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杉節子さん |
| 杉節子女史は池坊派の華道教授。1994年に中学教職を退職後、華道を教える傍ら日本中の山を登山した。屋久島の登山ではたった1人雨の中を登った。数千年の屋久杉との出会いは悪戦苦闘の登山も手伝い自分の人生の中で最大級の感動感銘を受けたそうだ。 1995年友人数名と中国各地を旅行した時に美しい海濱都市大連の街並みに魅了され『もう一度大連に行きたい』『大連に住んでみたい』と言う気持ちが日本帰国後も消えず、翌年1996年3月学生ビザを取得し大連外国語学院に語学留学をして中国語の勉強を開始した。本当は半年だけの予定だったが大連を知れば知るほどこの街が好きになりあっと言う間に3年が過ぎてしまった。 大連では日本語を勉強する人が多い。彼らは語学だけではなく日本の文化伝統・芸術に興味を持っているを知り、自分の特技を生かし中国人学生に”華道”を教え始めた。学生にとっては日本の美観・情感を知るチャンスは今まで全くと言っていいほど無く、学生を始め大学の教授陣にも大変好評を博している。 杉節子女史はこう語る『私は中国人の方に生け花芸術を教えながら自分も中国人の感情・思想を知る事が出来ます。「郷にいれば郷に従え」教えるだけではなく、私も中国の文化芸術を理解しなければならないと思います。今後、中国人が好む生け花形式で新しい作品を創造して行きたいと思っています。そして、もっと沢山の中国人が日本の文化を理解して頂きたい。私の力は僅かしかないですが生け花芸術を通して日中友好と文化交流の架け橋となる様微力を尽くしたいと思っております。』 |
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大連の日本料理店数カ所で生け花を担当 |
作品の数々 |
助手役を勤める河崎千秋さん |
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1999年10月21日〜27日に大連で最高級ホテル”大連富麗華ホテル”のロビーで生け花展覧会を開催し、 |
日中両国の皆様より大好評を博した。 |
大連日報に掲載された記事 |
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