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nightsongs: 74914の日々

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2002年6月12日(Wed)

RO

まゆお姉ちゃん驚異のテクノロジにより、ilyaさんのon/offline状態もわかるようになりました。多謝。


で、kotomaちんと第三種接近遭遇(?)。動きが重いヨーとか、ビデオカード買いかえるしか、とか話しつつ。
with kotoma, 160x179, 5960bytes
kotomaちんからハットをいただいた。テンガロンハットみたいでかわいいのだが、個人的にはアコ帽(ビレタ)のが好きかも。あうあう(;


ふたりしてフェイヨンダンジョンに潜ってみる。暗いよ狭いよ(以下略)とかやってるうちにkotomaちん死亡(汗)。おろおろしてるうちにilyaさんもゾンビ2匹にボコにされて後追い。アンデッドに弱いアコライトに意味はあるのでしょうか。



2002年6月13日(Thu)

またーりと雑記

おれはカレーが好きだ。カレーなら毎日食っても飽きないと思う。本当に飽きないかどうか試してみたくなった。そこでちょっと量を作って、4日連続でカレーを食ってみた。まだまだいけると思った。ここまできたら、レトルトでもいいから一週間連続でカレーに挑戦するべきだろか。食材がもったいないからしないけど。


携帯はマナーモード以外にしたことがない。


NHKが民放より優れているところはふたつあると思うのだが、ひとつはCMがないこと、もうひとつは不必要に馬鹿騒ぎをしないことだ。


謙遜するのはいいことだ。が、好意ずくでやってることにまで謙遜するのはいかがなものかと思う。加えて言えば、謙遜と卑屈を混同するべきではない。場をわきまえた謙遜こそが、美徳としてたっとばれる。謙遜は、とにかく自分をさげすめばいいというものではなく、自分を売りこむテクニックのひとつとわきまえるべきだ。少なくとも、時宜にかなったものであらねばならない。

というかねー、みんながvoluntaryに協力しあってひとつのとこに進んでいこうとしてるところに「稚拙なものですが……」とか言われるとスゲェ萎えると思う。稚拙ならすっこんでろ。そうじゃないから、わさわざ出てきたんでしょうに。皆が皆、充分な力を持ってるわけじゃないこと、それでもやれるベストをつくそうとしていること、その結果がどうあれなされた結果は厳密かつ公正にうけいれられるべきだということくらいは、誰もが理解している。それをわざわざ強調することはない。

謙遜を謙遜と見抜けない人間は参加すべきではなかったのか? どうだかね。


Windのひなたシナリオを表す言葉をずっと探していたのだが、ようやくそれが「静謐」だと思いいたる。ちと情けない。



2002年6月15日(Sat)

素人

「素人」は免罪符じゃない。私は、プロと同じ仕方で評価できない、あるいはされることを望まない素人は終わりだと思っている。プロか、そうでないか、というのは本人の意識の問題だ*1


確かに、いわゆるSS作家と呼ばれる人たちが、純粋に趣味で書いてるということは忘れてはいない。しかし、趣味で二次創作を書くということと、それを他人に見せるということの間には、明らかに違いがある。書き手の意識は書き手の自由だが、読み手の意識までを強制することはできない。結論から言えば、自己満足がまったくダメだとは言わないが、だからといって書いてる自分さえ楽しければそれでいい、というのにも肯じかねる。


他人に見せるモノを書く以上、少なくとも作品に対する責任は持ってほしく思う。誤字脱字をしない、などというのは最低限として。その責任はいかなる理由によっても(「プロじゃないから」という言葉によってさえも)いささかも軽んじられるべきものではない。その責任は、「面白くなければならない」ということなどではない。強調していえば、自分がその作品を創ったという自負だ。ものをつくる以上、「プロじゃないんだからいいよね」などという甘ったれた妥協はするべきではない。


というか、正直に言えば(to tell the truth)、ものつくりにたずさわる人間が「だってプロじゃないし〜」とか言い訳をするのは最低の侮辱だと思うのだよな。本人に対しても、すべてのプロとよばれるところの人に対しても。


