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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県弥富市:十四山西コースJUSHIYAMA WEST

2015年7月探訪。2016年12月6日作成

【コース】 距離:約11.2km
 旧十四山村西部の社寺と史跡をめぐります。新田地域の庶民生活が息づく文化財と,海南こどもの国,水耕研究所農園などの施設を訪れます。

近鉄・佐古木駅〜(鮫ヶ地)神明社〜六角堂〜(馬ヶ地)八幡社〜子宝神明社〜八王子神社〜宮崎いん圃邸跡〜孝女曽與宅跡〜弥勒寺〜海南こどもの国〜(六條)津島神社〜伊勢湾台風復興之碑〜弘法堂〜M式水耕研究所農園〜近鉄・佐古木駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:近鉄・佐古木駅



 近鉄名古屋線の佐古木駅がスタート駅となります。近鉄名古屋駅から準急を利用するか,急行に乗車して近鉄蟹江駅で普通に乗り換えるのが便利で,所要時間は約15分です。停車する本数は1時間に3本程度です。佐古木駅の南口から出てスタートしましょう。

六角堂
鮫ヶ地2-147付近



 佐古木駅の南口から出て,東側にある踏切まで進んで,ここを右折して100mほど進みます。「佐古木」交差点で国道1号線を渡り,そのまま500m弱進んだ左手に(鮫ヶ地)神明社があります。正保4年(1647年)に鮫ヶ地新田が開拓された際に鎮守のために天照皇大神を勧請したものといい,明治5年(1872年)に村社となりました。



 神明社から200mほど進むと,左手に特徴的な火の見櫓があります。



 この火の見櫓のところを左折して,次の交差点を右折した先には,六角堂があります。道路の真ん中にある特徴的な六角形の地蔵堂で,文政2年(1819年)を記され,蓮華座を台としています。地蔵尊が子供連中と記され,高さ50cmほどで両手に宝珠を受けられ,村人から篤い信仰を受けてきたといいます。平成8年(1996年)には堂宇が再建され,毎年1月と8月には子供が主役の祭祀も行われているといいます。

(馬ヶ地)八幡社
馬ヶ地2-62



 六角堂からさらに200mほど進んだ突当りを左折し,続く筋を右折します。さらに300mほど進んだ次の信号の1つ手前の筋を左折し,200mほど進んだ3本目の筋を右折すると,少し先に(馬ヶ地)八幡社があります。正保4年(1647年)頃に鬼頭景義らによって開拓された馬ヶ地新田の守護神として,承応4年(1655年)に社殿を建てて設けたもので,祭神は応神天皇です。馬ヶ地新田や周辺の村々から奉納されたという棟札が多数残されています。



 その先の交差点を右折し,100mほど先の次の交差点を左折してさらに100m強進むと,左手に宝泉寺(真宗大谷派)があります。十肆山と号し,貞享3年(1686年)頃に僧順鏡が創建しますが,その後海東郡戸田村(現,名古屋市中川区)の宝泉寺の通所となり,正徳5年(1715年)に祐天が再建して,三河針崎(現,岡崎市)勝鬘寺の末寺となり,親鸞聖人の絵伝が下賜されたといいます。

(子宝)神明社
子宝1-19



 宝泉寺の先の筋を右折して500mほど道なりに進み,県道70号線に突き当たったら右折して,100mほど先の次の筋を左折した先に光照寺(真宗大谷派)があります。子宝山と号し,寺伝によると天保7年(1836年)の創建といい,元は福泉寺と称したとも言い,本尊は阿弥陀如来です。



 県道70号線に戻ってさらに西に200m進み,「子宝新田」交差点を左折した先に(子宝)神明社があります。慶安3年(1650年)に鬼頭氏によって子宝新田が開拓された際に鎮守として天照皇大神を勧請して創建されました。江戸時代の棟札が複数残されており,古くから村人の信仰を集めていました。境内には力比べに用いたという力持石が残されています。

