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nightsongs: 74914の日々

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2002年6月28日(Fri)

shiki or die

ちょいと皆さん今月の『成恵の世界』は読みました? というか四季ちゃんと鈴ちゃんのカップリングですよ? 四季ちゃんの制服ですよ? ジャンパースカートですよ? よつんばいですよ? そのまま振り向いて右手を頬にそえて「なーご」と鳴 (げしっ

ねこ「下品です」
おれ「なにゅー」
ねこ「下品です」
おれ「猫のくせに『ねこねこなーご』の良さがわからんか」
ねこ「下品です」
下品です、はい。 しかし四季ちゃんですよ。四季ちゃん。あーもう。可愛いなぁ。がっくり。


鈴ちゃんの羽根は、蘭や麗についてる飛行ユニット (?) と同じやつだろか。羽根のほうがいいよねー。ウィングガンダムゼロみたいで (←誰の真似か)。四季ちゃん適応力ありすぎですよ? 新しい星船の名前は「ビンテン (旻天)」だが、元ネタはなんだ。バチスカーフ、ハルナ、ハタカゼ、ホルニッセ、バンカーヒルときたから艦船の名前には違いないだろうけど、違うかな。で、今月のぱんちゅ要員は麗たん。ま、あれだ、四季ちゃんじゃなくてよかったよ。


そして出番さえなかった主人公ふたりの明日はどっちだ。や、四季ちゃんがいればどっちでもいいけど。



またーりと反応

コミコミ3は日曜日だったのか。行けないって。もともと行くつもりもなかったよウワァァン (←なぜ泣く)。


とらハDVDの話題は各所で見かけるのだが、七瀬の話を誰もしないのは何故だ。そんなにさくらがいいかっ (←いいけど)。このまま七瀬・十六夜の幽霊コンビを私物化しますよ?


イェーハー! カレーはいいですよねっ。カレーうどんも美味いですよねっ。カレーラーメンも好きだけど、ちょっと前からは「それ、エヴァの真似?」とか言われるようになってぐんにょりですねっ。隠し味にコーヒーを入れるとまた美味いですよねっ。この前作ったとき、試みにバナナヨーグルトを投入してみたら甘くて食えたものじゃなかったですねっ。


十六夜さんのエンディングは2種類ありますよ? と言ってみる。


千熊屋さんの日記から、社会思想社清算。てことはあれだ、現代教養文庫のがごっぞり入手困難になるわけか。や、今でも入手困難だけど。ファンタジーの周辺に関するおもしろい本がけっこうあったし、ちとつらい。


あどさんとこは移転前に私もリンクしてたっぽい。サークルT&Kの人。栞本(むしろ香里本?)で泣いたし。いちど京都のイベントに来られたときにスケブ描いてもらったけど、未だに宝物。



2002年6月29日(Sat)

えろげ

もうじき今年も半分経過。2002年上半期にプレイしたゲームは……

うーむ、充実しておるな。やりたいのはあるんだけどね。「腐り姫」とか、一連のNitro+作品とか、あと「水月」も。が、どうもエロゲに対するモチベーションは下がる一方だ。値段対効果のせいかもしれない。エロゲ1本買う金で文庫が何冊買えるかとか考えだすと、よほどのものでないかぎり、買う気にはなれない。大人になるってのはこういうことですか (←たぶん違う)。


当面の話題作といえばアレとかソレですが、「それ散る」は地雷っぽいので日記者の評価待ち。ギャグのキレがいいだけの葉鍵の二番煎じという感じがするのだよな。「D.C.」はなんか不透明なので保留。春野日和のキャラがかわいいので、場合によっては買うかも。私の乏しいモチベーションは「ぼふ。」のために全て残しておきたいのですよ。


積みゲーというのは、一月にゲームを10本も20本も買う人間のすることなのだろうけど、おれは年間で10本程度しか買わないけど、すでに数本積んでいる。こういうのもダメだろか。まあいろんな意味でダメではあるな。



2002年6月30日(Sun)

6

ふと気づくとボーイズラブの少女漫画的全肯定について考えてたりする。危険だ。男がデータベース化された記号的な萌えに踊らされているように、女の子たちも男同士のカップリングを見ているのだろうか。男女とも互いに対してなにかしらの幻想を持っているということだろか。おれが男だからそう思うのかもしれないが、女性は幻想など持っていないかもしれないな。恋愛というのは多分に互いの幻想に対してなされるものだけれど。


女の子というのは眺めているだけで心地良いものだ。ジーンズにつつまれたヒップのやわらかい曲線であるとか、そういうセクシュアルな部分に関しても快いけど、やはりその存在が「美」なのだな。吉田秋生が高らかにも謌ったように。存在として美。ま、私の場合はかわいらしいヒップを後ろから眺めてニヤスカしてるだけの変態野郎ですが。あぅー。ま、エロゲの女の子はかわいいけど所詮は二次元だ。わたしは、三次元の女の子のがいい。見ていてここちよいという点については絵も現実もかわらない、ということはあるけど。女の子は。永遠に少女なるもの? あー。まあそういうものもあるかもしれない。理屈でなく、感情の話。かわいいものは、見てかわいいからかわいいのであって、理屈でかわいいと納得するのではない。うん。


