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ホロウツィンの戦い
カール12世の手紙から
適当な翻訳ですのであしからず。

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 カール12世は自身が「愉快な乱闘」と呼んだホロウツィンの戦いについて、妹のウルリカに宛てた手紙の中で次のように述べている。

数日の野営の後、小川を渡河し敵を攻撃することの出来る最良の地点が敵の左翼と右翼の間で発見された。そこで夜の内にスウェーデン軍砲兵隊はその渡河地点へと直ちに移動させられ、対岸の敵砲兵陣地と防御陣地を監視する任に付いた。スウェーデン軍歩兵の数個大隊もまた、夜の間に前進し砲兵隊の近くに布陣した。夜が明けるや否や、両軍は戦闘を開始した。砲火が交わされると同時に我々は小川を渡るため、架橋作業に取りかかった。しかし小川の深さがほとんど腰丈程度であることが判明すると、我々は浮橋を完成させることなく川を一直線に渡りきり、対岸で戦闘隊形を組んだ。敵の歩兵隊は一瞬にして崩れ、森へと後退した。しかしスウェーデン軍は後退する敵に追いつき交戦し、森の少し奥まで追撃した。その間に敵の騎兵隊が前進してきて、歩兵隊が去って放置されていた陣地を占領した。直後、スウェーデン軍騎兵隊も浅瀬を騎乗のまま渡りきり、すかさず敵騎兵隊を攻撃した。各々のスウェーデン騎兵大隊は対岸に達すると1個ないし2個の敵騎兵大隊に突撃し、乱戦となった。敵は退却を余儀なくさせられ、それでも幾たびも踏みとどまっては逆襲を試み、しかしその都度に後退を強いられて、ついには打ち破られ1哩以上に渡って追い立てられた。敵は僅かながらの野戦砲と軍鼓、軍旗を失った。

 これはとても簡潔な文章であり、実際の乱戦をかなり短く要約している。カール12世自身が果たした役割については全く言及が無く、前進してきたロシア軍騎兵隊によって王の歩兵隊が陥った危機の描写もあっさりとしている。また、この危機を救ったレーンスケルド率いる騎兵隊の絶妙な支援についても、それは変わらない。カール12世はポルタヴァで散逸するまで、自身の戦闘の記録を文章に残していたと伝わっているが、この手紙からは、幻となった彼自身の手による戦役史がどのようなものであったのかを想像させられる。

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◆この頁の参考文献◆


Leonard Cooper Many Roads to Moscow. New York, 1968. pp40
ウルリカに宛てた1708年8月4日の手紙の英文引用を翻訳した

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