36.8話 グレミー=トトの場合

闇の怪物




 少年は悩んでいた。自分の立場についてである。

 ザビ家の庶子だと言われた。たった12歳である少年を大人達は担ぎ上げていた。そして,将来軍人になるように言われた。というより,すでに大人たちはそのことを決定事項にしていた。

  「僕は先生になりたかったのに・・・」

 少年はつぶやく。先生と言ったことで生徒をイメージしたのだろうか,なんとなくこの前に少年に紹介された少女のことを思い出した。いや,少女というにはまだあまりに幼すぎた。

 その少女の名はエルピー・プルといい,まだ5歳ぐらいの女の子だった。将来少年に仕えるパイロットとして紹介された。少年にはそんな幼い少女が何故パイロットなのかよく理解できなかった。わからないことだらけである。だがこんなことを考えた。

  「そういえば,体操選手とかって幼稚園ぐらいから英才教育をするって聞いたことがあるけど,モビルスーツのパイロットも同じようなものなのかな。それじゃあ,まだ訓練も何にもしていない僕は今からやっていて大丈夫なのかな。」

 軍人イコールモビルスーツのパイロットと考えてしまうのは少年らしい発想である。

 そんなことを考えているうちに誰かが泣いているのが聞えてきた。少年はその方向にゆっくり進んだ。

 少女が泣いている声が聞えた。先日紹介されたエルピー・プルだった。プルは泣いている,訓練が辛いと。当然だ,5歳の少女にパイロットの訓練などとは到底無理な話である。そして何より孤独であることを。普通このくらいの歳の子が泣いているならその言葉に「お母さん」とか「お家に帰りたい」といった言葉が含まれそうなものであるが,そのような言葉はすすり泣く声からは聞くことはできなかった。この少女には頼るべきものがない,帰る家がないのである。孤独なのである。

 その時,少年は純粋にプルのことを慰めたかった。だが,どうしていいのかわからない。プルに声をかける。「どうしたの。」「大丈夫?」「泣かなくていいから。」あまりいい言葉が浮かんでこない。こんなので先生になろうって思っていた自分がおかしく思えてきた。だが,プルのことを必死で慰めていた。

 そんな少年にプルは泣き止み,少し微笑んだ。少年はそのことを少しうれしく思った。



 だが,やがて時が流れ,少年にとってエルピー・プルがパイロットであることは当たり前になっていた。自分が軍人としてそして将来の指導者としてふさわしい人間になれるように自らも捨てて努力した。すべてを当然のことと受け入れることによりそれはなされていたのかもしれない。単に抗えない何かに流されていただけだった。

 そして同時に少年はプルを苦しめる張本人になっていた。だが,少年もプルもまだそのことには気づいていなかった。

 プルは少年の名を呼んでくれていた。そして少年の前で我がままを言う。まだプルにとって少年が一番身近な存在だった。

 プルは宮殿の中ではしたなく走り回るような行為をはたらく。自分もまだ宮殿という環境になれていない少年はそんなプルにあせり,プルを捕まえる。

  「暖かい・・・」

 プルを捕まえた時少年はプルの体温を感じた。だが,すぐにプルを突き放した。自分はそんな温もりを感じている場合ではないと思った。そういう暖かみが甘さに繋がると思った。そしてやがて自分はプルに「死ね。」と命令しなくてはならない立場だと思い返したためだ。少年に突き放されたプルはどこか寂しそうだった。だが,少年は気づかなかった。



 宇宙の闇が広がっていく。少年はその闇の中にいた。

 そして闇の中でプルは泣いていた。ただ一人冷たい宇宙の中で泣いていた。

 もう少年はプルに語りかけようともしない。

 だが,プルは小さな光を見つけた。暖かい光であり,プルはその暖かさにあこがれた。プルはその方向に誘われ進み出す。そして少年に背を向けた。

 少年はそのことを認めたくなかった。自分が否定された気がした。どこから来たかわからない光によって,今までの自分の存在を,今まで積み上げてきたものが嘘であるかのように。

 少年はその光をプルの側からかき消そうとする。再び宇宙の闇が少年とプルの周りに集まる。そして闇が固まりとなり怪物になる。怪物は光を消していく。プルは一人再び暗い闇の中に取り残される。そして怪物はプルに襲い掛かる。プルを喰らい始める。ガツガツと喰らっていく。漆黒が喰らい,プルを物言わぬ人形に変えていく。そしてプルは闇の中に同化されていく。

