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日米較差とボスについて

<日米差>

 留学することのメリットとして、日本のボス以外にも第二のボスを持てることが良い点だといわれる。確かにその点は同感である。日本のボスは、あくまでイメージとしてだが、師匠の背中や無言の行動姿勢、行動原則から我々が自分自身で時間をかけ思考錯誤の末、師の教えに自ら辿り着くパターンが多いようである。そういう点が決して悪いわけではなく、これも一種の日本文化ともいえるのかもしれない。白黒をはっきりさせないなどのあいまいな点がある一方、必ずしも秀でた才能を部下が有しなくとも能力が平均以上ならばそうする方が集団のマイナスを生まず組織としては着実に前進できる、そいう土壌が母国に存在し容認されていることを否定することはできない。
 一方、アメリカなどはどうなのか?そしていったいどんな人がボスになるのか?これは渡米前からある程度想像はしていたものの、実際に接して初めてわかることが多かった。まず、一つはアメリカという国の政策にも深く関わっているともいえる。世界一であることを多くの国や地域に流布するためのプロパガンダが存在し、そのための産業(メディア、映画そして娯楽など)も存在する。科学の世界がそれらから独立しているとはいえない点もある。そのため必然的にアメリカでは国益という点においてその順列が決められ、grantの金額やその順位も有益か否かできまる。純然たる「真実を知るため」という科学を追求する基本的な姿勢も当然存在するが、実際は社会還元の順位で多くのことが決まる。私としてはこのようなアメリカ式方針にまったく賛成するわけではない。しかしながら、このやりかたのわずかでも我母国でなされていない点ついては今後の政府の方向転換が行われる必要性を感じる。なぜならば科学の世界での最高栄誉があくまで社会還元が尺度であるノーベル賞であるならば、また我祖国が多くのノーベル賞を獲得する気があるのであれば、いかに社会還元が必要かということは議論の余地を挟まないからである。いずれにしろそのような背景があるアメリカという国におけるボスというものは、確実に私に多くの新鮮な思考回路の存在を知らせてくれた。
 まず日本と似通っていて、かつ日本以上に大事な点について述べる。それは人間関係の密な点である。日本のような縦関係でしか融通が効かない点とは異なり、横関係ですべて動く点が異なるが、この国ほど紹介状(recommendation letter)が効力を発揮する国はないと思われる。すべてコネクションがからみ、人間関係を崩すと論文も通らなくなり、ポストの確保や昇進においても誰も首を縦に降らないようである。反対勢力が存在すると、論文提出の際、「誰それには見せないでくれ」とも書けるし、仲がよければ「誰それに見てもらうことを要求する」と書くこともある。いずれが得かは私が申し上げることでもなさそうである。臨床においては日本以上につき合いが大事で食事を一緒にすることや、つき合いの研究会に出向いてあげることなどは日常茶飯事である。Chair man などは笑いとユーモアなくしてなれないし、逆にそれだけあればなれるともいえる。この才能は実は日本では真面目で努力家の人には嫌悪されているようだ。が、その理由は明らかで、日本のごとく自分の上司にはうまく取り計らうことができても多くの部下や職場の関係者から信頼と信望を得ていないからである。その点においてアメリカでトップに立つにはすべてそれらをクリアーしているため、やはりそれなりの生まれ持った才能が必要なのである。なぜアメリカ人にはこういうことが長けていて日本人は不得意なのか?それは幼少期からのエリート教育の違いからくるといってよい。学習能力プラスリーダーとしての素質が問われるのがアメリカのエリート教育であるから大学を卒業し医学も卒業し職場でもトップに立って行く者が決して業績や肩書きだけでは選ばれていない。必然、勝ち上がってくる者の人格、素質は際立ってる者がばかりなのである。幼い時にリーダー教育が何一つされていない土着の日本人にこういうシャープな感覚があるはずもなく、むしろ逆で、語らず騒ががず目立たずの方が集団の中で好まれることを知っている人の方が多いのではないだろうか。「良い人」と言われる人は自ら「良い」人を演じることを好む。また彼等はアメリカのように「正義」「平等」を意識しているわけではなく ただそうしていれば勝手にお神輿の上に乗せられることを知っているだけなのである。

