入院生活の意外な日常 [04.05.27]


 入院してみて最初に驚いたのが、自分の姿でした。朝の洗顔時や、トイレに行くたびに鏡に映る自分の姿を見るわけですが、あまりの酷さに自分の姿と認めたくない気分でした。げっそりやつれている上に、顔色が、なんというか「生きてる人間の顔色」とは思えないものだったのです。
 その顔色を見て、肺炎ではなくてガンなのではないかと、不安を感じましたし、死について考えたりもしました。もし、あの状況で医者から
「病状について説明したいので、家族の方を呼んでください」
という言葉が出たら、助からないかもしれないとさえ、冗談抜きで覚悟していました。幸いにも入院初期に、そういう言葉が出なかったことで、取り敢えず今すぐどうこうということはないなと安心しましたが。

 病院の入院食はまずいというのは、ほぼ定説でしょう。実際、最初の一週間ほどは、見た目の悪さもあって、あんまり食べる気しないなぁと思っていました。食欲をそそらない食事でも、お粥だったこともあって、なんとなか喉に押し込むことが出来たんですけどね。
 看護師さんから
「食欲はありましたか」
という質問を受けるわけですが、一応、残さずべているので
「ありますよ。でも、なんかおいしくなくてねぇ。お粥だからかなぁ」
なんて答えていました。
「それじゃ、普通のご飯に変えることもできますよ」
と聞かれたものの、普通のご飯だと流し込むわけにはいかないし、余計に食べるのが嫌になりそうで断りました。

 でも、食べるのに苦労していた状態って、結局、食欲自体がなかったってことだと、後になって気づきました。
 なにしろ、入院当初は、かなり熱が高かったのです。解熱剤は処方されていたようなのですが、実際には使われませんでした。強力な解熱剤で、「38度5分以上の熱のあるとき」という使用条件がついていたのです。
 入院時に38度台とはいえ、その薬を使うほどではなかったのでしょう。しかも、その解熱剤が処方されているために、他の軽い解熱剤が処方されることもありませんでした。

 微熱レベルに下がるまで一週間近くかかったかな。でも、熱が下がったおかげで、本当に食欲がわいてきたのです。そこで普通のご飯に変えてもらいました。


 そうなると、食事自体のクオリティーが高くなくても、ちょっと、いつもより好みのおかずだったり、目先を変えたメニューが出てきたりといった、ほんのささやかなことでも嬉しくて、食事の時間が楽しみに変わっていったのです。むしろ、おかわりしたいくらいに。実際には、そんなことは出来ないので、満足する前に食事が終わってしまわないように、ゆっくりゆっくり、たくさん噛んでいました。あんなにしっかり噛んで食べるなんて経験は、ここ最近ありませんでした。

 たとえば、ラーメンが出てきたときなんかは、麺は延びてネチャネチャだったりしたのに、病院でラーメンが食べられるなんて、て感動しましたし、滅多に出ない肉系メニューでは、やたら固い肉でさえ、うわぁ、肉だ肉だって、心の中ではしゃいでしまいました。

 入院前にも、やはりまともに食事ができていなかった(美味しいと感じていなかった)ことから、普通の味覚が蘇ったことで、味を感じて食べることが出来たことが、それだけで、美味しいと感じる要因だったのでしょうね。

 嗜好品ということでいえば、入院するときに気にしていたのは「タバコと」と「お酒」でした。

 特にタバコは、病気が肺だけに厳禁なのは当たり前ですが、それまで、一日二箱も吸っていたヘビースモーカーが、いきなり禁煙なんて、我慢できるはずがないと思っていたのです。それが完全禁煙とは行かないまでも、看護師さんに隠れ、三日に一度(1,2本ほど)くらいのペースで我慢できました。
 もちろん症状の酷かった初期は完全に禁煙してましたが。これで、タバコをやめることもは夢ではないかもとさえ思いました。でも、体調が良くになるにつれ、少しづつ本数が増えていったのも事実です。
 というのは、最初のうちはタバコを吸っても、美味しくもなんともなかったのに、だんだん美味しさが分かるようになったから。その変化が病状が確実に良くなているってこととリンクしているようでした。治癒の進み具合を確認してみたくて吸ってしまうというのがありました。
 それでも、入院時に持っていた、普段より軽いタバコ(しかも数本は既に吸っていた)一箱で入院期間を乗り切ったのですから、頑張ったほうでしょう。
 もっとも、退院後は、その自信はどこへやら、本数が元に戻ってしまいました。いまは、あまりきつくないタバコで、味に満足できて、本数を抑えられる銘柄探しをしているような次第です。やはり禁煙は吸いにくい環境も必要なようです。

 お酒も、飲まないと眠れないという呪縛があったので、普段は寝酒を辞められず、それも寝付くまで飲むために、飲みすぎてしまうことが以前にはよくあったものです。
 いくらなんでも、お酒は病院で隠れて飲めるものではないので(検査があったりしたらすぐばれるし)、果たして酒なしに眠れるだろうかと、かなり不安でした。実際、病棟の消灯時間がただでさえ早いのに。
 でも、消灯後しばらくラジオを聞きながら適当な時間潰してから、ラジオを消し、ただただベットの中で大人しく目をつぶっていると意外に寝ることは出来ましたね。結局は、今まで寝るタイミングを失っていただけのことでしょう。

 ことお酒に関しては、何かの付き合いごとで飲む以外は、今後は飲まないで済みそうです。一時期、血液検査で、肝機能値を示す数値がかなり悪くなていた時期があったのですが、入院中や、退院後の検査では、肝機能の異常があるとは言われませんでしたから、入院前からの節制で検査時点で正常値に戻ったと考えていいようです。

 お見舞いに関しては、ちょと悲しかったですね。
 普段は、独り暮らししているわけで、一人きりでいることは苦痛でもなんでもないです。世話をしてくれる母親が来てくれれれば充分でしたから。それ以外の方には特に入院していることを連絡していなかったのです。
 来て欲しいと言えば来てくださる方もいらっしゃたと思います。ただ、入院したと言う事実だけ知らせて、入院先などの詳しい情報は伝えていなかったり、身内には、病状はたいしたことはない(普段から迷惑かけっぱなしだから)し、来なくていいですよ、とお願いしていたので見舞いはないものと割り切っていましたから。
 それでも、同室の患者さんにお見舞いの方が来られているときは、結構、ブルーな気分でした。同室の患者さんは私よりもずっと年上の方です。私から見れば、ほぼ父親世代の方でした。
 そういう方にお見舞いに来る人って、奥さん、息子、娘、息子の嫁、娘婿といったような方々です。

 それが、羨ましいというか、本来なら、私の年齢でも、少なくとも配偶者や娘、息子がいるような年齢ですから。そういう存在がいないということ、いい歳こいて、一人ぼっちだということがいかに惨めなことかと、再認識させられて、自分が情けなくて。

 せめてもの救いは、独り暮らしの部屋で、独りでぼっちで自宅療養するのと違って、看護師さんが、わずかながらでも話しかけてきてくれて寂しさや不安感や孤独感から救ってくれたことでした。

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