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nightsongs: 74914の日々

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2002年4月7日(Sun)

who do i think i am

再開したわけじゃなく、唾をつけておいただけ。名前もちょっと変えた。



Wind -a breath of heart-

細かいツッコミ。

やっぱり買おう。



2002年4月8日(Mon)

name

謝罪。私はあの名前で表にでてくることはもうないと思いますので、もとに戻したいとおっしゃるなら、私は従います。今更こんなこと言われても迷惑なだけかもしれませんが、そのへんも含めてごめんなさい。


……という文言を停止のアナウンスのときに書くつもりで忘れてた馬鹿は誰でしょう(←自分です)。



diary

publicな場に日記を作ってしまうとつい更新したくなる。ダメですよ。


なんかこのままなしくずし的に日記再開しそうで、こあい。



理由

人生に落伍するのは、落伍せずにいるのと同じくらいむずかしい。おれは自分が馬鹿だと思っていたが、そうじゃなかった。ものをわかっていないだけだった。いや、わかっていて、やることをしなかっただけだ。つまり、わかってなかった。わかったふりだけしていた。考え違い。状況はこのうえなくヘヴィだ。


日記を読むのはしばらくやめようかと思う。Web日記というのは、コミュニティありきだ。すなわち、自分からそこに参画していかないと意味がない。傍観者という存在を許さないのがコミュニティというものだ。傍観者でも別にいいんだけど、おれの場合は、見てて黙ってることはできない、という意味。だから日記を読んでると、やっぱりそこに参加したくなる。が、今は口を開けばうじうじうじうじとつまらん考えになるだろう。余計なことを言わずにいるのは難しい。言わなくていいことを言わずにいる最良の方法は黙ることだ。発言する場所をとりさることだ。ロウソクの火を長もちさせるには吹き消すのがいちばん、というやつだ。


万事がどうでもよくなってきつつある。おれはこんなに期待をかけられ、こんなによくしてもらってるのに、いったいなにをしてるんだろう。これ以上、馬鹿はできない。いま、おれが生きてるのは、死への恐怖というただ一点によるものだ。それ以外、おれが生きてる理由、生きていていい理由はない。もはや、そこまで落ちた。自分が自分の生を認められなくなったら、もう終わりだ。恐怖という消極的理由でしか生きられない愚かさを見ろ。もはやそれは人間と呼ぶに値しない。これを敗北主義という。


哨然とする。心楽しまず、落ちつかない。いらいらする。胸のあたりが冷たくなる。なにかが肺を圧迫しているような気がする。深呼吸する。無性にため息をつく。現実を見るまいとして逆にそれを意識する。ふと腹がへって、朝飯を食ってないことを思いだし、それが一生の重大事のように思う。朝飯をどうしよう、昼飯はどうしよう、晩飯はどうしよう、明日の晩飯はどうしよう、明後日は、そのつぎは、延々と考えていって、いつまで生きているだろうかと思う。明日はなにに悩んでいるだろうかと思う。今日の悩みが明日にどうなっているだろうかと思う。出口から光が見えて、そっちへ行こうとして足が萎える。現実は火事のようだと思う。目を閉じれば火は見えないがやがて煙を吸いあるいは火傷を負いその時にはすでに退路はない。


以上はここ数日のおれの生活ログより。いまのおれに何か書かせれば、万事がこの調子だ。臨床心理学の講義じゃあるまいし、こんなことばかり書かれた日記を読みたい人はいるまい。だいいち、おれ自身が読みたくない。思考はルルイエよりも深く沈む。だが、それを追跡している自分が明晰に存在する。その分、沈んでいても救われる。おれは、まだ自分を客観的に見る余裕がある。だが、これ以上思考を沈めたくない。考えないことにする。沈んでいく思考を詳細に記録することは抗いがたい魅力だが、そこからは何も生まれない。


じゃあなんでこんなところを用意したのか。それはやはり未練があるから。いずれ状況がちっとはマシになったとき、帰ってきたいと思っているから。それまでは、沈む。




今月のへびーろーてーしょん。
Dancing With The Moonlit Knight / GENESIS フィル・コリンズ萌え。
Thank You / LED ZEPPELIN
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