日記を読むのが、最近はちょっとつらい。共通要素があまりにも多すぎて、自分との落差のあまりの激しさに、あまりに落ちこんでしまう。他人と比べるなんて愚かしいとはわかっているし、普段ならそんなことはしないが、あの人だけは別格だ。あの人となにか共通したものをもっている、と気づくだけで、信じられんほど、恋のように嬉しくなるのに、自分は同じような道を通ってきてここまで腐ったのかと省みるに、泣きたくなるくらい情けなくなる。他人と比べるというより、あの人と同じものを持ってる自分を恥じるのだろう。好きな人と共通のものをもっているという嬉しさ、それに自分がまるで追いついていないという忸怩。相手を、ほとんど愛のような仕方で崇拝していると、その共通要素に資格ができるようだ。自分は、あの人と同じである資格がない、と。なにを書きたいんだかわからん。くそ。おれは無力だ。無力を通りこしてマイナス力だ。あのような詩人と同じ境遇を経てきたなんて、嘘としか思えないし、そうであったらいいと思う。


最近、ものを考えるのも面倒。おれの考えているのと同じことを、おれより巧みな仕方で、おれより美しい言葉で語りうる人がいるのなら、しばらく黙っていたい。万事に「激しく同意」するだけで生きていけるような、そんな人間でいられたら幸福だろうと思う。幸福な豚よりは不幸なソクラテスか。馬鹿を言ってはいけない。幸福に質はない。幸福か、そうでないかだけだ。どのような仕方で幸福になるかは問題にすべきではない。


フランス料理だのなんだのは精神的なものだと思う。「ごちそう」を食べたという、精神的な充足への対価という意味での値段だ。したがって、あのちまっとしたお上品さを高級なものとして認識できない人間は、フランス料理は高いだけでありがたくもなんともないものだ。うん。私は人間ががさつにできあがってるから。100グラム80円の鶏肉を美味く焼いたものとビールさえあれば、4000円のちんまりとした最上級のステーキよりはるかに満足する、安上りで、幸せしか知らない、つまらん人間だ。おれは、そういう人間でよかったと思う。フランス料理の上品さを理解できなくて、よかったと思う。精神的な豊かさという話をしたいのであれば、おれの精神は十分に豊かだ。形式主義を概念として把握できるほどにはね。おれの幸せは安っぽいが、幸せに質の相違はない。あるのは、倖せかそうでないかの違いだけだ。と、腹がへったのでやつあたってみたり。4000円もとって(払ったのはおれじゃないけど)あんだけしか食わせへんのかーっ。4000円もあればおれ一人が何週間生きていけるか。まったく。や、4000円なら一週間がいいとこですが。


数学関係の本を読む。おもしろい。sense offででてきた用語とかがようやくわかった。初期値に対する鋭敏性とか。いいよね。数学的世界観というのは、いい。なんというか、哲学のそれが「老成」(ときに老獪?)を想起させるのに対し、数学的世界観は「若者」の視線なのだよな。ひたぶるに勝利を目指し、なにものかを信じてつきすすんでいく姿勢。ま、哲学がすべて老成かというとそんなことはないのだけど。比較して見れば、というか、根底にあるものというのは、数学は若さなのだと感じる。なんとなく。哲学の若さというのは、たぶんまあ答のなさそうなものにぶつかっていくその姿勢だとかそういうところにはあらわれているけど、それって結局は学と名のつくすべてのものに共通するところの熱心さみたいなものではあるよな。ニーチェの激烈なデュオニュソス的肯定にしても、それは若さではなく一種の諦念なのだろうし。いや、諦念というと語弊があるだろうけど。むずかしいね。数学もおもしろい。中学高校のテストは苦痛でしかなかったけど、数学そのものの勉強はもしかしたら楽しいんじゃなかろか。としたら、おれはものすごーく損をしたんじゃなかろか。ま、損は確実にしてるな。数学にしろなんにしろ、学と名のつくものを学ぶ機会を逸したのはとてつもない損だ。うん。数学的世界観というのは、読んでいて気持ちのいいものだ。世界が美しい方程式で記述できる、というのは、楽観的ではあるが美しいものだ。美しさというのは、美そのものがあるというより、美しいものを美しいと認識する、その心にこそあると思うのだよな。トートロジーですが。数学やってる人というのは、やはりその美しさに魅了されているんだろうか。世界を記述するというのは。おもしろいものだ。直弥のいう、数式を理解したとき自分が世界を動かしているように錯覚できるという、その麻薬のようなダイナミズムというのが、数学者の原動力なのかもしれないにゃ。集合を個に分解し、個を支配する規則から全体を記述するという、その数学の方法論もまた、若さだよねー。どのへんが若いのかしらんけど。おもしろい。数学、もっとちゃんとやっときゃよかった。けどまあ、私のような、熱しやすく冷めやすい、というか諦めの早い人間には向かない学問だな。ま、諦めが早いとダメなのはなんでも一緒だが。ふむん。


6月の思考、垂れ流し編。じゃまた。




今月のへびーろーてーしょん。
Dancing With The Moonlit Knight / GENESIS フィル・コリンズ萌え。
Thank You / LED ZEPPELIN
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