GNWとは? 北欧大戦とは?

単語としてのGNWと北欧大戦の説明と
時代背景を知って貰うために扱う時代の大まかな通史。
約束事には本サイトにおける基本原則を記した。

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◆語句の説明◆

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 GNWとはthe Great Northern Warの略である。北欧大戦とは、本サイトの名前としてthe Great Northern Warを私(管理人)なりに意訳したものである。
 一般にはthe Great Northern Warは、大北方戦争と訳されるが、北方戦争や第二次北方戦争、第三次北方戦争、大北方戦役などと訳される場合もある。本サイトの文章中においては、タイトルである北欧大戦ではなく、大北方戦争を基本的に使用する。


◆約束事◆

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 基本的な著作権に関する取り決めを、利用規約に記す。本サイトは学術サイトではないため、読む際には事実の不精確、記載の偏りを念頭に置くこと。
 使用される年号及び日付は、特に注記がない場合を除いてスウェーデン歴である。しかし勘違いや錯誤により、スウェーデン歴の適用が厳密でない場合があるため注意を要する。スウェーデン歴については、ここを参照。


◆通史◆

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 大北方戦争は、バルト海に覇権を打ち立てバルト海帝国と後世に呼ばれるスウェーデン王国に対し、モスクワ大公国(ロシア帝国)とデンマーク王国、ザクセン=ポーランド王国が同盟を組んで領土拡張・奪還を狙って攻撃を仕掛け、西欧列強諸国及びオスマン=トルコ帝国を巻き込み、21年間にわたって続いた戦争である。
 この戦争の結果、欧州北東部の勢力図は激変した。デンマークの挑戦は失敗し、ポーランドの没落は決定的となって、ザクセン選帝候による大王国建設の夢は挫折した。バルト海の覇者として君臨していたスウェーデンは二度とその地位を回復することが出来ず、代わりにロシアが列強として国際政治の表舞台に躍り出ることとなった。特にこのロシア帝国の誕生は、歴史的な視点に立つと、より大きな意味を持つと思われる。大帝と称されるピョートル1世率いるロシア帝国が、国内改革と戦争の勝利により第1級の列強国となったことは、これ以後現代に至るまで続く政治的枠組みがこの戦争によって産み落とされたことを意味したからである。
 そして時代的な観点に立つと、この戦争は同時期に行われた西のスペイン継承戦争と密接な関係を持っていることが注目される。スペイン継承戦争は、欧州の覇権をめぐるフランスとイギリスとの「第2次百年戦争」における最初の大規模衝突である*1。双方の大戦争は陰に陽にその影響を与えあい、複雑な国際政治の中で緊密な呼応関係を持ちながら、互いの戦争の成り行きを左右した。
 また軍事史の視点でこの戦争を見ると、前時代的な領土獲得戦争の裏に、常備軍を持って行う近代戦の顔を見ることが出来た。スペイン継承戦争と違い、個々の戦いにおける規模は比較的小さく、近代戦においては駆逐される運命にある歩兵槍が残るその戦列は、西の軍事先進国に較べ遅れていると取られかねない戦争の風景である。しかしながら、それらは誤りである。歩兵槍は、西欧とは比べものにならないくらいの大騎兵隊に対抗するためであり、また横隊の弱点である突撃力の不足を補うためであったし、個々の戦いにおける規模が小さかったのは、広陵とした土地と西との人口差が原因であった。これらの事情を考慮すれば、一概に遅れていると言うことが誤りであることは分かるだろう。更に言えば、そもそも近代戦とは何であるのかと言うことを考える時、これらは些末な問題でしかなかった。むしろこの戦争が近代戦的であったのは、もっと高度な次元、その国力を何処まで戦争に利用できるのか、と言う点においてであった。即ち、どちらかが完全に打倒されるまで続いたこの戦争は、不透明な決着に終わったスペイン継承戦争に較べ、クラウゼウィッツの言う「絶対戦争」的であり、正にこの点においてこの戦争は、近代戦の幕開けであったのである。

