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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県弥富市:弥富中央コースYATOMI CENTRAL

2015年7月探訪。2016年12月15日作成

【コース】 距離:約9.8km
 旧弥富町西部,中心地区の自然や文化財をめぐります。資料館・公園や旧東海道の史跡,木曽川周辺の自然や新田地域の社寺などをめぐります。

近鉄・弥富駅〜蓮如堂〜弥富市歴史民俗資料館〜愛知県埋蔵文化財調査センター〜竹長押茶屋〜ふたつやの渡し跡〜水郷公園〜輪中公園〜森津の藤公園〜大悲院〜観音寺〜安法寺〜おみよし松〜弥富金魚卸売市場〜近鉄・弥富駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:近鉄・弥富駅



 近鉄名古屋線の近鉄弥富駅がスタート駅で,近鉄の急行を用いて約15分で来ることができます。本数は1時間に3本程度で便利です。近鉄弥富駅の南口からスタートしていきましょう。また,JRと名鉄の弥富駅から近鉄弥富駅までは約100mですので場合によってはこちらも利用できます。ただし,速くて本数も多いのは近鉄になります。
 近鉄弥富駅の南口ロータリーのところに建てられているモニュメントは八一三(やとみ)の塔と呼ばれ,弥富名産の金魚が泳いでいる様子があしらわれています。駅前のトイレのタイルにも金魚があしらわれ,金魚の街弥富に来たことを感じさせます。

蓮如堂
前ヶ須町野方735



 近鉄弥富駅の南側の高架橋の西側出口から線路沿いに西に進み,突当りを左折して昔ながらの商店街を進んでいきます。



 突当りの「弥富駅前」交差点で右折して国道1号線に入り,100mほど進んだ「弥富市役所北」交差点を左折して150mほど進むと弥富市役所があります。弥富市の地図などの情報を手に入れるのに活用できます。その南には図書館や市民ホールなどの公共施設が集まっています。



 市役所から300m強進んだ「前ヶ須新田」交差点を右折すると,少し先の左手に素盞之男社があります。境内には菅原道真がまつられた尾張天満宮が鎮座しており,菅原道真の御詠歌が刻まれています。



 西に戻って「前ヶ須新田」の交差点を越えた3つ目の筋を左折した先に蓮如堂(真宗大谷派)があります。慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦いが終わったのち,西軍に属して敗れた大垣城主伊藤彦兵衛盛宗がこの地に蟄居するに際し,自分の領地だった美濃安八郡の女人衆より託された阿弥陀如来画像が安置されています。昭和26年(1951年)の大火の際に本堂は焼失しましたが,本尊は焼失をまぬがれ,翌年に本堂が再建されて現在に至るといいます。毎年4月には蓮如まつりがこの界隈で開催されて大いに賑わうといいます。前には明治の東海道と前ヶ須宿場に功労があったという村田宗之助の墓が祀られています。

弥富市歴史民俗資料館
前ヶ須町野方731-1 [公式HP(外部リンク→)]





 戻って曲がった地点から西に進むと,少し先に弥富市歴史民俗資料館があります。入り口前には旧弥富町の役場標札が保存されており,旧弥富町役場として使われたという建物の歴史を感じさせます。木曽川下流域のデルタ地帯に位置する弥富市は,古くから新田開発されてきた歴史を持ち,そのような歴史・産業を知ることができる施設になっています。1階ロビーには弥富市で飼育されている22種類の金魚の展示が行われ,資料館の大きな特徴になっています。江戸時代から続く金魚養殖の歴史についてもAVコーナーなどで知ることができます。かつて一段産地だった文鳥飼育の歴史や,水郷生活の農業・漁業などで用いた用具などの展示も行われ,弥富市について概観することができるお薦めの施設なので,じっくり時間をかけてめぐりたいところです。



 資料館の西側にはお菓子司の松月堂があります。弥富もなかや金魚まんじゅうなどの弥富独自の和菓子を販売しているので,休憩を兼ねてグルメを楽しむのもいいでしょう。

愛知県埋蔵文化財調査センター
前ヶ須町野方802-24 [公式HP(外部リンク→)]





