寄る年波2 [04.12.12]


 私はずいぶん前からメガネのお世話になっている。初めてメガネをかけたのは、中学生の頃だ。視力が悪かったわけではない。単純な視力測定では、若い頃には1.5くらい見えていたし、若干落ちても1.2くらいの視力を長く保ってきた。

 近視ではなかったからだ。
中学生、高校生の頃は、単純な遠視という見立てだった。視力自体は良かった訳で、手元が見にくい部分があったものの、若い分だけ、目の方で無理やり調節して見ていた次第。正直言って、メガネがあれば楽ではあるけれど、なくても不便はなかった。メガネをかけるのは、よほど目が疲れたときだけだった。

 大学に入ってからは、ほとんどかけることはなかった。まぁ、あまり勉強しない学生だったし、そういう意味では、滅多に本は読まなかった部分もあったし、メガネを壊したってこともあったから。
 学生時代は、今考えれば、一番、読書に時間を費やしていた時代にも拘らず、ほとんどメガネに頼らずに済んだ。

 再び、メガネを新調したのは、入社後、数年たってからだった。仕事がもっぱら細かい書類の作成や、PCとの睨めっこになって、辛くなったからだ。目が辛くなって仕方なくなって、眼科でいろいろ調べてもらったら、それまで、単純な遠視だと思っていたのが、乱視も混ざってますよ、と言われた次第。
 そのとき作ったメガネは、遠近両用ではなく、単純な常用メガネだった。結構気に入っていて、本当に常用していた時期もあった。メガネを掛けること自体がうっとおしくてたまらない時期も合ったのに。
 そのメガネを掛けなくなったきっかけは、メガネレンズを止めているネジが一つおかしくなって、そのネジが締められなくなったからだ。ねじ山が潰れてしまったのだろう。そのために、レンズがすぐフレームから外れてしまうようになった。いつレンズが落ちるかわからない状態では、常用できるはずもなく、掛けるのを辞めてしまった次第。

 とはいっても、まだ、若かったその頃は、メガネなしでも困るほど見えない訳ではなかった。敢えて言えば、本来ならクリアに見えるべき視界が、若干滲んで見えるといった程度で、読めないと言ったレベルではなかった。

 その後、転職し、顧客リストを見ながら電話を掛け捲ると言う仕事に従事したときには、もはや、リストにある名前や電話番号が読めなくなっていた。慌てて、近所に合った眼鏡屋で安くて取り合えず手元が見えるメガネを作ろうとしたのだが、口の上手い店員に乗せられて、偉く高いメガネを買うことになってしまったのだ。

 営業テクニック、恐るべしと思った。
本当は手元の文字が読めればいいだけ、だったのだ。顧客名簿さえ読めればいいのだから、手元専用のメガネで良かったはずだったし、そのつもりで買いに言ったのだ。


 店員(店長さんかもしれない)が言うには、乱視がある以上、常用としても矯正したほうが目には疲れは残らないし、手元はきっちり合わせないと、細かい字は見れないのだから、この際、境目のない遠近両用のメガネにするべきだと。それも、「遠」と「近」だけでなく、近・中・遠と連続的に焦点が合うメガネを作れば、すっと掛けていてもらって、なんら不便はないですから、これが絶対お薦めです、と言うわけです。

 まぁ、メガネの有名店でそこまで言われたら、素直に従うしかないかなと思い、そういうレンズを使ったメガネを作ることにしたのです。そして、まずはフレームを選ぼうとしたら、店員さんが、とっとと数点のフレームをピックアップしてきたわけです。値札を見ると、もう、フレームだけで、こちらの予算を軽くオーバーするようなものばかりです。その中でも安そうなフレームを選ぼうとすると、レンズの下側にフレーム枠があると不便ですよと、下側はワイヤーで支えるタイプを薦めてくるのです。確かに遠中近レンズだとレンズの一番下側で、手元を見るために、そこにフレームがあると、邪魔になるわけです。これは掛けて見て、確かにそうだと実感したので、そのタイプのフレームを選ぶことにしました。フレームがしっかりしていれば、度が合わなくなっても、レンズ交換だけで済むから、長持ちするフレームを選ぶ方が得策だと思ったからです。

