2003年12月 No.8

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このチャーロック・バーン・カオを拠点に毎日あてどなく歩く事と一度は海に行くような生活をしている。

私の部屋の隣から子供の泣き声が聞こえる。
それがどうも日本の子供のように思える。そうしたらやはり秋田出身の日本の女性とイギリスの男性のお子さんだった。三年前に彼女がインドで一人旅をしている時、旦那さんと出会ったそうだ。
その場所がインド最南端のカニャクマリだった。
私も若い頃訪れた所だったので話しは盛り上がった。でも、私にはそんな人生を変えるようなすてきな出会いなんてなかったぞ。それに日本に帰ってからは前より生きるのが苦しくなちゃったし・・・なんてひがむ。
彼女はイギリスは天気が雨とか曇りが多くて鬱ぎみになってしまったらしい。それでこの休暇にタイに来たのだという。
三歳年下の旦那さん(28歳)がやけに落ち着いて見える。インドの旅の結果が若くして奥さんと子供(3歳)という大きな存在を生み、人生の転機になったという感じだ。
また余計な空想をしてしまった。

彼らが部屋を出発する朝、きちんと掃除をしている音がした。

その後にタイの女性達と子供達、英語で話す男性が私の部屋を挟んで行ったり来たりしている。
賑やかだ。
その英語でしきりに子供達に話している男性の声が何かの先生かボランティアの人のように感じられる。
バルコニーで洗濯物を干している時、そのタイの女性が「日本人ですか。」「私たちは休暇で遊びに来ました。」「バンコクから来ました。」と上手な日本語で話し掛けてくれた。
とても感じのいい女性達、子供達、男性、なんかおもしろそうなグループだから明日、私の方から声を掛けてみようと久々に思った。

翌日。
宿のマネージャーが最初に予約した部屋が空いたから移れると言う。
朝から荷物をまとめ移動する。
別棟の二階の部屋に移り、昨日の彼女たちとの交流は遠のいてしまった。

自分から何かを求めようとするとスルリとかわされてしまうような感じがする。

ちょっと孤独。

 ↓掛けるものは自分で用意。大きな布を購入150B

気分を変えベランダで孤独を楽しむことにする。

私の部屋は端っこにあるからあまり隣の事を気にする必要もない。

ここでは、午前6時頃から明るくなりだし、午後6時から暗くなりだす。だからこのトロピカーナでは朝6時から夜6時までは電気は使えない。(もうすぐ24時間使えるようになるとは言っていたが)
夕方5時半頃になると近くのスピーカーからタイの音楽が流れその後何か喋っている。
何を喋っているのかとある人に聞いたら、今日一日の出来事を知らせているらしい。私はてっきりプーミポン国王が「今日も一日ごくろうさま」とねぎらっているのかと思っていたが。

この時間がとても好きになった。

スピーカーから流れるこのタイ民謡のようなもの悲しい音楽とともに太陽が沈む。
空の色が濃いオレンジ色の夕焼けに変わり、青みがかった紫に変わりだし、そして真っ暗になる。

海に行っていた時は、その時間に間に合うように素早く帰り、冷たいシャワーを浴びビールとタバコを持ってベランダの椅子に座る。その20〜30分の間の時間が最高なのだ。

ベランダの椅子に座って見えるものは、海ではなく目の前の赤い花と木々の間から見える空だけ、毎日見ていたらそりゃー飽きがくるものと思われるかもしれない。ところがそうではないのだ。毎日微妙に違う空の動きや風になびく葉を見ているだけでも飽きなかった。

異国という環境がそうさせているとしても人間の中には自然の動きにいろいろなイマジネーションを感じ、落ち着く要素があるような気がする。

都会で何をしても退屈してしまう時がある。退屈というか心の小さな喜びさえ感じる事ができない。空を見ても何も感じられなくなってしまう。というより空を何日も見ていないなんて事がある。これってかなりやばい。

バンコクの安ホテルのベランダで、人が立つのがやっとという隙間に旅行者が何故かそこに身を縮こませながら座って本を読んでいた。それを端から見ていると、そこまでしなくても部屋で読めばいいじゃないみたいな感じで滑稽だったが、今はその気持ちがよくわかる。とにかく作り物ではない何かを少しでも肌で感じ、心に新鮮な何かを送り込みたいんだ。(ただクーラーがなくて暑かっただけとも言えるが)そういう欲求さえ感じず、気づく事も自然になくなっていくのは怖い。いくら満足して楽しんでいるようでも突き抜けるような未知の感覚を感じる事がなければ結局精神の緊張は蓄積されていってしまうのではないだろうか。

宿の入り口付近にソンテウのおじさんが客待ちをしている。彼は私をサイ・リービーチからここに運んでくれたおじさんだ。彼もここが拠点だったのだ。トロピカーナの門から出て行く私を見かけると遠くから「タクシー タクシー」と手を振る。私が絶対にソンテウを利用しない事が分かると、手を遠くから振るだけだったり、クラクションを鳴らす。
「今日はどこへ行く」「わからない」というお決まりの挨拶を交わすようになる。
しかし私が傍を通る度に寝ていたり、音楽を聴いていたり、子犬と遊んでいたり、いつソンテウを動かしているのかと思うほど毎日車は止まったままだ。

私は日本の煙草よりタイの煙草の方が安いのでなんとかタイのお気に入りの煙草を見つけるためいろいろと試していた。そんな中クロンチップライトというのを発見しそれに決めた。残った別の煙草をそのソンテウのおじさんにあげようと思った。彼は煙草をいつも吸っていたから。

ある日ビーチの帰りに煙草を貰ってもらおうとすると、どういう訳か彼は受け取らない。静かに笑いながら首を横に振るだけ。この煙草は私には強すぎるからと言ったのだが、絶対に受け取ろうとしない。その態度に、もしかしたら私は何か失礼な事をしているのかもしれないと思った。高級な外国煙草ならともかく捨ててもいいと思っている煙草を恵んであげるとでもいうように。
きっとそうだ。自己満足でやった行動なのだ。貰ってくれない事に私は少し不満だったのだから。彼が喜んで受け取ると思っていたなんて。なんと優しさを装ったいやらしい自分の行動。

いつものようにビールを飲みながらスピーカーからの音楽はとっくに終わったのに、ずっとベランダにいる。

外は真っ暗なのに何故かいる。

塀の向こう側の道路ぞいから「タクシー 〜  タクシー 〜」というあのおじさんの抑揚のある大きな声が聞こえる。

きっと歩いて三分も掛からないセブンイレブンに行くだけの旅行者を見て、遠くから声を掛けているのだろう。

つづく
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