です。弊殿との接合部の形から、当時は本殿のみ若しくは拝殿が土間で本殿とは屋根で繋がれていなかったと思えます。

  新西本町笠岡天満宮記 表紙
新西本町笠岡天満宮記 1章−6章
新西本町笠岡天満宮記 実測図正面
新西本町笠岡天満宮記 実測図床面
新西本町笠岡天満宮記 実測図平面
新西本町笠岡天満宮記 実測図背面
新西本町笠岡天満宮記 実測図左面
新西本町笠岡天満宮記 実測図右面
新西本町笠岡天満宮記 7章
新西本町笠岡天満宮記 8章−12章

文中の御輿音頭の音声データ、御輿の映像は、事項笠神社秋季大祭をご覧下さい。

             戻る】


笠神社秋季大祭

岡山県笠岡市の笠神社秋季大祭は、10月の第2土、日曜日に行われます。

土曜日の宵宮に始まり、日曜日夜から翌日早朝にかけて行われます。

中でも日曜日午後8時頃より「通称、県庁通り」とよばれる通りに5基の神輿が集う様は壮観です。

また、午後8時頃より、笠神社境内で各神輿が競う様は、昔日の港町の気風を今に残し勇壮そのものです。

西本町大人御輿実行委員会からのお知らせ

御輿に参加されませんか。御神輿をかつぐ方を募集しています。

参加希望の方は 090-1183-7423 平田まで

昭和20年代の笠神社秋季大祭

高解像度ダウンロード(4MB)

昭和30年代の笠神社秋季大祭

笠神社の秋季大祭の詳しい予定アクセスは

笠神社 ホームページで御確認下さい。

御神幸風景映像

西本町神輿夜映像



     笠岡祭音頭、伊勢音頭  笠岡の祭の音頭はの流れを引き継ぎ、その節回しは独特なものがあります。

収録された歌詞、音声は西本町のものを使用しましたが、口承ですので,

各町内、大人、子供、唄い手個人それぞれ違ったものがあります。

笠岡の風情を織り込んだ唄のなかには、卑猥な表現も有りますが、そのまま収録致しました。

祭音頭歌詞ダウンロード

音頭実演

西本町最長老の佐藤さんの音頭1

西本町最長老の佐藤さんの音頭2

総代の酒井さんの音頭

中川さんの音頭

池田さんの音頭

池田さんの音頭

東川さんの音頭

東川さんの音頭

東川さんの音頭

祭音頭音再生

柿原さん、関口さんの音頭 川村さんの音頭

さんちゃん、ぶっちゃんの音頭 プラス平田最責の会話

祭音頭音再生

祭音頭音再生

祭音頭音再生

 

笠神社秋季大祭西本町次第
平成24年 笠神社秋季大祭 西本町次第 毎年だいたいこの手順で行われます。

 9月30日(日)    
綱巻き   綱巻き お清め  記念撮影 高解像度 ダウンロード
 10月5日(金)  10月6日(土)  
 準備 しめ縄を配ります  町内でしめ縄を張ります  本陣に向けてお宮を出発
     
 県道交差点
 本陣到着
 神輿のお清め   宵宮
 10月7日(日)    
 朝から準備
 御神幸の準備
 西の浜から御神幸を受け渡し
 ロータリーを行く御神幸
 子供御輿
 西本町を行く御神幸
     
 御神幸祭事
 正寿町へ御神幸を受け渡し
 朝食
     
 出陣前の様子
 記念写真  高解像度ダウンロード(17MB)
 
     
 町内へ出発
 町内を行く御輿
 笠神社昼間の様子
     
 西の浜を行く御輿
 西の浜本陣
 本陣帰着
     
 来賓のあいさつ
   
     
 今年はガードまで
 本町をゆく御輿
 
     
     笠神社境内
     
 天満神社帰着 ささげ
 笠神社からの御幣
 
 10月8日(月)  10月13日(土)  
 片付け
 神洗い











 
 

CGCGで作成した戦国〜江戸時代の笠岡

まだ作成途中ですので、だいたいこういう感じ位で見て下さい。

戦国時代陶山氏の笠岡山城JPG

江戸時代の観善寺jpg

江戸時代の正念寺JPG

江戸時代の威徳寺JPG

江戸時代の天満神社の想像図JPG

本殿と弊殿の接合部からすると建築当時拝殿と弊殿は無く、本殿のみであったと想像する。

江戸時代の西本町天満神社を北から望む

江戸時代の天満神社を北から望んだ風景です。弊殿との接合部の形から、当時は本殿のみ若しくは拝殿が土間で本殿とは屋根で繋がれていなかったと思えます。


     

地質年代表

     

生命45億年の流れを表にしてみました。A4で出力すると100万年が1センチになります。

各用紙をつなげて人間の時間の短さを実感して頂ければ幸いです。

白紙の部分には地学図鑑などの写真を貼り付けたり、子供達に書かせた絵を貼り付けたりするといいかも。

地質年代表PDFダウンロード


笠岡の海岸線の変遷

笠岡市街は海を埋め立てて拡がってきました。古地図を現在の地図におとしてみました。

文化5年の笠岡

明治6年の笠岡1

笠岡市駅前土地区画整理事業誌2002を元に、笠岡市教育委員会が編集した資料を合成しました。

笠岡市街地の都市計画前の姿(20MB)


笠岡の事は以下のホームページをご参照下さい。

えいちゃんのホームページ

笠太郎さんのホームページ

笠岡市のホームページ

笠岡観光連盟のホームページ笠岡観光連盟HP

島づくり海社のホームページ島づくり海社HP

         

古代史について語り合いませんか。古代史について語り合うページ。

古代史について語り合うCODAISI COMのページ

 

おまけ 家にあった昔の写真

戦時中の学生さん

高解像度ダウンロード(17MB)

呉の芸者さんと海軍さん

< 過去のトピックス天神谷に何十年ぶりかの滝出現     

平成24年7月7日今朝方の豪雨で、防災工事をしてから枯れ川だった天神谷(井戸公園)に、何十年ぶりかの滝が出現しました。

映像

米沢観光物産協会


笠岡市西本町天満神社のお正月

天満神社からの初日の出

初日の出

 

天満神社のガラス戸と初日の出

    

4月10日井戸公園には桜吹雪が舞っています

天満神社の通知表おみくじです。

天満神社参拝記念の朱印です。

天神様の中秋の名月

 

   

井笠鉄道最終日

長い間ご苦労様でした。今までありがとう。多くの人が写真をとっていました。

尾坂便

夕日に映える井笠バス

井笠鉄道バスの最後を惜しむかのように二重の虹が

最後の花を添えていました。

井笠最終日の笠岡駅前映像

井笠鉄道のバスのペーパークラフトを作ってみました

路線がもうすぐ廃止されるので、写真から至急作成致しましたので組立説明は未だ作成しておりません。

井笠鉄道バス台紙台紙1

井笠鉄道バス台紙台紙2

私以外の方が井笠バスのペーパークラフトを作っているのを見つけました。下記のHPです。

CT ホームページへ

26年4月6日 井戸公園の桜 少し散り始めました。桜吹雪がきれいです。


26年4月6日 井戸公園の桜は満開です。今日の寒さでしっかりしています。


26年4月5日 井戸公園の桜は満開です。

26年4月4日 井戸公園の桜は満開です。


26年4月2日 井戸公園の桜は9分咲きです。

26年3月31日 井戸公園の桜は8分咲きです。


26年3月30日 井戸公園の桜は5分咲きです。

    トクトク http://tok2.com/