おれが葉鍵系二次創作のコミュニティから離れていったのは、たぶんこういう考え方が、異端とはいえないにせよ、居心地のいいものではなかったからだろう。質より量の世界に単純に飽きたということも、ちっとはあるかもしれないけど。とまれ、おれは知らない、そっちはそっちでよろしくやってくれ、というのも、一種の逃げではあるよな。気まずい。


てなことが2年前に。


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*1 もっとも、素人がプロの意識で書くのと、プロがプロの意識で書くのとには決定的な違いはある。が、今はその話をするべきときではない。



2002年6月20日(Thu)

創造とかなんとか

似たようなことを書いた記憶があると思ったら、おれもちょうど一年前にこんなこと書いてたのだった。引用。

Webや同人媒体で、約物に限らず日本語などの「間違った」使い方をする人が多いのは、「なってない、出直してこい」と突っ返す人が誰もいないからだろうか。
ちゃんと批判してくれる人は大切です。誉めるだけの人はどうでもいい? どうだろ。


二次創作の (一見した) 敷居の低さに関する話でも、似たようなことを書き殴っていたような気がする。その、二次創作というのは、ものをつくる人間としての「基礎体力」を (それほど) 必要としない場である、みたいなことを。えーと、ああ05/10のコメントアウトあたりか。体力というのは、文章力・構成力などもさることながら、批判に対する打たれ強さみたいなものも含めて、この道を進んでいこうという意志 (「壁の向こうへ行ける力」なのかもしれないな) みたいなものだ。まあ、自分は二次創作を「馴れ合いだけでやっていける場」という、かなり斜にかまえた見方*1をしているから、あまり正当な意見とも言えないけれども。


Webというメディアの、自分を発信することの容易さ (場のオープンさ) についても同じことだろう。お気軽手軽にはじめられて、ちょっと批判されたらスグにヘコんでやめてしまう。その是非は人それぞれだろうが、二次創作に関していえば、実際に創作する側の人からすれば、むしろ好意的にとられるようだ (上掲過去日記の薫青原さんの意見参照)。読者にしてもそれは同じだろうけど、「読み専」の人間としては、玉石混淆ならまだしも石ばっかりになってしまったとしたら、困る。淘汰作用がきっちりはたらけばいいのだろうけど、云々……


この手の話は自分で書き飽きたし、読み飽き……てはないけど、まあ少なくともおれがこれ以上ぐだぐだ言うことではない。のでリンクもしない。


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*1 二次創作というのは、はじめから「閉鎖空間 (ややもすれば仲間うちの馴れ合いに終始しがちである) 」を対象として書かれ、読まれるものだ。さして文章力・訴求力をもたない作者でも、読者の要求をとらえた「萌えシチュ」を演出さえできれば、高評価を得ることができる。ま、その評価はあくまでシチュエーションの演出力に対してなされたものであって、「作家としての (総合的な) 技量」に対するそれと混同しなければいいだけの話ではあるけれど。というか、私が二次創作を斜にかまえて見ている実際の理由は、自分がテキスト原理主義みたいなところがあるから、まるでなってない文章モドキが「萌える」という理由だけで絶賛されているのを見ていられなかっただけという、ほとんど嫉妬に近いものかもしれない。



またーりと雑記

やはり梅雨だからか? 所詮は梅雨までの球団なのか? 違うと言え、そうじゃないと、言ってくれ、誰かーッ (←おちつけ)。


馬鹿騒ぎに踊らされるのは馬鹿だが、それで各国の選手たちが、自分たちは熱烈歓迎されたと思っていい気持ちで試合をできたのなら、それでいいのじゃないかと思う。どうせ一月もしないうちに話題にものぼらなくなるのだろうから、そうカリカリするものでもなかろ。とかわざわざ言わずにいられないあたりが天邪鬼。

「智ちゃん、将来の夢は?」
「ゆーばーめんしゅ!」
「そうサッカー選手なの、すごいね」
「いや、最後しかあってないし」
という会話があったりなかったり(←ねぇよ)。Übermenschにはなりたいですが。


ブックオフは、いつも利用してるのが2店舗ありますが、ラノベは一方では全品100円、もう一方は美品なら100円以上で売ってます。ので、店舗によると思うです。




今月のへびーろーてーしょん。
Dancing With The Moonlit Knight / GENESIS フィル・コリンズ萌え。
Thank You / LED ZEPPELIN
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