管理人文書館


2002年新年企画
<トラヴェンタールの和約抄訳>

注:日付はスウェーデンスタイルになっています。

[Back]

  1. 双方によって引き起こされた全ての物事をお互いに許すことに同意する。

  2. 双方が取り交わしたあらゆる条約、特にアルトナ条約を正式に認める。

  3. 双方共に一般的な権利を保有し、共有地に置いてはどちらか一方の承諾無しに何事も行ってはならない。しかし各自の固有の領土に関してはその限りではない。

  4. ホルシュタイン公国領およびシュレスヴィヒの領有権(私見:これはおそらく共有地についての事だと思われる)についてお互いに極めて大きい優先権があるとは主張してはならない。

  5. 双方共に自衛の権利を持ってはいるが、一方の同意がないために生じる無用の争いは起こしてはならない。またホルシュタイン公は主権者として自由に振る舞え、デンマーク王に相談せずとも、独自の政治方針に基づいた兵士の育成、同盟の締結、要塞の建造などを行うことが出来る。そして全ての疑いを生じさせぬ為に両者の要塞は2ドイツマイルは離れてなければならない。しかし、一方の領地が1ドイツマイルの内にある場合や街道が通っているフレンスブルグ(Flen?burg)とレンスブルグ(Rensburg)、Itzenhoa?(コピー状態が悪くて不明)、グルースダット(Glucstadt)とハンブルク(Hamburg)の間 は例外とする。また双方はシュレスヴィヒ=ホルシュタイン領を維持管理しなければならないが、6000人以上の人間を送り込むには外国の侵略に対する防衛のためや、差し迫った危険に対処するためと言ったような明白な必要性がなければならない。そしてデンマーク王が帝国に存在する同盟者のために軍を送らねばならない時はホルシュタイン公は領土の通過を認めなければならない。しかしその為にと言ってデンマーク軍が野営したり、宿営地を作ったりしてはならない。しかしながら、デンマーク軍はホルシュタイン公領内で補給物資を買うことや、厳密なる意味での訓練を監視することは出来る。

  6. アルトナ条約の履行されていない条項は今後6週間の内に履行される。又同時にゴッテスゲート(Gottesgate)周辺は返還される。

  7. ホルシュタイン公は両者の共有地に現ホルシュタイン公の父の承諾無しに建てられ、キールの貿易を脅かすクリスティアンプレイズ要塞(フレデリックスダット要塞?)を壊すことを希望している。よってデンマーク王は貿易に従事する臣民に対し、特にキールの町において、前述のような要塞を使った妨害を止め、何か問題が発生した場合は、告訴されてから6週間以内に何らかの賠償をしなければならない。

  8. 1647年のリューベック(Lubeck)における宗教総会で要求された、ホルシュタイン公の一族の一人を監督にすると言うことに関して、1667年のグルースダット(Glucstadt)における合意を今後も維持する。

  9. デンマーク王はこの戦乱に対するホルシュタイン公への補償として、260,000リグスダラーを12日以内に支払わねばならない。また1701年1月3日にはデンマーク王への全ての損害に対する賠償請求は停止される。これはホルシュタイン公への請求も同じである。そして双方共に1700年8月4日以前の戦利品、公共収入、軍税、その他の収入を報告する必要は原則なしとする。そして軍税を払わなかった者への請求は双方とも出来ないとする。

  10. シュレスヴィヒに近いブレックヘル(Breckhell)周辺とネシニシス(Nessinis)周辺はデンマークの物となる。またフェデリング(Federing)の村は同等の価値を持つ土地と交換という条件でホルシュタイン公の物となる。

  11. タンデリン(Tunderin)近郊のライスト(Lyst)でデンマークが徴集していた関税をホルシュタイン公の臣民と彼らの運ぶ商品に適用することを止め、同時にタンデリンから運ばれる商品に対しても適用することを停止する。そしてその他全ての苦情はハンブルグの是正委員会によってこの条約が取り交わされてから6週間以内に是正されなければならない。

  12. ハンブルク近郊のエルベ河に浮かぶ小島にあるグローベンホフ(Grovenhoff)要塞は破壊され今後一切の使用を禁ず。そして今後、双方共にエルベ河の通行を妨げてはならない。

  13. アルトナ条約の保証人たち(この条約の保証人らも含む)、特にスウェーデン王、ハーノーヴァ選帝候、ゼール公らとデンマーク王との旧来の友好はこれをもって回復する。

  14. アルトナ条約を保証した者たち(今後2ヶ月以内にこの条約の保証者に任命される予定)はもとより、ほとんど全てのキリスト者である君主たちはこの条約が守られることを強く望んでいることを忘れてはならない。

  15. この条約の調印はセゲーブルク(Segeburg)において、この文章が作成されてから7日以内もしくは出来うる限り早く取り交わされなければならない。

解説

トラヴェンタールの和約は1700年8月8日(これはスウェーデンスタイルで、多くの史書ではユリウス歴、つまり旧暦の7日かグレゴリウス歴、つまり新暦の18日を採用している)にデンマーク王とホルシュタイン公がトラヴェンタールの町で調印した条約である。

参考文献

『The History of the Wars, of His Present Majesty Charles XII, King of Sweden.』著Daniel Defoe

Return Top


[管理人文書館] [Top Main Page]

Copyright (C) 2001-2007 M.Ota All Rights Reserved.
このページに含まれる全ての文章・画像の無断転載を禁止します。