山口県周南市大字呼坂字勝間1322  熊毛神社諌鼓踊の紹介 2010-10-11  





山口県周南市大字呼坂字勝間1322   
熊毛神社諌鼓踊(かんこおどり)の紹介
  2010-10-11 

  勝間諌鼓踊(かんこおどり)の云われ 


 周南市の勝間に伝わる伝統云能で、豊臣秀吉カ朝鮮出兵の途中、勝間という地名が吉瑞として、 熊毛神社に戦勝を祈願し、凱旋のとき、お礼に太刀、神馬とともに諌鼓踊と名づけた踊りを奉納したと伝えられています。
 また、一説に、陶晴賢が大内義隆を討ったときの状況を模したものだという説もあります。
 諌鼓踊は、7年目ごとに熊毛神社の秋の例祭に奉納される芸能で、山口県無形文化財および周南而無形文化財に指定されています。
 踊りは、手木(拍子木)1人、旗持ち1人、ほら貝ふき2人、大聖1人小聖1人、音頭鶏(胴取り)2人、踊り子12人、僧1人で構成されています.
 この踊りは.歌詞や音曲が伴わず、胴取り、団扇使い、鉦劇応、俸使いを主として組みを構成し、 主楽器の太鼓に鉦が伴奏となって団扇と棒が切具(きりぐ)(太刀・長刀{なぎなた)などとして添えられることが特徴で、 華麗な服装と花冠、腰輪などが踊りをいっそう引き立たせています。

 諌鼓とは昔の中国で、「我か政治に不満あらばこの諌鼓を打ち鴫らし知らせよ.」 とふれが廻ったか優れた政治に誰も不満が出ず諌鼓に鶏がとまるような有り様であったと謂われる中国の故事で平和の象徴とされています。  

熊毛神社に当日張り出されていた張り紙転記  



 周南・熊毛神社で秋季例祭 7年に1度の諌鼓踊を奉納  

 周南市勝間地区にある熊毛神社(渡辺昂宮司)で11日、秋季例祭があり、 7年に1度奉納される県指定無形民俗文化財「諌鼓(かんこ)踊」が繰り広げられた。
 境内では花がさを着けた踊り子などが、かねや太鼓を打ち鳴らしながら軽快な舞を披露し、 7年ぶりの踊りを見ようと多くの人が詰め掛けた。
 諌鼓踊は豊臣秀吉が朝鮮出兵のためにこの地を訪れた際、勝間の地名をめでたいとして同神社に戦勝を祈念し、 その後凱旋(がいせん)の折に戦勝の礼のため同神社を再び参拝し、太刀や神馬とともに踊りを奉納したのが由来とされる。
 また、戦国時代の武将、陶晴賢が主君の大内義隆を討ち取った様子を模しているとも伝えられる。
 境内には桜、ボタンをデザインした花がさや赤、黄、青それぞれの色ののぼり旗を身に着けた踊り子、 鶏のはく製を取り付けた花がさをかぶった音頭鶏、裃姿の「聖」や僧に扮(ふん)した地元住民や小中学生ら約20人が登場した。

山口日新聞 2010年10月13日掲載]



 諌鼓祭りのプログラム  

     「10月11日タイムテーブル」
09:00 諌鼓踊り保存会「勝間ふれあいセンター集合合」
10:00 化粧、着付け
12:30 勝間ふれあいセンター出発
    ↓          (移動見守り2号線通風往)
12:45 熊毛神社到着
13:00 演舞開始
13:45 演舞終了
    ↓           移動見守り2号線通過(複)

14:00 勝間ふれあいセンター着後 食事
14:30 準備
14:45 勝間ふれあいセンター」出発
    ↓           移動見守り勝間駅前南下(往)
15:00 お旅所着
15:15 演舞開始
15:45 演舞終了 お旅所出発

    ↓           移動見守り(復)
16:00 ふれあいセンター着 着替え
    ↓           移動見守り2号線橋渡る
16:30 熊毛神社着 餅まき 解散
勝間コミュニティ推進協議会作成




 熊毛神社について 


 山口県周南市大字呼坂字勝間1322
 式内神社であるが、創立年代は不詳である。奈良時代の天平十年(738)の『周防国正税帳』に、 「熊毛神社に稲四十束の臨時祭祀料奉献」とある。
 その後、大内・内藤・毛利氏等の厚い崇敬を受け、安土桃山時代の天正十七年(1589)の検地には、 「田六町五反十歩、畠四反」の神領があった(熊毛神社文書)。
 また、江戸時代には社殿の再建や修理に、藩主の多額の寄進がみられる。明治六年(1873)郷社に列し、大正四年(1915)県社に昇格する。
 現在の社殿は、本殿を明治十九年(1886)、拝殿を同三十年(1897)に再建したものである。宝物として、 大内弘貞・内藤興盛・毛利輝元等、多くの古文書を有する。

『山口県神社誌』による


式内社 周防國熊毛郡 熊毛神社 旧県社
御祭神
御毛入沼命,玉依姫命 配祀 八幡宮 仲哀天皇,応神天皇,神功皇后 配祀 白山神社 菊理媛命,伊弉諾命,伊弉册命
 周南市にある。JR勝間駅の北200mほど。国道2号線から北へ入った道の突き当たりの丘の上に鎮座。
 江戸時代には「勝間八幡宮」と称しており、現在も、八幡宮を相殿に祀っている。
 白山神社は、明治四十年の合祀。創祀年代は不詳。天平十年(738) 『周防国正税帳』に「熊毛神社に稲四十束の臨時祭祀料奉献」とあり、天平時代にはすでに存在していたという古社。
 式内・熊毛神社の論社は多く、どれも確たる論拠があるわけではないが、現在のところ、当社が有力と見られている


   熊毛神社の場所


熊毛神社とお旅所で諌鼓踊りが奉納された。



熊毛神社 諌鼓踊りのスナップ写真




岩徳線勝間駅近くの熊毛神社陸橋が目安となる


周防國熊毛郡 熊毛神社


鳥居をくぐると少し急な石段



華麗な服装と花冠、腰輪で諌鼓踊りが奉納された。


 諌鼓に鶏がとまり平和を表しているとのことである。









僧1人














熊毛神社側面」






毛利家の家紋

 


お旅所 諌鼓踊りのスナップ写真





 

勝間ふれあいセンター」出発 お旅所へ向かう

 

 





 




  御神幸到着したお神輿




  神職お祓い


お旅所到着諌鼓踊り奉納


















記念写真


お旅所餅まき開始


熊毛神社 餅まきのスナップ写真


踊り子が着替えを済まし集まってから持ちまきが行われた。


 





餅まき



感 想 そ の 他
諌鼓踊りはかなり長かった。
子供たちは5月から半年間練習をしたとのことである。
是非続けて欲しい祭りと感じた。



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