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nightsongs: 74914の日々

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2002年10月25日(Fri)

無題

カート・ヴォネガットのことをずっと「ヴォガネット」だと思いこんでいた。つい昨日まで。手遅れになる前に気づいてよかった(のか)。


「ひとかた」をプレイするなら最新のnscr.exeでやるとなにかと嬉しくなれるかもしれません > 誰とはなく。onscripter(10月20日版)でも動くようです。ちゃんと確認してないけど。そういや全年齢対象版も作ろうと思いつつ幾星霜。某掲示板の反応などを見るに、18禁シーンの評判はあまりよろしくなさげだし。まあ \ とかは私もスクリプト打ちながら悲しくなってきたし。し。


バロックといえばパイプオルガンよりチェンバロな私。ヴィヴァルディとかスカルラッティとか好きだ。古楽器萌え。あまりよく知らないのだが、16世紀くらいのリュート用に書かれた曲とかをぼーっと聞くのが好きだ。自分でも弾いてみたいが、技術がー。


不便だ不便だと言いながらもうすぐ一ヶ月。なんか一年が15秒くらいで終わるような気がする。その間の自分用リンク。



2002年10月29日(Tue)

light novel

ライトノベルファン度は19。もっと少ないかと思ったが、まあ妥当な数字やね。ところで児童文学(ジュヴナイル)はライトノヴェルの範疇ではないんだろか。梨木香歩とか福永令三とか。って、よく見たら勾玉三部作がないじゃないですかっ。文庫じゃないとライトノヴェルとは認められないんだろか。ま、ハードカヴァーだと重いし(←0点)。それともアニメ絵の挿絵がないとダメなのか? いや、アニメ絵は好きですが。そういや折原みとも長野まゆみもないなぁ。神月摩由璃は……さすがにマイナーすぎるか。あと、新井素子が昔の一作品しかなかったのはちと意外ではある。『グリーン・レクイエム』はいれてほしかった。しかしいちせさんの110作品ってすごい。さすが。


あれだな、ライトノヴェルの定義が違うのだろう。たぶん。カテゴリーで読む読まないを決めているわけではないけど、こういうリストを見ていると「この作品をライトノヴェルと呼称するならこれもそうでは?」という疑問がどうしても、でてくる。『星界の紋章』をライトノヴェルとするなら『敵は海賊』もそうだろうし、大原まり子の一連の未来ものもまた然りだ。『そばかすのフィギュア』をはずして菅浩江の「ライトノヴェル」は語れないし、海外作品がないのも片手落ちというものであろ。トランスカテゴリーというか、微妙なところでゆれている、しかも良作はいくらでもある。



2002年10月30日(Wed)

微妙な話

『トリフィドの日』を読んでいて、ふと気づかされることがあった。気になったので、本屋へでむいて『ドリトル先生シリーズ』を(立ち読みして)調べてみた。結果は「案の定」だった。気になったのは「めくら」という言葉。いわゆる「目の不自由な人」の差別的表現というやつ。『ドリトル先生シリーズ』には「めくら旅行(blind travel)」という遊びがでてくるのだが、それが新しい訳では「運まかせの旅行」に変更されていた。


この手の「差別的表現」の問題はトリフィドなどに限ったことでなく、あらゆる分野で言われつづけて久しいのだが、いま、あらためて思ったわけだ。なんで「めくら」は差別用語なんだろう。別に奨励しようというのでなく、単にpolitically correctだからというのでそれに盲従するのは……いや、この表現もなんだか微妙な字が入ってるな、えーと、迎合するのはなんかイヤだ。


けだし「めくら」という語を使った慣用表現(の多く)は「目の見えない人を健常者より劣る存在としてあつかう」からじゃなかろか。というか広辞苑には「めくら」の項にずばり「物事の弁別のつかないこと」とある。健常者に比して目の不自由な人が劣るように言われるのは、納得はできる。そういう意味で「めくら」という語を使うのであれば、それは明らかな差別であって、許されるべきでない。


しかるに「めくら」という語そのものに差別的な意味があるかどうかは別だ。語源はおそらく「目+暗」か「目+眩」だろうが、そこになんらの意図はない(はず)。「目の見えない」ということを「もののわかってない」という意味で使うのであれば、その思想において、またそれにおいてのみ、侮蔑的表現となされるのであって、「めくら」という言葉それ自身(the word itself)に「目の不自由な人」を蔑視する意図は、ないはずだ。


とはいえ現実には「目が見えないこと」は「ものごとの道理をわかっていないこと」と同義とされる。実際に「盲千人目明き千人」などの慣用表現が流布している環境で、「めくらという語そのものにはなんらの侮蔑的意図を感じない」とか発言するのは、はっきりいって危険だ。それは、とりもなおさず、自分の言語感覚が麻痺している(少なくとも語の周辺にある事情を十全に関知できていない)ことの証左だからだ。よほど政治的にクリーンな(不偏不党の)環境で純粋培養されたか、あるいはよほど日本語を知らないかだ。


おれは「めくら」という語を復権しようとしているわけではない。差別用語である、politically correctではない、とされるならそれには従う。「めくら旅行」が「運まかせの旅行」より文学的修辞的に優れているとも(それほど)思わない。この話題は論が尽くされまくってるというか、「なにを今さら」ではある。それはすなわち私が今の今までこのサブジェクトに対し真剣に考えたことがなかった、ということであり、よろしくない。ちゃんと考えないといけない。自分は今でもこの類の(差別用語として規制されるような)表現をしばしば使うが、無論、おれに差別する意図は毛頭ない。単に「便利な文学的修辞」という理由だけで使っていて、その癖がぬけないだけだ。が、当人に差別する意図がなければいいという問題ではない。ちゃんと語の背景や事情を考えねばならない。


ことなかれ主義に陥ることなく、この類の問題を無難にきりぬけるにはどうすればいいだろかと、ときどき悩む。高校生レヴェルの悩みではあるが。



無題

辞書部活動。昨日はじめて知ったのだが、「小じゃれた」という言葉は「ふざけた」の謂らしい。うわぉ(と驚き呆れる)。私は、てっきり「小ぎれい」とかの「小」+「しゃれた」で、「ちょっと気のきいた」というほどの意味だと思っていた。他人の前で使わなくてよかった。


今月からパソコンパラダイスで、荒川工氏本人による「ぼくらがここにいるふしぎ。」のノヴェライズが開始ですよ。チェキ。


「空の要塞」だとB-17になる罠。


ライカ。個体名がクドリャフカで、ライカは犬の種類だと思っていたのだが……ちがった?






今月のへびーろーてーしょん。
Dancing With The Moonlit Knight / GENESIS フィル・コリンズ萌え。
Thank You / LED ZEPPELIN
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