八王子神社
鳥ヶ地1-249-1





 子宝神明社から南に100m進んだ次の筋を右折し,その先の突当りを左折して続く筋を右折し,さらに川に突き当たったら左折して橋を渡ります。そのまま道なりに三ツ又池のウォーキングコースに入って進んでいきます。途中には親水公園や菖蒲園もあり,季節の花も楽しめます。





 菖蒲園から500mほど進むと,睡蓮園があり,これも夏には立派な花を咲かせて公園の名物になっています。さらに先には中の島への橋があり,川沿いの豊かな自然を楽しめます。







 中の島への橋のところの分岐を右に進み,100mほど先の筋を右折し,その先の交差点を左折したところに八王子神社があります。社伝によると慶安元年(1648年)に佐野佐兵衛忠定が家僕を伴って伊勢西富田村(現在の四日市市北部)から移住してこの地の開墾に成功し,のちに忠定が祈願する八王子社に感謝の念を込めて寛文2年(1662年)に西富田村から勧請して創建され,8柱の神がお祀りされています。境内には力比べをする際に用いた力石が安置かれています。

宮崎※圃(いんぽ)邸跡 (※は竹かんむりに均)
鳥ヶ地1-176(十四山中学校内)



 八王子神社の裏手の筋を左折して西方向に進み,十四山中学校に突き当たったら左折します。すると中学校の校内に宮崎いん圃邸跡[市史跡]の碑が見えてきます。宮崎いん圃は享保2年(1717年)にこの地で生まれ,江戸中期の漢学者,文化人として知られます。17歳で京都に移って儒学者の伊藤東涯の元で学び,詩歌にも秀でて特に墨竹画を描くことに優れており,浅井図南らとともに「平安の四竹」と称されました。安永3年(1774年)に没して,京都東山の永観堂に葬られたといいます。この碑は大正2年(1913年)に建てられたもので,市の指定史跡になっています。

孝女曽與(そよ)宅跡
鳥ヶ地1-235-1



 宮崎いん圃邸跡からさらに100m弱進んだ「中学校前」交差点を左折して100m弱進むと左手に孝女曽與宅跡[市史跡]の碑があります。享保13年(1728年)にこの地で生まれた曽與は,幼いときに母と別れた父親に苦労して育てられたために,父親に感謝して一生懸命働きました。寂しさから酒びたりになった父親を支えて孝行を尽くしたといいます。この話がこの付近に住む西河菊荘によって『孝女曽與伝』として安永7年(1778年)に出版され,寛政12年(1800年)に亡くなった後も善行が語り継がれ,明治から大正にかけて修身の教科書にも載って全国的に話が広がりました。

弥勒寺
鳥ヶ地2-3







 孝女曽與宅跡から西に戻って500mほど進むと,左手に弥勒寺(曹洞宗)があります。龍華山と号し,明応9年(1500年)の草創で,元は真言宗で伊福村と川辺村の境(現在のあま市七宝)にあったといいます。天正12年(1584年)に蟹江合戦の兵火で焼失したため仏像のみが伝えられ,元禄4年(1691年)に海東郡桂村(現在のあま市七宝)広済寺の卜外和尚が現在地に再興しました。本尊の阿弥陀如来坐像[県文化]は寺の創建と同じ明応9年の作といい,高さは52cmで顔の綿密な仕上がりと体の粗い仕上がりが対照的な仏像といいます。作者は藤原宗次といい,梵鐘や鰐口を専門とする鋳工として知られ数少ない仏像の作品として貴重なものになっています。門前には「孝女曽與」と「孝女波留(はる)」の墓があります。孝女波留は26歳にここ鳥ヶ地新田の西川家の乳母となり,年老いるまで西川家に忠義を尽くして尾張藩は褒章をしたといいます。

海南こどもの国
鳥ヶ地町二反田1238 [公式HP(外部リンク→)]