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 前述したごとく、アメリカという国が縦ではなく横の関係でものが動くが、その背景には日本のように一人のトップが絶大なる権限と権力を持つという構造がこちらではなく、分散していることである。日本の制度は明らかに時代遅れであり、トップが公平や平等をいくら謳おうが現実的に権力の所在はあきらかであり、本当の意味でのフランクなつき合いを不可能にしている。それはひいては組織に必要な時代へ対応する改革や時勢の波の取り込みを制限し日本が世界トップ争いに加わりながらいつまでも欧州の後塵をなめる原因の一つになっている。アメリカでは日本のように常にトップに伺いをたてなければならぬわけではなく中間層にものを決めうる権限を分譲している点が異なり、ひいてはそれが流通や決定事にスピード差を生じさせ、かつ結果にも差を表しているともいえる。私のボスはassociated prof.だが統べての自己にまつわる事柄に自分で決断をくだせている。Chair man が口を出せるのは最初の人事選択権と医局内公式行事だけである。
 渡米前のまだ私の留学が決まっていなかった段階の時、すでにアメリカ4年の臨床留学を経て帰国していた実兄に留学先の相談をもちかけたことがある。偶然にも昔の兄の知り合いだった放射線科のChair manがJohn Hopkins universityの学長に時を経てなっていた。しかも兄夫婦を自宅に呼ぶ程の懇意の仲でもあった。早速兄がメールで私の留学を打診した。しかし、たとえJohn Hopkins universityの学長といえども下部組織の人事にまで口を挟むことは出来なかったという逸話も披露しておく(もちろんいくつかは紹介はしてくれたのだが)。
 