  「やめろ!」

 我に返った少年は叫んでいた。だが,その怪物は少年自身だった。宇宙の闇を吸い込み肥大化した姿だった。そしてその魂をも漆黒に染め上げていく。

 喰らっていく。少年の周りのすべてを喰らっていく。そして怪物の漆黒に変えていく。そうして少年は闇の底へと潜っていった。





  「がはっ!はあはあはあはあはあ・・・。夢・・・,なぜ今頃になってプルのこ・・・」

 グレミーはそう言って,ベッドの上で状態を起こした。額に手をやると汗でぐっしょりとぬれていた。



 グレミーはプルツーと呼ばれるエルピー・プルに瓜二つの少女からダブリンでの戦闘報告を聞いた時のことを思い出した。

 プルツーは自分に似た自分を不愉快にさせるパイロットが黒いキュベレイで自分に立ち塞がったと言った。そしてそのパイロットを殺したと言った。

  「プルだ!」

 グレミーは即座にそのパイロットがわかった。そのパイロットを知っている。グレミーが捨てた少女,グレミーを捨てた少女エルピー・プルだった。

 プルはグレミーのそしてネオジオンの敵対勢力であるエウーゴにとっては捕虜のはずである。またニュータイプと呼ばれる強力なパイロット適正者であるプルはエウーゴにとって貴重な資料であるはずだった。なぜ,そのプルが未だにアーガマにいることができ,さらにキュベレイで出撃できたのかはグレミーにはわからない。だが,それはまぎれもなくプルだとわかった。

 グレミーは「再びプルを殺してしまった。」と思った。「プルは自分を裏切ったのである。」と自分に言い聞かせたが,殺してしまったという感覚をかき消すことはできなかった。そしてグレミーは人知れず震えた。



  「ふふ,今になってあの頃を思い出すとは。プル,お前が見せたというのか。私のことをそれほどに否定しようというのか。いや・・・ふっ,くっ・・・」

 一瞬プルの顔が浮かぶ。だが,グレミーにはプルの表情からプルが泣いているのか,光をかき消したグレミーを恨んでいるのか,自分の分身であるプルツーと戦わされたこと,そして最も残酷な方法で殺されたことを悲しんでいるのかわからなかった。

 しかしグレミーはその手に昔感じたプルの体温,暖かさを思い出していた。グレミーはその暖かさを忘れようとした。ナイトキャップのブランデーをあおる。だがそれはただ苦いだけだった。胃液がこみ上げてくる。



 プルを殺した。またそういう感覚を繰り返した。それは当然である,プルは自分のことを裏切ったのであるから。だが,グレミーもプルのことを裏切ったのである。自分の名前を呼んでくれていたプルのことを裏切り,そして捨てた。プルの思いを消し去り,重力の井戸へ捨てた。そしてやっと光を見つけていたプルを暗い闇の底へ突き落とすことになった。自分の立場がそうさせた。運命がそうさせた。すべてが運命の濁流の中でのことだったのかもしれない。

 だが,少年はそれを否定した。この行いは自分の意志だ。自分の戦いだ。自分というものだ。何者でもなく自分自身存在だ。そう繰り返す。



  「これは私の戦いだ。他の何者でもなく私は私の意思である。ハマーンも旧ジオン派も関係ない。見せてやる,私自身の戦いを。私は掴む。すべてを私の意思で掴むのだ。光も漆黒も。私は動く,私は。」





 少年の虚構の帝国は崩壊していく。少年は最後の最強の巨人の中で最後の兵士とともに少年を否定する存在と向き合っていた。

 少年は叫ぶ,自らを積み上げてきた虚構の姿を。そして,その剣を振りかざす。

 だが,その時少年は感じていた。自分の膝の上にいる最後の兵士プルツーの小さな体から。

  「暖かい・・・」

 少年はノーマルスーツ越しにはほとんど感じることのできないはずのプルツーの体温を感じていた。

  「暖かい・・・」











 というわけでグレミー編です。作品をもっとドロドロさせるつもりでしたが,文章力がないためかもうひとつドロドロしなかったなあ・・・怪物とか言っているのはジャミル=ミートの愛読書『ベルセルク』の影響なんですが(笑),迫力が出なくて・・・もっと怪物っぽくしたかったのですが

 グレミーとプルが12歳と5歳で出会っているというのは話の展開上でのジャミル=ミートの勝手な妄想です。

 また,プルを殺したことでグレミーテンパッちゃってあのような無謀な反乱を起こしたというふうに妄想してみました。文中でも述べているように「重力下のプルツー」の時にはグレミーには別にプルを殺そうという意識はなかったと思います。というかまだアーガマにいるとは思わなかったでしょう。自分を裏切ったプルのことを許せなかったでしょうけど,なぜ裏切られたかということを理解する程度のあたまも一応持ち合わせてはいたでしょうから,罪の意識もどこかで出てくると思いましたのでテンパッちゃったことにしましてこういう話になりました。


 
 いよいよ36話シリーズも次回で最後です。そしてやっぱりとりは「プルツー編」です。


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