2003年12月 No.7

1B(バーツ)=3円位 HOMEに戻る

梅雨がまだ明けないのかタオ島は雨模様が続く。一日置きに天気が変わるような気がする。

これから(12月下旬)観光シーズンで人が沢山来るからか、今頃からオープンする店や宿、庭の手入れ、道路の整備をしている。

多少この島を歩いた経験からしてこの島は地図で見るほど大きくない。だから天気の良い今日は、登山の気持ちで自然を満喫しつつ Tanote Bayまで歩いて行くことにした。もちろん Tanote Bayまで歩いて行く者はいないが。

Tanote Bay
写真を撮りつつ歩いている気分は良かったのだが、ポツポツと雨が降り出してきた。
ここで降られたら逃げる所がない。なにしろ暫くの間、車も人影も人家も見ていない山道だ。
突然すごい滝のような雨になった。
とにかく濡れながら歩いて行くしかない。

暫くすると後ろから車の音がする。今まで車なんて通らなかったのになんとラッキーなんだろう。
とにかく手を振って止まらせてしまう。
軽トラックの助手席に女性が乗っていた。てっきり車の中に乗せてくれると思ったが甘かった。後ろの荷台に乗れと指す。「あの〜屋根がないのですけれど」と思ったが、それは甘いというもの。荷台に乗った。どんどん雨が激しくなり、山道は凄く揺れて体がぴょんぴょん跳ね手摺につかまる事もできないくらいだ。

右先の道にレストランのような建物が見えてきた。前のガラスを叩いてここで降ろしてくれと合図する。

「サンキュー」と言ったきり雨を避けるためその建物の中に一目散に走ってしまった。お金を少しでも渡すべきだったのかもしれない。

そのレストランのママさんは親切で私の服を干して自分の服を貸してくれたり、お茶を入れてくれたり、顔を洗ったら秘伝だというパックやお化粧をしてくれたりと大変親切にしてくれた。

雨のせいか地元の常連さんが昼間からカウンターでビールを飲んでいる。

これからチャロック・バーン・カオまで同じ道をどうやって帰ろう。たぶん3時間は歩いた。

働き者のようなママさんは「もうソンテウはない。私は友達。お金は要らないから今日はここのバンガローに泊まればいい」と言う。

雨は降ったり、止んだりしている。

服が乾くのを待っている間にこのレストランからビーチが近い事がわかった。折角だからビーチを見たかった。それに欧米系のママさんの彼や常連の人がカウンターにいて落ち着かず、これからどうしたらいいのか考えたかった。
小雨の中、急な坂を下っているとカウンターで大瓶ビール2本は飲んでいた地元のレストランに勤めているという青年が近道があるから付いて来いと言う。しかし彼の指した所は獣道のようなところだ。何度も断ると何故だという顔をした。ビーチに着いた私を「ほらこっちの方が速いだろ」という感じで待っていた。「別に・・・信用していなかったわけではないけれどね。昼間からビール飲んでいたし・・・ごめん。」と声には出さなかったけれど手を振って海の家の方へ一人急いだ。

↑飛び込んだレストラン入り口

そのビーチの海の家みたいなところは家族経営で若い夫婦と小さな子供とおじいちゃんがいてとても感じが良い所だった。
チャロック・バーン・カオまで帰りたいのでソンテウが来ないかと聞くと暫くしたら別の外人さんを向かえにソンテウが来るという。
それに乗って帰れる。
それなのに私の心の中にはママさんのバンガローに泊まろうかという気持ちが心の隅にあるのがわかる。
深夜特急の本で主人公が次々新しい経験に入っていくのを思い出し、私もこの機会を生かそうか、こっちのビーチの方がなんとなく楽しいかもしれないなんて思ったりしている。それに今、道路を整備している所なのでまだなかなか安く車では来てくれないらしいからちょっと秘境的雰囲気が味わえるかもなど等。

