会戦
◆リガ攻囲戦役◆

戦略状況
Strategic Situation


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 西暦1699年9月。デンマーク、ロシアそしてザクセンによる対スウェーデン秘密同盟がドレスデンにおいて成立した。これにより、スウェーデンに対する攻撃は翌年の1月、あるいは2月と決定された。
 しかし当然のことながら、この同盟の成立を持って、直ちに戦争が行えるわけでもなかった。ロシアはオスマン=トルコとの講和を必要としていたし、デンマークもまた、ドイツ諸国およびフランス、イングランドとの外交関係を整理する必要があった。そして、アウグストもまた3つの問題を抱えていたのである。
 アウグストは、まず第1に、リトアニアにおいて貴族と和解しなければならなかった。
 当時のリトアニア大公国はポーランド王国と同君連合を組んでおり、リトアニアの貴族もまた、リトアニア大公にしてポーランド国王であるアウグストに忠誠を、表向きにしろ、誓う立場にあった。しかしながら、彼らはザクセン選帝候の臣下ではなかった。そのためリトアニアの貴族は当然のことながら、長らくリトアニア北西部サモギエタ一帯に駐留するザクセン軍の撤退を求めており、その訴えを無視し続けているアウグストと争っていた。しかもリトアニアの大貴族であるサピエハ家はアウグストのポーランド王位にすら疑問を持っていた。
 アウグストはこれら不満分子と、一時的であるにしろ和解し、リトアニアを安全で安定したスウェーデン領リーヴランドへの攻撃に必要な策源地にしなければならなかった。
 1699年12月、アウグストはサピエハ家やその他の不平貴族たちと和解することとなった。その約定には、リトアニアからのザクセン軍の撤退が規定されていた。ただし実際は、ザクセン軍のリトアニアへの輸送は続けられていた。クールランドで擾乱が起こる可能性があると言うのが、その理由であったが、論理的に言って、アウグストは直ちにスウェーデンに対する行動を起こさねばならなかった。そして事実、アウグストは1700年1月にスウェーデンを攻撃することを望んでいた。
 しかしながら、彼はもう1つの交渉を成立させなければならない立場だった。交渉の相手はブランデンブルク選帝候である。もともとブランデンブク選帝候はスウェーデン領ポンメルンを欲しており、アウグストを始めとする対スウェーデン同盟諸国に近しい考えを持っていた。同盟諸国は更に踏み込んでブランデンブルク選帝候にもこの同盟に積極的に、出来るならば同盟国として行動して欲しいとも考えていた。しかしブランデンブルク選帝候は、様々な理由からこれに対する返答を伸ばしていた。
 彼らがブランデンブルク選帝候を同盟に引き入れたがったのは、その領土が、いわゆる同盟諸国、特にザクセンにとっての戦略要点であったからである。ブンランデンブルク=プロイセンはザクセンとスウェーデン領ポンメルン、スウェーデン領ブレーメン・バーデンの間や東プロイセンにあり、それらはスウェーデンからすればザクセン本国に進撃する途上にあたった。そして反対にザクセンからすれば作戦軸の「柔らかな下腹部」を守る防壁であり、また軍をポーランドやリトアニアへ移動させる過程で通過する領域であった。
 アウグストはブランデンブルク選帝候に、依然として同盟に加わるように働きかけ続けていたが、これがブランデンブルク選帝候の消極的態度により捗らないことを知ると方針を転換し、可能な限りスウェーデン軍の通行を阻み、それとは逆にザクセン軍には通行の自由権を与えるよう求めた。最終的にアウグストは、ブランデンブルク選帝候が求めているプロイセン王位に対する支持を約束し、見返りとして、スウェーデン軍に領内の通過を認めず、反対にザクセン軍に対してはそれを認めるという確約を得ることに成功した。  この、ザクセン側に肩入れしたブランデンブルクの中立により、ザクセン本国が攻撃される心配も、リーヴランドに侵攻する軍の後方連絡線が遮断される心配もなくなり、アウグストはポンメルン方面からブランデンブルク=プロイセン領内を経てのスウェーデン軍の脅威から解放された。
 残る問題は、この戦争に対するポーランド=リトアニアからの支持を完全に得ていないことだった。しかしアウグストはこの戦争をザクセン軍のみで行うことを決めており、そしてまた、アウグストはリーヴランドを征服すれば戦争に対する支持は自ずから集まるだろうと考えていた。ポーランド=リトアニアという中立地を策源地にすることに対してアウグストは何の躊躇も持たなかった。また、前述のように完全な支持を得ていないにもかかわらず、幸運なことに彼は、リトアニアにおいてサピエハ家と対立する門閥貴族たちから援軍を得ることにも成功した。
 こうして、あらゆる準備は整い、アウグストは戦争を決断した。21年の長きにわたる大北方戦争の幕は、こうして上がったのである。

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