カール12世の人となり


◆フランス嫌い?◆

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 カール12世のフランス嫌いはその筋では有名な話である。フランス的社交辞令が気に食わず、猫も杓子もフランス語を喋る風潮が気に食わず、とことんまでフランス語を喋るのを拒否し続け、フランス語しか喋れない外交官にすらフランス語を使わなかったと言う逸話すら残っている。カール12世はフランス嫌い。最早常識のようになっている感がある。

しかし本当にそうだろうか?幾つもの資料がこれに疑問を突きつけている。一例を挙げれば、彼の周りにはとかくフランス人がよく見える。デンマークに上陸する時も、フレデリックステンで死ぬ時も、その他色んな場所で、フランス人はカールの近くに存在している。有名な所では高名な戦術家フォラールがいる。

また他の事実もある。フランス嫌いの話の元とも言えるヴォルテールの伝記には、王は生涯フランス語を話さなかったとあるが、これが実は誤りなのである。確かにカールはフランス語が嫌いだったが、ポルタヴァで負けた後、トルコの地で再びフランス語の勉強をし直し、帰還した後、渋々ながら、やむにやまれず使っているし、それよりもっと前のクラクフ要塞攻防戦においても使ったという話が残っている。

また、カールはフランスの文学をその実好んでいた節があった。開戦後はそんな暇はなかったが、戦前のまだのんびり出来たころ、カールはスウェーデンに招致したフランス人俳優の劇をしばしば楽しんだし、戦争が始まった後でも、時間があった時、モリエールやコルネイユ、ラシーヌにボアローらが書いた本や劇を読んだり、聞いたりして楽しんだのである。あの激しいシュトラールズントの攻防戦の最中にも、彼はボアローに関して幾つかの批評を親しい者に語っている。

こういった文芸などに関する豊富な知識は、母親の蔵書から得られたもので、カールはここで北欧神話のサガからフランスの演劇までの幅広い本を読んだのである。

これらからカールが純粋なフランス嫌いではないことが分かるのである。もっともハリウッド映画は大好きで、金髪美女大好きなアメリカ嫌いもこの世には沢山いるから、カールがそう言った意味でのフランス嫌い、つまり国として気にくわない、発音が気にくわないとか言う意味で、フランス嫌いであった可能性は大いにあり得るだろう。

結論としてはカールは骨の髄までのフランス嫌いではないにせよ、フランスがbPである当時の欧州状況を好ましく思っていなかった、ということになる。なにせフランス語が嫌いだったことは確かなのだから。

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