入院生活スタート [04.05.06]


 看護師さんに連れてこられた病室は6人部屋。窓際のベッドが自分の居場所だった。
 看護士さんから家族関係等の質問を受け、入院のための書類にいろいろ記入し、ばたばたと手続きを終えると、一人ベッドに取り残された。

 ふ〜っと、ため息ついて、これからしなければならないことを考えた。最初に頭に浮かんだことは「寝間着がない」ということだった。独り暮らしの中年オヤジの私は、普段寝間着とかパジャマなどというものを着て寝てはいない。もっぱら、もう外では着られないようなよれよれのスェットやジャージのたぐいである。とても人様の目に晒せるものではない。
 下着の類だって、ここのところの体調の悪さから、洗濯をしていなかったので、きれいなものが残ってるのかどうか。
 それ以外の、入院生活に必要な諸道具だって、私がここにいたのでは、取りに帰ることも出来ないではないか。

 いざとなれば、病院の売店で一通り揃うとは思ったものの、だからといって、入院中の着がえや、それを洗濯するってことまでは自分一人では出来そうもない。まぁ、いづれにせよ、入院したという事実は伝えなくてはならないので、母親に電話した。一通り必要なものは揃えて持ってきてくれるとのこと。
 この歳になって、老齢の母親に世話を受けなくてはならない自分が、つくづく情けなかった。
 非常事態だから仕方のないこととはいえ、親だって年齢なりに身体にがたが来て、病院通いもしている身である。今はまだ大丈夫だが、あと何年か経って、親に頼れないような状況になったときに、こんな状況が訪れたとしたら、一体、身の回りの世話は誰がしてくれるのだろうか。
 兄弟がいないわけではないのだが、どうも頼れそうにもないし。ここまで結婚も出来ずにきてしまったことがやはり歳をとってからの生活、特に今後自分が老人になったとき、どこかで人知れず死を迎えることになるのだろうか、そんな漠然とした不安を感じた。

 母親とは別居しているものの、距離的に近くに住んでいる。ただ、私の部屋を経由して来てもらうよりは、必要なものを買って直接病院に向かってもらう方が移動距離が短くなるので、そういう風にしてもらった。というのも、親は車もバイクも運転できないし、移動方法は徒歩か自転車だからだ。そんな訳で、来てもらえたのは夕方になっていた。

 その間、病棟での主治医が決まり(といっても外来で診察してくれた先生だったが)、入院期間の目安は10日から2週間程度だろうということだった。最初の1週間で2種類の抗生物質を朝夕2回点滴し、回復状況で点滴を錠剤にかえてもう一週間様子を見る。それで順調ならば、退院して外来治療に変更するとのこと。
 あと、血中酸素濃度が低いとのことで、酸素の吸入をすることになった。酸素の出てくるチューブを鼻先の穴に軽く突っ込まれるだけのことで、でもそれで、息が楽になったというほどの効果は感じなかったし、むしろうっとおしさを感じる程度のものだった。

 それ以外の投与された薬は、喉の痛みを抑える錠剤(1日3回)と同じく喉の薬で、液体の薬を機械で噴霧上にして口から吸引するもの(1日3回で、1回約5分程度)だった。
 こんな治療方針の下、入院生活は始まったのだった。そして、それは、極めて退屈で、時間をもてあまして、人生のことやら何やら、いろいろ考える時間だけはたっぷりあった。

 ただ、それについては、様々な思いが整理されていない状況で、書き出すと長くなりそうな予感もするので、今日はこれまで。

入院中の出来事には考えさせられることもあったし、その一方で、書き物のネタになるような出来事もいろいろあったんだけど、今回更新分はあまり面白いものにならなくて申し訳ない。
 

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