 スウェーデン・バルト帝国は、周辺諸国の犠牲の上に成り立っていた。ポーランドからはリーヴランド、デンマークからはスカンジナヴィア半島南部、ロシアからはインゲルマンランド、それぞれが実り大きい豊かな土地であり貿易の要衝である領地をスウェーデンは奪い取っていた。約170年に及ぶ拡大政策の果て、広大な領地を獲得したスウェーデンはバルト海貿易を支配し、そこから生み出される莫大な富によって繁栄を謳歌していたのである。しかし、その裏で、踏みつけられた者たちの恨みと憎しみは確実に育っていた。皮肉なことに繁栄すればするほど、帝国の安全は脅かされていたのである。
 1697年は終わりの始まりの年であった。その年の初め、復活祭月曜日、度重なる飢饉に見舞われ、また国内改革のひずみがそこかしこに現れていたスウェーデンにおいて、1人の王が世を去った。カール11世である。死因は胃ガンであった。壮年の王の死と若年の王、若干15才のカール12世の即位は、スウェーデン国内の混乱状況と合わせて、周辺諸国にとって恨みを晴らす絶好の機会のように思われた。特にデンマークの動きは素早かった。ホルシュタイン・ゴットルプ公領に軍を入れてスウェーデンの動きを探り、また外交使節を送りロシアとの接触をいち早く開始していた。
 一方、ポーランドでは時を同じくして、新王が即位していた。新王の名は、後に強健候としても名高いザクセン選帝候フリードリヒ・アウグスト1世その人であった。ポーランド王アウグスト2世として後世に名を残すこの人物は、即位に際してポーランドの貴族に旧領の回復を約束していた。彼はスウェーデンからの亡命者、リーヴランドの貴族、いわゆるバルト−ドイツ貴族の1人ヨハン・ラインホルト・フォン・パトクルを宮廷に迎え入れ、デンマークの動きにあわせるかのように、スウェーデンに対する同盟を構築しようと動き始めた。
 ロシアにおいては、黒海への進出に欠かせない対トルコ同盟を模索していたが、フランス、イングランドの反対に遭い、その視線をバルト海に丁度移していた。不凍港を得ることはロシアの悲願であり、時のツァーリ、ピョートル1世は、その獲得に人生をかけていた。彼にとって、デンマークとザクセン=ポーランドからの申し出はまさに渡りに船であった。
 これらパトクルの雄弁と諸国の利害の一致を受けた対スウェーデンの同盟交渉は、1698年夏のポーランドのラーヴァにおけるピョートルとアウグストの会談と、1699年初夏のデンマーク−スウェーデン間のホルシュタイン問題の再燃によって急速に進み、1699年9月、ドレスデンにおける対スウェーデン秘密同盟の成立として結実した。この条約によりスウェーデンに対する攻撃は翌年の1月あるいは2月とされ、デンマークはスウェーデンの同盟国ホルシュタイン・ゴットルプ公領を、ザクセン=ポーランドはスウェーデン領リーヴランドを、ロシアは同じくスウェーデン領のインゲルマンランドをそれぞれ攻撃すると決定された。
 明けて1700年2月、約定に従い、まずアウグスト率いるザクセン軍が、ポーランド王国議会の了解も宣戦布告もなく、リーヴランドの州都リガに侵攻し、続いて3月、デンマーク軍が、これも宣戦布告なくホルシュタイン・ゴットルプ公領に侵入した(「世界の戦史6巻」においてはデンマークが1月に、続いてザクセンが2月に侵攻したとしているが、これは誤りである)。しかし彼らの行動は初手から躓いた。アウグストはリガに対する奇襲とそれに続く強襲に失敗し、またデンマークもユトランド半島の付け根にあるテニング要塞の攻略に手こずって、当初の計画の甘さを露呈した。これに対し、スウェーデンの動きは予想以上に素早かった。春から夏にかけて全軍を動員すると1700年7月には、イングランドとオランダの海上支援を受けてコペンハーゲン近郊に電撃的な上陸を実施、8月にはデンマークを同盟から脱落させることに成功した。
 皮肉なことに、ほぼ同じ頃、ロシアとトルコの講和条約が締結されていた。そして8月20日、ロシアはスウェーデンに向けて正式に宣戦布告し、戦争に加わることとなった。既に動員をすませていたロシア軍は、速やかにインゲルマンランドの要衝ナルヴァに向けて進撃し、9月にはその包囲を開始した。しかしピョートルの楽観的な見通しとは裏腹に、その包囲作戦は難航した。
 一方その間に、リガを包囲していたザクセン軍は、デンマークの敗北とイングランドとオランダの圧力を受け、その包囲を一時的に解いてドヴィナ河左岸に撤退していた。
 ロシアにとってもザクセンにとっても、この連携の失敗は、致命的であった。10月、エストランドに上陸したカール12世率いるスウェーデン軍は、リガの危機が去ったことを知ると、その矛先をナルヴァを包囲するロシア軍に向けた。11月20日、吹雪の中、スウェーデン軍は、ナルヴァを攻囲中の数で勝るロシア軍を攻撃しこれを壊滅させた。このナルヴァ会戦は、戦争前半の流れを決定づけた。
 翌年の7月、スウェーデン軍はザクセン軍を撃破してドヴィナ河を渡り、クールランドを占領した。これによりリーヴランドへのザクセン軍の脅威は去った。アウグストはスウェーデンに対し講和要請を行ったがカールは小和を拒否した。1702年1月、カールはスウェーデン主力軍を率いポーランド本土に侵入した。これにより戦場はバルト海沿岸地域とポーランドの2つに分割されることとなった。

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