 弥勒寺の先の「こどもの国北」交差点を左折して少し進むと,左手に海南こどもの国の入り口があります。こども向けの遊具類がたくさんある公園で,無料で利用できるとあって特に休日には多くの家族連れで賑わいます。入口右手にあるこどもの館にはトイレや喫茶コーナーもあり,ウォーキングの休憩地点や昼食場所としても利用できます。アスレチック遊具を多く備えた冒険広場や大きな芝生になっている多目的広場などのほか,プール,ローラースケート場,幼児コーナーなど,施設の充実度も魅力です。開設は昭和60年(1985年)で,大きな駐車場には名古屋市などから訪れた車も多く見かけます。

(六條)津島神社
六條町芝切169



 「こどもの国北」交差点に戻って左折し,筏川沿いの道に入っていきます。筏川がゆるやかに流れ,田園と遠くに養老山系を望める風景は中々見事です。



 筏川沿いの道を北西に500mほど進んだ先を右折したところの「六條新田」交差点の左手に津島神社があります。慶安元年(1648年)にこの付近の六条新田が開墾されたのち,慶安3年(1650年)に津島神社を勧請して創建されたといい,祭神は須佐之男命です。



 神社の南の筏川堤防のところには黒宮重佳(しげよし)記念碑があります。黒宮重佳は文化11年(1814年)に六条新田で生まれ,弘化元年(1844年)から明治5年(1872年)まで寺子屋の師匠をつとめて優秀な門下生を輩出したといいます。この碑は門人たちが彼の遺徳をしのぶために明治28年(1895年)に建立したものといいます。



 津島神社の北には聖徳寺(真宗大谷派)があります。天王山と号し,明治8年(1875年)頃の創建といい,本尊は高さ62cmほどの木造阿弥陀如来立像です。





 聖徳寺の右手の広い道を北方向に約300m進むと,左手に十四山西公園があります。公園内には伊勢湾台風災害復興之碑があり,昭和34年(1959年)に伊勢湾台風で大きな被害を受けたにも関わらず,日夜復旧に尽力して復興したことが記されています。災害復興を記念して昭和41年(1966年)に建立されました。

(坂中地)弘法堂
坂中地3-22



 十四山西公園から1つ先の交差点を横断歩道を渡って右折し,約300m先の突当りを道なりに右折し,100m先の次の筋を右折します。さらに200mほど先の2本目の筋を右折すると,少し先に熱田神社が勧請されています。



 さらに100mほど先の次の筋を左折し,200mほど進んだ橋を渡った先の信号を左折し,続く分岐を右に進みます。ここから200mほど進むと右手に弘法堂(真言宗智山派)があります。明治21年(1888年)に蓮華寺(現あま市美和地区)の和尚が阿弥陀如来と弘法大師像を奉持して創建したといい,伊勢湾台風でも大きな被害を受けましたが,仏像はそれでも護持されて今日まで伝えています。

M式水耕研究所農園
坂中地1-37 [公式HP(外部リンク→)]



 弘法堂から200mほど進むと右手に坂中地神明社があります。坂中地新田が鬼頭景義が正保4年(1647年)頃に開拓され,その後明暦3年(1657年)に天照皇大神を勧請して創建されたといい,寛文13年(1673年)の棟札が残されています。伊勢湾台風などで大きな被害を受けましたが,平成12年(2000年)に境内が整備されて一新されました。





 神明社の向かい側にM式水耕研究所農園があります。昭和46年(1971年)から野菜の水耕栽培の研究をいち早くスタートし,様々な品種の栽培法を確立してきたといいます。研究所の隣には直売所が設けられ,100円の野菜などお値打ちに購入することができるほか,農園の様子を公開日には見学することもできるようです。

ゴール:近鉄・佐古木駅



 M式水耕研究所農園から150m進んだ次の筋を右折し,100m弱進んで橋を渡った先の筋を左折して川沿いに300mほど進みます。



 2本目の筋を右折して300m弱,国道1号線を越えて進み,突当りを右折してさらに2本目の筋を左折するとゴールの佐古木駅南口に戻ってきます。ここから近鉄名古屋駅まで約15分で戻れ,本数は1時間に3本程度です。普通列車の場合は,近鉄蟹江駅で急行に乗り換えると便利です。


写真使用数:36

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作成者 Rintaro Nagano
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