病室の困った人 [04.06.01]


 私が入院した病室は6人部屋だった。貧乏人の私には、差額ベッド料は払えないので大部屋にした次第。というより、個室とか、2人部屋とかは、部屋数が少ないこともあって、病状優先ということもあるようだ。 他の入院患者さんは、皆さん概ね私の父親世代か、それより若干下くらいの年齢だった。
 病気も違うし、その程度も違う、年齢層も高めではあるけれど、同じではない人間が一室で暮らすことになるのだから、そこには、気に入らないというか、合わない人間というのは当然のようにいる。

 もちろん、一番年下の立場である私は、なるべく大人しく、たとえ腹立たしいことがあっても、忍の一字で耐えていた。それは私も他の皆さんに迷惑をかけるようなことがあったからで、そこは申し訳ないとは思う。とはいえ、自分でコントロールできないことなので、人から文句を言われても対処のしようがなかったのだ。

 そういう状況の中、私の隣のベッドに新しい患者さんが入院してきた。寂しがり屋のようで、とにかく良くしゃべる人だった。詳しくは書かないが、症状が重いから、入院してきたわけではなく、新しい治療を受けるに際して、退院後は定期的な通院で済むように、その治療方法で何らかの問題が出ないかどうか、出たとしたら、どうすればよいか、確認のための入院なので、その人自身は、ひたすら元気だった。食事制限みたいなものはあったようだが。

 しかし、そこまでになる間に、この病院も含めていくつもの病院に入院歴があるようで、自分は、入院生活のエキスートとでも思っているのか、自分がルールだと思い込んでいるような節があった。ただ、そのルールを私に対して、面と向かって注意することはなかった。
 確かに、面と向かって文句が言えないような問題だから、すなわち、いびきがうるさいという苦情だったからだ。
その代わりに、同室で、話し相手になりそうな人を見つけ、病室内で、明らかに私に聞こえるような大きな声で嫌味をいうのだ。
「何の病気か知らんけど、まだ若そうなのに大変だなぁ。でも睡眠時無呼吸症候っぽいよなぁ、やったらうるさくて、こっちは眠れやしないよ。これが、後何日続くかと思えば、気が狂いそうだ」
そんなこともいっていた。しかも何度も。

 また、大部屋というのは昼間は個々のベットを仕切るカーテンは開けておくものが常識だとも、いっていた。何を引きこもってるんだかとさえいっていた。
 私は、遥か年上の人達と積極的に話す必要も感じず、しかも、身体が辛い状態で、喉の状態も悪くあまり話すこと自体が辛い訳で、隣の良くしゃべる人とは、カーテンで仕切って、この人を避けていただけである。体調の悪さから、ただ、ひたすら独りで安静にしていたかっただけで。

 そういう自己主張を、直接言わずに、他人との会話を使って嫌味っぽく言う。私もだからといって努力をまったくしなかったわけではない。消灯後も、すぐには寝ずに、相手が寝息を立て始めてから寝るようにしたり。体調がよくなりかけてきた頃にはカーテンも完全に仕切るということはやめましました。
 といっても、その時には、ちょうど私のベッドと対角線上にあるベッドが空いたので、その人は、看護婦さんにお願いしてそちらに移ってしまったあとでしたが。

 病院では週に一回、シーツなどを取替えてくれるのですが、当然埃が立つために、窓を全開にして作業するわけです。ちょうど換気にもいいし、病室の中には、自力でトイレにいけない方もいるわけで、下の世話の処理後の臭いが篭りやすい部屋だったこともあって、寒くもないし、しばらくそのままにしておこうと思っていると、
「外の音がうるさくて仕方がない、眠れないじゃないか。窓を閉めてくれ」
と看護師さんに要求していた。真昼間のことである。散々、夜眠れないといっておきながら、昼間寝ていたら、そりゃ寝付けないだろう。ちなみに、人のいびきがうるさいといいながら、ご自身がいびきを書いて寝ることもあるという自覚はなかったようだ。

 窓を開けることに関しては、窓側のベッドの住人であるわたしは、かなり気をつけていた。窓を大きく開ければ、またうるさいと言われかねないし、かといって風通しを良くしなければ、部屋がくさくなるし。もちろん、風が冷たければ、私の病状に障るし。

 そんなある日、よその部屋から遊びに来た患者から、このおっさんに、この部屋はくさい、といわれた。そうしたら突然、それまで、一度も直接話しかけてきたこともないくせに、初めて私の名前を呼んで
「もし、廣さんが寒くないようなら、窓を開けませんか? 私らは慣れてしまって臭いに気がつかないみたいだけど、他からくると臭いらしいから」
などといってきた。実際には、私は臭いを感じていたので、大きく窓を開けたいと思うことしばしばでしたし、また怒鳴られるのも嫌なので、その人に気づかれない程度に、窓を少しづつ、開けていた。当然、声をかけられたときにも窓は少しばかりではあるが開けてあった。

 寂しがりやというのは間違いなくて、奥さんが見舞いに来なかった日には、夜になってこまめに電話をかけていたようだし、そのくせ、来たら来たで、くるのが遅いと怒鳴りつけていた。もっとも、奥さんから、だから、昨日電話で、今日は○○の用事があるから遅くなるって行ったでしょ、と反撃されて大人しくなる程度の気弱さもあった。
 また、看護師さんにも、他の患者さんの世話をしているにも拘らず、自分を構って欲しくて平気で何度も話しかけて無視されていることもあった。
 もっと酷かったのは、昼食が済んだ後、患者は特に何もすることのない時間がしばらく続くわけで、その暇をもてあまして、談話室に行き、おそらく個室の患者さんの付き添いの方と見受けられる人が弁当を食べているところに話しかけているのだ。病院のルール上、見舞い客が病室での飲食が禁止されている上、ろくな食堂がないこともあって、弁当持参で来られていたのだろう。きっとさっさと食事を済ませて病室に戻って付き添っていたかっただろう人を捕まえて、長時間しゃべっているのだ。一体何様のつもりなんだろうかと思わずにはいられなかった。
 その癖に、病室で少しうるさい会話があった時には(自分も結構大きな声でしゃべっているくせに)
「ここはなぁ、皆病人なんだよ、体調が悪くて、病気を治しに来てるんだから、静かにしろよな」
と、自分に都合のいいときには怒鳴り散らしたりするのだ。あの時は確かに注意してもいい場面だったが、言いようがあるだろうに、という気がした。


 入院期間中3分の2は、この人物と一緒だったため、割と繊細なというか、神経質な私にとっては、地雷を踏まないようにと恐る恐る暮らす地獄のような日々であったことはいうまでもない。

 この人さえいなければ、もう少しゆっくり入院させてもらって、本当に安心して治ったと納得できるまで、退院を焦らなくて済んだのに。私のような独り者は、退院すると、自宅静養といっても、結局自分の身の回りのこと、全て自分で支度しなくてはいけないから、入院中のようにゆっくり出来ないのだ。

 たしかに、長期入院は好きでしたいわけではないけどね。


 他にも困ったひとはいたけれど、その人のことを書くと、かなり個人情報的なことも書かなくてはならないのと、その人の抱えている背景が見えてしまった分、同情を禁じえない部分があったので、今回は「困った人」という範疇で書くべきではないと思い、一人に絞って書いた次第。

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