↑天気ならTanote bay が一望に見渡せる。

→お祈りをするママさんと従業員?の女の子。

とりあえずそのソンテウには乗ってママさんのレストランで降りてしまった。もう帰る手段はない。

しかし、また戻ってみるとママは相当酔っ払っている感じがする。やけに自分の過去や自分自身について同じことばかり言っている。会話の最後には「〜 〜 This is I am 」が付くのだ。雨宿りに来た人や近くに滞在している旅行者、来る人来る人に抱きついたりしている。親愛の気持ちなのだろう。
そのうちマウンテンバイクでここに来た台湾の女性(ビビアン)とニュージーランドの男性(カール)が雨宿りに来て一緒のテーブルに座った。ママは私と同じに様にビビアンにパックをしてあげたりした。ビビアンはあまりに馴れ馴れしいのがいやだったようだ。確かに私も変な感じはしたが、雨宿りをさせてもらい服を借りたりしているせいか感謝をしなければと思う気持ちがビビアンよりママを好意的に見ていたが、なにか退廃的な雰囲気がしなくはない。
周りには何もないのだから何かあってもどうすることもできない所ではある。
それなのに私はディナーを食べるなどと言ってしまっていた。何かお礼がしたかった。

でもだんだんここに泊まる事が不安に思われてきた。
そうしたらビビアンが、カールがバイクで彼女を宿に届けてから、私をもう一度迎えに来てくれると言う。人のいない所で長く滞在している外人さんの中にはかなり変わっている人が多いが久しぶりにこのカップルの親切さに接してなんとホッとしたことだろう。

半乾きの自分の服を着て待っている間寒かった。

雨宿りに来たアイルランドのハンサムな男性がウィスキーをご馳走してくれた。これでここに泊まる事にでもなっていれば私は酔っ払ってお調子者に変身してしまっただろう。

Tanote Bay
カールが向かえに来てくれた。ママには絶対また来るからと言って別れた。

チャロック・バーン・カオまでの山道はマウンテンバイクでも本当に険しくすごいものだった。よく倒れずに乗せてきてくれたと感謝する。ビビアンが待っているというアクセサリーや置物等を自分で作り販売しているとても目立つ民家のお店に行く。私はよくその横の道を通っていて写真にも何度が撮っていたが物を買うつもりがない私は店の中にはなかなか入る事ができなかった。この機会に店の中を見せてもらった。この店の主は美術の勉強をしていたようだ。きっとそれでは食べていけないからこの店をやっているんだろう。とっても外見とは違い気さくで素朴な人のように感じた。

とっても目立っていた彼のお店と工房。

何日かしてまたこの道を通ったら彼が屋根を作っていました。

ちょっと羨ましかった、彼の生活・創作環境。

2人にお礼にトロピカーナのレストランに誘う。3人乗りして雨の中バイクで向かう。

入り口に着いたとたん貧血に襲われ暫く雨の中うずくまる。
疲れと緊張が続いていたのか。情けない。
2人にレストランで待っていてくれと言って私は自分の部屋へ行く。
レストランへ行かなければならないと思う気持ちからかなんとかトイレに行き着替えて2人が待っているレストランへ行った。

本当にこの2人は、なんとステキなカップルなんだろう。話していても全てが分かり易く安全で正当な思考をしている。だから私をここまで戻してくれたのだ。

ビビアンが「どうしてあのようなママさんの所にずっといようと留まっていたのか」と聞かれても私には、雨の中彼女のレストランに突然飛び込んできた外人の私に何かを消化するように異常なほど親切にしてくれた事。複雑そうな精神の揺れをお酒か何かで紛らわしているように見えた事。そして、自分の存在を一生懸命訴えているように感じられたからか。
2人には「服が乾くのを待っていたら、ソンテウがもうないと聞いたから」なんて言ってしまったが。

でも結果的にはトロピカーナに戻って良かったのだと思っている。

その後、彼らはビューポイントというバンガローからトロピカーナに近いOK2バンガローに移って来た。崖っぷちにバンガローが建っていて、直ぐ下は海で、もちろん窓からは海が一望に見渡せる所だ。入り口のちいさなバルコニーには彼らが付けたハンモックが掛かっていた。「いつでも遊びに来てね、食事も一緒にしましょう」と2人は言ってくれたけれど彼らの短い休暇を邪魔するわけにはいかない。

その後彼らのバンガローに訪ねることもせず別れることになってしまった。

彼らとママさん。

その間に漂った私がいる。

さわやかな風と温かい雨をありがとう。

つづく
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