私の周りにはタイへ行った人が沢山いる。赴任で家族と長年住んでいた人、ボランティアで行った人、タイ語を習いに行った人、近所に行くように、小さなザック一つで年に二回は行ってしまう人、女の一人旅、おねえちゃんに会いに行く人等々。それぞれの思い出を胸に生きている。

バンコクの正式名称

クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット
「神の都にして偉大なる都、インドラ神の造りたもうた崇高なる宝玉のエメラルド仏像が安置されている大いなる都、九つの宝玉の輝く悦楽の郷にしてインドラによって与えられビシュヌ神が顕現する旧跡」(辻原康夫『世界の地名雑学事典』日本実業出版社)。


暁の寺(豊饒の海・第3巻) 
三島由紀夫著 
昭和52年発行 より 

「バンコックの正式名称を何というかご存知ですか」

「いや、知りません」

「それはこういうのです。 クルング・テープ・プラ・マハナコーン・アーモン・ラタナコーシン・マヒンタラー・シイアユタヤー・マフマ・ポップ・ノッパラー・ラッチャタニー・プリロム」

「どういう意味です」

「ほとんど翻訳不可能ですね。それはここの寺々の装飾のように、いたずらに金ぴか、いたずらに煩瑣な、飾りのための飾りにすぎないのですから。まあクルング・テープは『首府』という意味です。ポップ・ノッパラーは『九色の金剛石』、ラッチャタニーは『大都』、プリロムは『心地良き』というほどの意味です。大げさなきらびやかな名詞や形容詞を選び出して、ただそれを頸飾りのように繋いだだけのことです。臣下が国王陛下に対して、『はい』と答えるだけのことを、この国の繁文縟礼(はんぶんじょくれい(規則・礼式などが、こまごまと決まっていてめんどうなこと)は、次のように言わせるのです。プラプウト・チャオ・カー・コーラップ・プロムカン・サイクラオ・サイ・クラモム。これはまあいわば、『誠惶せいこう恐惶(この上なくかしこまる)頓首とんしゅ頓首(頭を地面にすり付けて敬意をあらわす意。諸簡文などの終わりに使う挨拶語)』とでも訳すほかありますまいね」


そもそもバンコックの名は、アユタヤ王朝時代、ここに橄欖樹(かんらんじゅ 熱帯原産の常緑高木。果実は食用。種から油をとる。)が多かったことから、バーン(町) コーク(橄欖)と名付けられたのにはじまるが、古名は又、クルン・テープ(天使都)といった。海抜2米に満たない町の交通は、すべて運河にたよっている。運河といっても、道を築くために土盛りをすれば、掘ったところがすなわち川になる。家を建てるために土盛りをすれば池ができる。そうしてできた池はおのずから川に通じ、かくていわゆる運河は四通八達して、すべてがあの水の母、ここの人たちの肌の色と等しく茶褐色に日に映えるメナム河に通じていた。



           ワット・アルン

──バンコックが東洋のヴェニスと呼ばれるのは、結構も規模も比較にならぬこの二つの都市の、外見上の対比に拠ったものではあるまい。それは一つには無数の運河による水上交通と、二つにはいずれも寺院の数が多いからである。バンコックの寺の数は七百あった。緑をつんざいて聳えるのはみな仏塔であり、暁の光りを最初に受け、夕日の反映を最後までとどめて、日のあるあいださまざまに色をかえた。

もう一度見る

ホームへ戻る