 でも、落とし穴はありました。その後何年かたって、若干度が合わなくなってきたときに、気軽にレンズ交換が出来なかったのです。というのも、レンズ自体もちょっと張り込んだだけに、レンズの値段とフレームの値段がほぼ同じくらいの金額になってしまったのです。
 つまり、当初予定していた(それも多めに)予算の倍以上の金額のメガネ代金になってしまったと言うことです。今更、度が少し合わないくらいで、レンズ交換だけで並みのメガネ以上の価格を払う金銭的余地はなかったのです。
 まぁ、金が出来たら、この高級フレームに相応しいレンズを買おうとは思いますが、今はその時期ではないと言うことです。

 私にとって一番の悩みは、朝起きて、朝刊を読もうと思っても、メガネなしではもちろん、メガネを掛けてさえ文字が滲んで読めないと言う状況なのです。読む気にさえならないほど酷いのです。昼食で入った店で、コミックやスポーツ新聞の活字さえ、はっきり読めない。ましてや、朝、受け取った朝刊の文字など解読不能なほど滲んでしまうのだ。
 やはり、この状況はまずいと思った。自分が字を書こうと思ったときも、書く場所に目を近づけてしまう癖があるために、焦点が合わず、きちんとした字が書けなかたりするのだ。
 喫茶店に入って、スポーツ新聞を読もうとして、その活字がまともに見えなかたりもした。

 そこで考えたのは、普段は使わなくてもいいけれど、新聞、雑誌、書籍を読むためのメガネを買った方がいいってこと。最近は格安メガネ店も出来ていることだし。手元専用のメガネを手に入れることにした。そういうメガネ店もみつけたことだし。

 フレーム、レンズ込み7千円という店に行って、手元用限定で、と注文した。ところが、手元用といっても微妙なんだね。焦点距離が30センチ程度の、いわゆる読書用のものと、もう少し離れた50センチ程度まで見える2重焦点のレンズがあるんだ。読書だけなら、安いレンズでいいのだけれど、パソコンを使うには、やや焦点距離が短すぎるんだよね。でも、値段は、本体込みの短焦点レンズのセット価格に対して、50センチの距離にも焦点が合う二重焦点のレンズを注文すると、レンズの交換価格だけで最低1万2千円だそうだ。

 実際に店頭で試すと、確かに「近・中」兼用メガネは便利なんだけどね。でも、今回は手元オンリーの一番安い組み合わせにしておいた。金に余裕が出来れば、いいほうのメガネに、高級レンズ入れてやればいいことで、貧乏している今の段階では、取り合えず書いてある文字が詠めればいいことだから。

 それにしても、安売り価格を目玉に商売しているメガネ屋さんでも、いくらでも価格の高い品物に誘導する技があるのだなぁとつくづく感じさせられた次第。まぁ、今回は無理やり押付けられなかっただけでも良心的な部類なんだろうけど。


 それにしても、老眼は辛いよ。たまたま立ち寄った喫茶店などの飲食店で、ひまつぶしに読もうと思ったマンガやスポーツ新聞が、字が小さすぎて、焦点が合わないし滲むし、何が書いてあるのか、想像しながら眺めるだけなんて。
 目の衰え、足の衰え、ここまではきてるな。次に来る肉体的ダメージはどこだろうか。

 この世に神様がいるのなら、長生きさせてくれとは言わない。残りわずかな人生でも構わないから、苦しまずに、あっけなく死なせて欲しい、そう思う今日この頃である。

TOPへ戻る  旧喫文店Q「お品書き」に戻る  前へ 次へ