人物列伝
◆スウェーデン軍人列伝◆
Officer of KarlXII's Era
吾が子供等よ、これまで神は吾々を助け給えり。神はなおこの先も助け給わん- KralXII -

[Back]


A.Horn
生年 6 Apr.1664
没年 17 Apr.1742
Categoly 軍人・伯爵
生誕地 フィンランド
カール12世亡き後、宰相の地位に昇った。開戦時、ドラバント隊の隊長。ワルシャワでの攻防戦で一時捕虜になるも、その後釈放。以後、後方の任務に就き、ポルタヴァ以後の軍の再編に軍政面から貢献した。フムレベック、ナルヴァ、ドヴィナ河渡河作戦、クリッソフで活躍。
O.Vellingk
生年 1649
没年 19 May.1708
Categoly 軍人・伯爵
生誕地 ---
若い頃スコーネ戦争で活躍し出世の階段を上る。その後、各地の知事や総督を歴任。開戦時、ナルヴァ救援軍の総司令官に任命され、その後カールの主力軍と合流し、1705年まで第一線の任に就く。ナルヴァ、ドヴィナ渡河作戦、クリッソフで活躍。

C.G.Roos
生年 25 Dec.1655
没年 1722
Categoly 軍人・男爵
生誕地 ヴェステルゴトラント
当初、帝国軍に入隊。その後スウェーデン陸軍に入り各地の連隊で勤務。開戦時、リガの防衛連隊の中佐。以後第一線で勇敢さを発揮し将官に昇進。しかしポルタヴァ会戦では、カールの作戦を理解できず敗北の原因の一つを作る。ナルヴァ、ドヴィナ渡河作戦、クリッソフ、ポルタヴァ等で活躍。
A.Gyllenkrok
生年 18 Aug.1665
没年 17 Sept.1730
Categoly 軍人・男爵
生誕地 オーボ
地図の専門家と評された兵站将校。ポーランド戦役・ザクセン戦役・ロシア戦役において行軍計画の立案を行った。ポルタヴァ後、カール王と伴にトルコに逃げ延びるが、その後ロシア辺境にて偵察中捕虜となる。1722年解放され、回想なども残している。

A.L.Lewenhaupt
生年 1659
没年 12 Feb.1719
Categoly 軍人・伯爵
生誕地 コペンハーゲン
レーンスケルドに匹敵する軍人。バルト海沿岸地域でたびたび寡兵で大軍を破った。勇敢で優秀だったがその反面、悲観的で慎重な性格であり、ロシア遠征ではそれが裏目に出た。ヤコブシュタット、レースナヤ、ポルタヴァなどで活躍。「ラテン語の老大佐」とカールに呼ばれた。
H.Wachtmeister
生年 24 Dec. 1641
没年 15 Feb. 1714
Categoly 海軍総司令官
(海軍卿)
生誕地 ストックホルム
スウェーデン海軍総司令官(海軍卿:海軍顧問会議総裁)。若い頃は外国の海軍で修行し、帰国後はカールの寵愛を得て、海軍を再建した。弟と伴に国政にも大きな影響力を持ったが摂政には選ばれなかった。1700年における活躍は戦争初期の情勢を一変させた。

A.Sparre
生年 9 Jan.1652
没年 31 May.1728
Categoly 軍人・伯爵
生誕地 ヴィスビィ
カールの側近。近衛歩兵聯隊の志願兵から始まる軍歴は着実なものであり、前線指揮官としてカールの信頼を得た。ベンデリへも付いて行き、王の肖像画も残している。帰国後は外交任務などもこなした。カールの死後1721年、陸軍元帥に昇進。
G.H.Lybecker
生年 --
没年 4 Jun.1718
Categoly 軍人・男爵
生誕地 --
フィンランド防衛を任された。優秀な前線指揮官としてカールに信頼され、クリッソフ会戦で活躍。しかし一軍の指揮官の器ではなかった。フィンランド防衛失敗の罪で死刑判決を受け、カールの温情により死こそ免れたが、地位も名誉も財産も失った。

B.von.Liewen
生年 24 Aug.1658
没年 18 May.1703
Categoly 軍人
生誕地 ---
王軍の歩兵指揮官。ドヴィナ渡河会戦から王軍に加わり、歩兵戦術家としてカールの作戦を支えた。派手好きでも知られていたが、それが命取りとなり、トルニ攻城戦で戦死。生きていれば確実に元帥に昇進していただろう。ドヴィナ、クリッソフなどで活躍。
Maximilian Emanuel
生年 27 Feb.1689
没年 25 Sept.1709
Categoly 軍人・伯爵
生誕地 シュツッツガルト
小さな公子と呼ばれたヴュルテンベルクの公子。12才でスウェーデン軍に入隊し、カールの寵愛を受けた。彼に関する逸話は多い。ポルタヴァでは騎兵聯隊を指揮。その後捕虜となり、すぐに解放されたが帰国途中熱病に倒れ若くしてこの世を去った。

C.M.Stuart
生年 1650
没年 6 Nov.1705
Categoly 軍人・男爵
生誕地 ストックホルム
カールの兵術及び数学の教師。兵術の基礎をカールに教え、その才能を最初に知った。フムレベックでは、作戦計画に携わり、カールから深く信頼されていた。体調を崩した後も後方任務を任され、信頼に応えたが、病は悪化し軍を離れ、その後すぐに死去した。
W.A.Schlippenbach
生年 23 feb.1653
没年 - Dec.1739
Categoly 軍人
生誕地 --
リーヴランドのバルト・ドイツ貴族。パトクルの大逆事件に巻き込まれかけるも、王室との繋がりにより事なきを得る。その後カールの信任を得て、リーヴランド防衛を任されるが、これに失敗する。ポルタヴァでは歩兵縦隊の1つを指揮する。捕虜となった後、ロシア軍に奉職する。

Return Top


[人物列伝] [Top Main Page]

Copyright (C) 2001-2007 M.Ota All Rights Reserved.
このページに含まれる全ての文章・画像の無断転載を禁止します。