カール12世の人となり


◆カールとその愛◆

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 殺伐とした戦争の話しばかりが目に付くカール12世の人生であるが、ここではその愛について少し書く。

カールの愛した異性でよく一般に知られていてるのは彼の母と姉である。そしてその中で最も有名なのが、彼の姉ヘードヴィク・ソフィアである。もちろんその愛は、肉親の情を越えるものではなかったが、それでも、彼はこの優しく聡明な姉を、母と同じか、もしくはそれ以上に愛していた。 しかし、それはどんなに深かろうともやはり肉親の情でしかない。カールは敬虔な新教徒であるから、下品な想像を膨らませることは事実上不可能であり、その愛を例えて言うならば、某有名小説の主人公ラインハルトが姉に示す愛、とするのが分かりやすいだろう。

さて、そうすると、カールは本当の意味での恋愛を経験してはいないのだろうか?
まぁ私が考えるに、それは否であろう。
何故なら、幾つかの資料より、異性と関係を生涯持ったなかったと言うよく知られた話しが、おそらく嘘であろうと分かるからである。
また、恋愛という面では、当時の王侯貴族らしい宮廷恋愛の話しも残っている。

それは、カールが16か17歳の頃のこと。彼は当時の宮廷楽団の長グスタヴ・デューベンの夫人と恋愛をしていた。このグスタヴ・デューベンは、後にカールの側近として出世を果たしており、この恋愛が典型的な宮廷恋愛だったことを示している。
戦争前の短い平和の時期、カールが自分の宮廷で自由を満喫していたのは間違いないだろう。
さらに言えば、カールは愛に対してある種のロマンを持っていた。 彼は、ある貴族の令嬢と下級兵士との結婚が問題になった時、当時としては先進的にも、「愛の前においては身分差など問題ではない。教会が認めなくても聖書が二人を祝福する」と強硬に主張して身分違いの二人の結婚を認めている。
また「結婚には愛が必要である」と言って政略結婚を嫌がったと言う資料もある。

そんな中で、カールにも結婚の話しが舞い込むようになる。ブランスウィック・ベウエルン公の令嬢やホルシュタイン・ゴットルプ家の姫君その他もろもろから、若き王に向け様々な縁談が申し込まれた。そしてその中に、デンマークの王女ソフィア・ヘドヴィクとの縁談があった。 彼女は、カールの従姉妹であった。二人はもちろん会ったこともなかった。そしてこの縁談は、ホルシュタイン公とカールの姉との縁談が進む中で危機感を持ったデンマークと親デンマーク派の人々によって勧められた政略的なものであった。

しかし、カールはこの話しに多少乗り気になったらしい。そして1698年、姉とホルシュタイン公に随行して南スウェーデンを訪れていたカールは近習の一人を、デンマークの宮廷があるクロンボルグ宮殿に派遣し、ソフィア・ヘドーヴィクに内密の親書を渡している。帰ってきた近習は彼女の美しさや優しさをカールに伝え、逆にカールはその近習と王女との仲を勘ぐるようなまねをしたとも言う。

デンマーク王女ソフィア・ヘードヴィク

証拠はないが、カールが前に上げたような、政略結婚を嫌う性格から考えて、二人は何かしらの手段を通じて、愛を深めていったのかも知れない。(もっとも、両国民のことを考え、戦争にならないように結婚によって2国間を平和にしたいと願ったと考えることも出来る)

例えばこんな話しがある。ある人物が彼女には敬虔さが足りないとカールに訴えた時、彼は、「大目に見て欲しい。私も知らないわけではない」と言い、続けて庇うように、「とにかく、我々の一族には、不信心に走るような者はいない」と言ったらしい。はたして、そこには愛があったのだろうか? 私には分からない。
ともかくも、愛があろうとなかろうと、宮廷の内輪では、ソフィアがカールの花嫁になるであろうと言う予測が広く話されるようになり、王も手軽に妹やその女官であるレーヴェンハウプト嬢とそのことを話題にするようにした。

さて、そのソフィアであるが、彼女はカールの母親に似ており、その性格も似通っていたと伝えられている。母や姉を愛していたカールにとっては、親しみやすい気質の持ち主であったらしい。

しかしカールとて彼女との結婚を決断したわけでもなかった。彼はソフィアが自分よりも5歳年上であることを問題視していた。彼は仕事が終わった後、家に戻ると妻が待っていると言うことに対する憧れを認めてはいたが、その一方で妻が自分より年上だと自分を尊重してくれないのではないか、とか、子供扱いされるのでは、と恐れてもいたのである。
ともあれ、それ故にか、彼は、「まだ私は若すぎる」と言って結婚の話題が出る度にけむに巻いていた。
しかしそれは縁談についてデンマークと話し合っていた重臣たちのアドバイスでもあった。ピーペル、ウラーデ、レーンスケルドに太王太后と言った面々は、カールがソフィアに関心を向けたことを知るとそれを喜んだが、政治状況はそれに待ったをかけていたからである。

結局、カールが結婚に相応しいと思われてた年齢(父カール11世がそう見なしていた年齢)に届く前に、戦争は始まった。カールはその時ちょうど17才半であった。
1700年の短い戦争の後、スウェーデン側は困難を承知で、再びカールとソフィアの縁談をデンマーク側に持ちかけ、そして失敗した。デンマーク王フレデリック4世は対スウェーデン同盟に再び加わることを熱望しており、そして1709年には望み通り再び加わった。

カール12世は、自分とソフィアとの仲を、父とデンマークの王女であった母との間に起きたロマンスじみた話しになぞらえていただろうか。
カールは戦争が終わるまで結婚はしないとも言っている。
そして、カールは、一連の出来事の後にも、デンマークに対して恨み言や非難の言葉を、決して言わなかった(ポーランド王アウグストの背信を決して許さなかったにもかかわらず!)。
もちろんそれは、母への愛故の言動であったかもしれない。
唯一、二人の愛の証拠として、カールの妹であるウルリカが、戦争が終わったらカールとソフィアは結婚すると思っていたと言い残している。が、当人でないので無条件に信用することは出来ない(身分の高い小さな女の子はロマンスに憧れを抱く傾向がある)。

一方で、ソフィアの方はどうだったのだろうか。
これも証拠はないが、カールのことを憎からず思っていたそうである。彼女の胸の内にも、カール11世と叔母であるウルリカ・エレオノーラとのロマンスがあったのかも知れない。ソフィアは密かに送られたカールの肖像画を大切に持っていたらしい。
そしてソフィアもまた、王女としての仕事に身を捧げ、カールの生前、そして死後においても、一生結婚することはなかった。

正直なところ、二人が本当に愛し合っていたという確たる証拠はない。ただの政略の道具であったのかも知れない。
カールが戦争初期に好んで使った「ソフィア」と言う名の小さな船。それは果たして、姉の名だったのだろうか、それとも……。

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