日帰りでダンプス(1799m 約2時間)までトレッキングをした。軽装であったので、これからきっと高い所まで登るのであろう重装備の日本の人に危ないと注意された。
ポーターの人たちは、思い荷物を担ぎ、山に慣れているからか履いているものはとてもシンプルだった。
ここで、生活し働いてお金を貰う人。観光で来る人。登山家として山を登る人。様々な人がこの約7000メートルもある美しいマチャプチュレを見る。

ダンプスの村でたまたま休憩に寄ったマウンテン・ビュー・ロッジ。オーナーが自分の奥さんが私たちの持っていた「地球の歩き方」(92〜93年度版)の中の写真に載っていると教えてくれた。写真よりももっと若いしきれいだった。ずうずうしくこのロッジの中の写真を撮らせてもらった。一日10ルピー、50円(1993年)だった。


ネパールのビール 

マチャプチュレが見えるヒマラヤの麓のドガラという村に滞在した一行は、ビールが飲みたくなった。

ポーターの少年チェトリ君が買ってきてくれるという。

大人の足でも数時間はかかるが頼むことにした。

次の日も、たくさん買ってきてあげるという少年に、1ダース分のお金を渡す。

だが少年は帰って来ない。

翌日、翌々日も。

考えてみれば手渡したお金はネパールの少年にしては信じられない大金であった。

村人はその大金を持って逃げたに違いないと言う。

きっとカトマンズに行ってしまったと。

貧しい村の少年に大金を渡してしまった責任。

少年への様々な思いがかけめぐる。

三日目の深夜、泥まみれになった少年が帰って来た。

隣の村に3本しかビールがなかったので、山を4つ越えた所まで買いに行っていたと言う。

そして、帰りの道で転んでしまい、10本のうち、3本を割ってしまったと言う。

ベソをかきながら釣り銭とその破片をみせて・・・・

91年版ベスト・エッセイ集
日本エッセイスト・クラブ編 
文春文庫 

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