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<何が異なるのか?>

 上記しるしたごとくの背景を持つ我ボスのマイクは私とは8才年が違うだけである。しかし日本と違い、彼は私に給料を出し、アメリカ滞在に必要な統べてのpaper workをこなしかつ保証人でもある。日本的にいえば経営者と従業員みたいな関係である。極端にいえば彼に嫌われれば私には何の金銭的サポートもなくなるし、アメリカにさえ居ることはできない。しかし現実的にはそんな人間関係が存在していないかのようにフランクでかつ親切である。決して仕事の仕方に文句をいうこともない。むしろ逆である、「家庭は大丈夫か?」「楽しいか?」そればかりを最初は聞いてくるだけであった。
 長い時間がかかってわかったことは、彼等雇用する側の立場の人は決して「人」という財産を無駄に扱わないことである。一度雇った以上有効に使おうとするのは当然であろう。しかし日本では依然として「従」という姿勢を求める上司が多いのではないだろうか?上司の方から好きになる努力をするわけだから、部下が答えないわけがないのである。クリスマスにはボスが心ばかりの小さなプレゼントとクリスマスカードを直接手渡しに研究室へやってくる。「いつも協力してくれてありがとう、心からお礼を言うよ、ヒロシ」と満面の笑顔である。日本ならばお歳暮を送るのは当然部下である。蛇足だが、私の知っている日本におられる教授の中にも決して部下からの贈り物を受け取らず学問的にも人格的にも優れて尊敬ができる人がいることをここに記しておく。ある在米の日本人の先生も言われていたが「なぜアメリカでは、ボスのためにがんばろうと思えるのだろうか」とおっしゃっていたがまさにその通りである。「君が必要だ」「嬉しいよ、おまえの話を聞くのがとても好きだ」等の発言を受けて奮いたつのは部下としては当然であろう。思うに、幼い子供の時から「愛してるよ」「パパがいるから大丈夫だよ」という言葉を親から受けて健全に育ってきた人であれば、必ず心に届く言葉になっているのである。そういう単純な心の準備がボスには出来ている。したがい日本に居る時のように人間関係で想像力を働かせる必要がないのがアメリカで仕事をする上での何よりの気楽さである。
 もう一つ決定的な言葉を使う。「I am proud of you」。何かあり私が活躍したり良い結果を出した時にボスが良くいう言葉のひとつだ。人を誉める言葉としては相当に感動的である。ボスに喜んでもらえると思い一生懸命やった結果、こういわれれば今日も夜までがんばろうかと思える。「The Sixth sense」という映画のヒトコマで、死んだおばあさんと話ができるひとり息子のコール少年が、母親に自分が本当に死者と会話できることを信じてもらうために「ママはおばあちゃんのお墓参りの時、何か質問したでしょう?答えは『毎日』だって。どんな質問だったのかはおばあちゃんは教えてくれなかったけど、たた『毎日』っていえばママには分かるって」と聞いたところ母親は泣きくずれて少年を抱きしめてこう言った「母さん、 私を誇りに思うことある?って聞くの」元へ・・、それくらいボスは感動的に接してくるわけである。
 最後にもう一点見習うべきものがある。意外に思うことだが組織の長としてはそれほど組織拡大に積極的ではないことである。しかるべき人材を確保し和を大切にしていればいつか結果が伴ってくると信じているようである。これは組織の長として組織を保つという点を最重要視していることを示している。どういうことかというと、たとえ能力がある人物であろうとも組織の和を乱すことが懸念されれば迷うことなく切り捨てるということである。自分もさることながら部下にも「Nice Guy(いい奴)」であることが要求されるのである。日本でも「いい奴」でありさえすれば「癒し系友達或いは部下」として重宝されるがこの点はアメリカでも同じである。ただしアメリカでは仕事が出来るということは絶対必要条件であることが日本と違う。女性研究員を部下兼愛人をとして囲っているケースは何回か聞いたことがあるが、そのようにボスが好色かつ資金に余裕があるケースはさておき、少なくとも組織解体の反乱分子は取り除くのが常である。たとえNice Guyであれ、業績の作れない部下など置いておくと自分のラボが消滅することにも繋がる。このことはChair manが明らかな後継者指名などしないし後継者にするための努力もしないということにも繋がっている。もしそんなことをすれば多くの有能な若い人が一目散に逃げるからである。彼等はどうすれば組織が滅びるかを考え事前に手をうつことが出来るのである。どの部門も毎年全米ランキングが発表されるためランク外に漏れると、そういう場合に限り、Chair man も何かしら積極的に手を打つ必要がある。私の知る限りここの大学の泌尿器科の教授はこの一年少しの間に3人やめ、4人新しい教授がきた。もちろん学閥など頼りにするはずはなく、Chair man が持つ幅広い人脈から引っ張り抜くわけである。
  一方で日本の方がより組織拡大に力をいれているような感じがする。また同様に、人の切り捨ても意外に淡泊に行われているのではないだろうか?(日本の場合、多くが公務員のため本来はやりにくいことなのであるが)。しかし欧米と日本とでは人材の集まりにあまりに差がある。特にアメリカでは優秀な人材が世界から多く集まってくるので、当然部下にする場合、Nice Guyを選択の一つとするのもやむ終えないわけである。しかし日本にそのような余裕がはたしてあるのだろうか?否である。数少ない人的資源は大事にせねばならぬのに、見よう見まねの欧米式<人切り捨て>は国力をリークさせている。逆に重宝されているのは皮肉にもNice Guyだけである。多くの優秀な日本人がこちらアメリカに渡って祖国に別れを告げている現実は若い人達だけの責任といってよいのか。そのうちの一人でもノーベル賞をとるようなことがあれば我祖国は祝砲(祝報)と同時に反省の弁も語ってくれるのだろうか?その原因は多くの今の日本の指導者が欧米で多くを学びはしたものの、うまく加味して理解しておらず不良消化分析によるものと考えられる。つまりどうすれば成功するかは見てきたので知っているが、どうすれば失敗するかまでは知らないのであろう。えてして分析を加えて学ぶものはプラスのものばかりであって、マイナスのものへの分析がないのが常である。
 また、こちらのボスは、同じマイナス面としての、好き嫌いの感情を部下にはみせない。ボスが好き嫌いを見せた時点でもう組織は下り坂に陥るのを多くの諸先生が欧米留学で学んだはずだと思うのだが、あるいは本当に知らないのか、はたまた実験以外の人の交流は断っていたのか、実践しているケースは少ないようだ。我ボスはなるべく不満のないように部下に気を使いうまく仕事をさせているようである。彼が感情をあらわにするのは私の実験経過を聞いて喜びを爆発させる時だけである。彼は自分の作った組織を壊すことなく、smart な部下とsmartな上司さえおれば必ずや発展すると信じているようだ。また我々外国人は彼のアメリカ人以外の理解者であり仲間なのだと思っているようである。ボスは仲間を信じかつねぎらい、かつ友人のようにつき合う。簡単なようだが、日本の文化と風習に馴染んだ人にとって理解はたやすいが、行動に移すのには難しい業なのであろう。

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 まだまだ私も異文化の理解とその解釈に悩み、「一体どうなっているんだ」と思うこともある。しかし理解するために努力し、それをまだ知らない者に伝えるのも留学経験者の使命と考えている。多くの友人を年の差という垣根をとってつきあえたのは人生上で大きなプラスとなった。人間の巡り合わせにも神に感謝している。その結果smartでNice Guyのマイクをボスに持てた。もちろん出会えた人間はボスだけではない。それらは言う間でも無く、自分の誇りでもある。

                               2001年10月
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