山口県光市浅江一丁目  浅江神社境内シャクナゲ苑の紹介 2004-5-7   




山口県光市浅江一丁目
浅江神社境内シャクナゲ苑の紹介
2004-5-7  



[シャクナゲ苑の開苑]
シャクナゲ苑は、平成4年5月に開苑した。
3,000uの敷地に「レッドワーロッパ」「アカボシシャクナゲ」など、西洋や
日本シャクナゲ約45種850本が咲き誇る。
県下でもシャクナゲの群生は珍しく、4月から5月にかけ開花し、5月
上旬にはシャクナゲ祭りも行われる。

[浅江神社の由緒]
浅江神社浅江字宮崎に鎮座し、もとは賀茂大明神(祭神別雷命・玉依姫命・
神日本磐余彦尊)と山王八幡宮(祭神田心姫命・滞津姫命・市杵島姫命・
応神天皇・神功皇后)との二社号であった。これに大山咋命を祭神とする
山王原鎮座の一社を合併して明治4年に浅江神社の一社名に改め、明治
6年10月郷社に列した。

社伝によると山王八幡宮は大宝三年(703)11月、豊後国宇佐宮から三王山へ
勧請し、元禄四年(1691)八月に宮崎の賀茂社々地へ遷宮して社殿を新造した。

賀茂社は延徳二年(1940)の文書に「新屋河内賀茂大明神」とあり、中世か
らの古社であるが、山城国からの勧請年代は明らかでない。当初の鎮座
地は本村瀬戸風神の地といわれ、それが新屋河内に移り、さらに今の宮崎
の地に遷座したのである。

浅江神社の境内に両社の緑記を記した「宮崎神祠重建記」の碑がある。寛
政二年(1790)二月の建立で撰文は沙門髄石巻、幹事は里正田村権十郎光久・
属吏宝迫長左衛門・宝近作左衛門・三好浅右衛門・田村久八.原田荘七.桜
井七郎左衛門、木匠は藤井厨左衛門・林藤右衛門、そのときの神司は上原
越後藤金樹・上原左京藤国久とある。

なお、現在では浅江神社に合祀されている賀茂大明神の代々神主であった
浅江荒神の宝迫家によって賀茂神社が奉斎され、浅江神社とは別個の神社
として宗教法人に登録されている。

応仁元年(1467)から長享三年(489)までの賀茂神社の社家衆、二分された
氏子圏、すなわち東の新屋河内と西の浅江の郷役人が相談して各郷内の名
田を単位に祭礼の頭番を選び、経費の頭米を定めた延徳二年(1490)9月の
「新庵河内賀茂大明神冒頭番相定次第之事」はこの宝迫家に伝来している
のである。
光市史
















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