山口県光市周防立野旭橋下流の島田川河原 周防柱松の紹介 2010-7-25  





山口県光市周防立野旭橋下流の島田川河原
周防柱松の紹介 
   2010-7-25 

 2010年7月25日周防柱松の内容 

 7月25日(日)20時から、立野西庄旭橋下河原(光市立野)で「周防柱松」
が行なわれた。
「周防柱松」は江戸時代から始まった祭りである。
疫病の退散祈願や、無縁仏などの供養を目的としている。
柱松は、10m以上の竹柱の先に、萩の葉や古いお守りなどを詰めたかごを取り
付けて立たせたものである。

祭りの夜に、火をつけた松明を柱松へ投げ込みます。燃える萩の葉や麦わらが、
火の粉のカーテンとなり河原全体が美しいオレンジ色に染まった。
柱松は3本と子ども用に1本で行われ、橋の上で1本点火式が山伏の衣装
で行われた。

また、火入れの前に、17時30分から夜店が開かれた。
運営は、周防柱松保存会で行われた。スポーツ少年団や子ども会など、地域の
皆さんが実施された。

周防柱松保存会は、周防地区の方々のほとんどが会員となり、会員の会費によ
って運営されている。

また、光市からの強力なバックアップもあり、今や市内外から多数の見物客
が訪れるようになった。

             日時 7月25日(日)午後6時30分から
             場所 周防立野旭橋下流の島田川河原 
             日程 17:30 夜店開始
                 18:30 周防小学校総合学習発表会
                 20:00 火入れセレモニー
                 21:00 終了


  周防柱松の由来について 


  周防柱松は、遠く江戸時代までさかのぼり、宝暦年間(1750年〜1764年)
の頃から山口県光市の周防地区で行われていたと伝えられている。

  当時、防長国(現山口県)内に痘瘡が流行し、多くの住民がその犠牲に
なったという。地区の住民は、悪魔の息のかからない高いところへ火を投げ上
げて疫病の退散を祈ったのが始まりとされた。

  また、子供たちに火の大切な役目を教え、盆前に空から降りてくる諸
聖霊の供養や無縁仏の供養なども主な目的でもあったと言い伝えられている。

 戦時中一時途絶えていましたが、昭和39年に地区の子供会の手で復活
され、その後昭和47年からは、場所を島田川にかかる旭橋の河原に移し、
周防青年団が本格的に行ってきた。

  しかし、時代の流れとともに青年団も解散となったことにより、
平成9年5月に地区有志による周防柱松保存会を発足させ、地域の人たちが
一丸となってこの伝統を承継し現在に至っている。


  この祭りは現在でも日本各地に残っており、山口県内でもいくつか
の場所で行われていますが、周防柱松ほどの規模は近隣では見られない。


  また周防柱松の特徴でもある多くの夜店、ミニ花火大会、アトラク
ションなどはすべて地区の有志の方々のご協力で運営しており、見物客を
飽きさせない。

さらに写真愛好家にとっても非常に珍しい被写体ということで、
県内をはじめ他県からも多くのカメラマンが押し寄せ、撮影ポイントには
早くからたくさんの三脚が並ぶ。
  現在では、押しも押されぬ光市を
代表する伝統的な夏の風物詩となっている。
[周防柱松保存会ホームページによる]


  山口県光市周防立野旭橋の場所







 周防柱松 スナップ写真




夜店



柱松は3本大人用







綿菓子,かき氷、たこ焼き、やきとり他


子供用柱松



松明を投げる人はヘルメット着用


6年生のバザー テレビ局取材


手前の低いのが子供用柱松





旭橋上で開始点火用の柱松


旭橋を渡り夜店に集まる。







祭の司会者 




点火を待つ大人用柱松

 

 周防小学校総合学習発表会
 
            



 

  周防小学校総合学習発表会




周防小学校総合学習発表会


  周防小学校総合学習発表会







周防小学校総合学習発表会 )




小学生踊り




小学生踊り







主催者挨拶




来賓祝辞(市長)


いよいよ点火まず子供用


橋の上点火




  子供用着火


大人火投げ開始







火の粉のカーテン



燃える萩の葉や麦わらが、火の粉のカーテンとなり素晴らしい











4本の柱松すべてに着火










夜店





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