‘シンクロニシティ‘という言葉は、ユングによって生み出された言葉である。ユングによれば、体験者あるいは目撃者にとって、重要な意味をもつ偶然の出来事であり、それによって一種の覚醒、あるいは悟りといった感覚に近いものが得られる現象ということになる。インスピレーション、霊感といった語感にも通じるところがあるかもしれない。また、シンクロニシティーは、一見何の関係もないような出来事や人間を結びつけるものであり、それを体験する者はその出来事が起きた理由を理解することができないことが多い。例えば特定の友人の名前を思い浮かべる。もう何年も会っていないのに、どうして思い出したのだろうと思っていると、電話が鳴る、受話器をとってみると、たった今思い浮かべた友人からだったなど。

1898年、モーガン・ロバートソンというイギリス人の作家が「タイタン号の遭難」という小説を書いた。大きさ、速度、豪華さ、どれをとっても一流の豪華客船がイギリスを出発し、ニューヨークを目指す処女航海にでる。4月に出港したタイタン号は、大西洋の最北端を回る航路をとった。しかしここで予期せぬ事態が起きた。進路上に大きな氷山が出現したのだ。見張りが氷山を発見したときにはもう遅かった。当時最高スピードが災いして、タイタン号は氷山と激突してしまったのだ。しかもよりによって、氷山は構造上もっとも脆い喫水線の真下にぶつかった。全員が助かるだけの救命ボートがないことを知り、乗客はパニックに陥る。造船会社によって不沈を保証されたタイタン号は、多くの犠牲者と共に大西洋の底に沈んでいった。

タイタニック遭難」のニュースを一面で報じるニューヨークタイムズ

「タイタン号の遭難」は、なにからなにまであの映画でも有名なタイタニック号沈没事件とそっくりの小説なのだ。1986年に、海底に沈んだままのタイタニック号の位置が確認された。ロバートソンは、タイタン号を3基のスクリューで推進力を得る全長240メートルの船としている。タイタニック号は3基のスクリューで全長265メートルだ。タイタニック号が氷山と衝突したときのスピード24ノット(時速約44キロ)。タイタン号は、22ノット(時速約41キロ)で衝突している。タイタニック号には、救命ボートが20隻しか積まれていなかった。一方タイタン号に積まれていた救命ボートの数は24隻である。タイタニック号もタイタン号も沈没したのは4月である。そしてもちろん酷似した船名。モーガン・ロバートソンは、海難史上に残るこのような大惨事を、それが起きる14年前にどうやって正確に知ることができたのだろうか。


シンクロシティは、深層心理や無意識を通じて日常に示される奇跡といっていいだろう。形のない深層心理が、はっきりとした形で働きかけてくる現象ともいえるかもしれない。一人ひとりの人間は、それぞれが自然界や創造主と深いつながりを持っているからである。われわれは祈りの言葉で神に語りかけるが、神や自然が無意識を通じてわれわれに話しかけてきたとき、それがシンクロニシティという現象になる。

ユングの患者の一人に、重症の女性がいた。ユング自身の言葉を借りれは、この患者は「心理学的アクセスが不可能」な状態だった。年齢が若いのにきわめて狭い世界観を持ったこの患者は、自分の思考の中で現実と認められないものはすべて排除する傾向があった。自分にとって都合が悪かったり不快なものは、意識から遮断してしまうのだ。と同時に非常に強い物質指向を持っていたので、精神世界的なものの存在は頭から信じていない。ユングの経験のなかでも、これほど困難なケースは珍しかった。

ある日治療を行っているとき、彼女は昔見た夢について語り出した。見知らぬ男性から、甲虫をかたどった高価な宝石を贈られるという内容だ。この話を聞いている時、窓をコツコツと叩くような音がした。何事かと思って音の方向を向くと、大きな虫がガラスに体をぶつけている。窓を開けたユングは、虫を捕まえて患者に渡し、こういった。

「さあ、これがあなたの夢に出てきた虫ですよ」

患者は、手の中の虫をじっと見た。背中の部分が虹色に輝いている。まさに夢で見たのと同じだ。虫を見ているうちに、彼女の内面を形成していた独自の世界観が音を立てて崩れた。この一件がきっかけとなって、彼女はユングの治療を素直に受け入れるようになったのである。

こうした偶然の出来事を何回も経験しユングは、シンクロニシティという言葉を発明し、その分野の研究のパイオニアとなった。治療室の窓に大きな虫がやってきたことなど、それまで一度もなかった。それに、実に季節はずれの出来事だったことも認めねばならないだろう。

フランク・ジョセフ 
「シンクロニシティー」より


ユング心理学は、希望と救いをもたらす心理学である。彼は無意識の中に人類に共通の部分があることを発見して、それを集合的無意識と名づけ、その働き方のパターンを元型と名づけた。心の働き方に人類共通の基盤があるという発見は、人間を孤独から救い、対立ではなく連帯と協力への希望を与えてくれる。これを楽観主義だと言う人もいるが、しかし人間は希望と楽観がなくては生きてゆけない。それゆえ希望と楽観に確固たる心理学的基礎を与えてくれる理論は貴重である。元形の発見は、近代の個人主義的な人間観を根底から覆したという意味で、精神科学界における20世紀最大の発見とさえ言うことができる。ユングは人間の無意識の中に、闇だけでなく光もあり、悪だけではなく善もあるころを発見した。ユング心理学は人間の悪の実在を直視しながらも、悪の克服が可能である事をも示し、人間の心がより美しくより高貴になりうることを証明した。

自己実現と救いの心理学
林 道義
河出書房新社 より

カール・グスタフ・ユング
(Carl Gustav Jungv)
(1875〜1961)
スイスの心理学者・精神医学者。ブロイラーに協力、連想検査を作り、また、性格を外向型・内向型に分類。はじめフロイトの考えに共鳴し、精神分析運動の指導者となったが、後にフロイトの学説を批判し、独自の分析心理学を創始。(広辞苑)
 普遍的な無意識「集合無意識」を提唱、そこから生まれる夢や神話を「元型」と呼んだ。

ジークムント・フロイト
(1856-1939)

オーストリアの精神医学者。人間の心理生活を、下意識または潜在意識の領域内に抑圧された性欲衝動(リビドー)の働きに帰し、心理解明の手段として精神分析の立場を創始。
主著「夢判断」「日常生活の精神病理学」「精神分析入門講義」。(広辞苑)

エディプス・コンプレックスを提唱した。

もう一度見る

ホームへ戻る