 弥富市歴史民俗資料館から南に折れて約50m,「中央公民館北」交差点を越えた先の左手に愛知県埋蔵文化財調査センターがあります。愛知県内の発掘調査による出土品の修造と調査研究などを行っている施設で,昭和62年(1987年)に開所しました。発掘調査で出土した文化財や考古資料などが,遺跡の解説とともに閲覧室で展示されています。毎年,春と秋の公開期間などに見学することができ,解説員の説明を受けながら,愛知県のはるか原始の時代に思いをはせることができます。(写真は2016年4月訪問時のもの)

竹長押茶屋
前ヶ須町野方719



 「中央公民館北」交差点に戻り,左折して西へ100m弱進むと右手に竹長押茶屋[市文化]があります。元々名古屋城北西の御深井丸にあった尾張藩御用の離れ休息茶室で,場内火災の際の御座所にもなるように作られていました。柱を水平方向につなぐ長押(なげし)に二つ割りの大竹が使われていることから,この名前があります。明治5年(1872年)に,この地の旧家である佐藤家が払い下げを受けて屋敷の高台に移設しました。その後,明治13年(1880年)などの明治天皇の巡幸の際には小休止所として使われました。外観は見れますが,内部は通常非公開になっています。

ふたつやの渡し跡
前ヶ須町野方800



 竹長押茶屋から100mほど進んだ交差点の北西にふたつやの渡の碑があります。江戸時代,東海道は熱田〜桑名の「七里の渡し」か,佐屋〜桑名の「三里の渡し」で木曽三川を通過していました。しかし,江戸時代後期になると佐屋川の河床が上昇して通船に支障をきたすようになりました。明治5年(1872年)には前ヶ須まで新しい東海道が開通し,佐屋街道に代わって東西を結ぶ中心の道となりました。以降,ここから桑名までの一里のふたつやの渡しが設けられました。昭和9年(1934年)に現在の国道1号線の尾張大橋と伊勢大橋が開通し,渡しはその役割を終えました。

水郷公園と憩いの広場
前ヶ須町野方 および 中山町松山



 ふたつやの渡の碑がある交差点を左折し,筏川を渡った後すぐの筋を左折して道なりに進むと,右手に水郷公園があります。木曽川沿いに設けられた公園で,グランドや遊具も設けられています。









 木曽川の方に進むと憩いの広場が設けられており,ひときわ目立つシンボルの水郷の塔があります。高さは14mで,噴き上げる水をイメージして建てられており,屋上からは目の前を流れる木曽川の雄大な流れを中心に,遠くは鈴鹿・養老山系の山々まで見渡すことができ,爽快な気分になります。反対側には弥富の市街地を見ることもできます。



 塔から奥に進むと,伊勢湾台風災害復興竣工記念碑があります。昭和34年(1959年)9月に東海地方を襲った伊勢湾台風は,この付近に甚大な被害を及ぼして約2ヶ月間も浸水していたといいます。この碑は伊勢湾台風による高波をイメージしており,台風被害を風化させないように弥富市の各地には多くの碑が建てられています。



 水郷の塔から左手に下っていく道に進み,そのまま50mほど進んだ筏川を渡った先を右折し,川沿いを進んでいくと山口誓子句碑があります。昭和61年(1986年)にこの地を訪れたときに詠んだ歌「群金魚曲流なして槽廻る」が刻まれ,金魚の街弥富を感じさせるものです。



 さらに進んだ先にはオランダ風車が建てられています。弥富町が鍋田村と市江村の一部と合併して50年になる平成16年(2004年)に造られたもので、翌年の愛知万博で弥富町がオランダとパートナー国になったことに由来するといいます。





 さらに進むと総合社会教育センターの正面に出てきます。ここには弥富出身の偉大な漢詩家である服部擔風の漢詩碑が建てられています。漢詩には名声よりも自分らしく生きることを選ぶ良さをうたった内容といいます。



 その先には,平成6年(1994年)にこの場所で行われた愛知県の国民体育大会(わかしゃち国体)のなぎなた競技を記念したモニュメントがあります。



 先に進んで筏川にかかる六門橋を渡ります。この六門橋はかつて六門樋門と呼ばれる樋門の役割を果たしていました。現在は橋の機能のみですが,れんが造りの橋脚を持つ趣のあるたたずまいになっています。

輪中公園(立田輪中人造堰樋門)
中山町懸廻





 六門橋を渡って150mほど進むと右手に輪中公園が見えてきます。この公園内の遊歩道を東へと進んでいきます。遊歩道の先には,立田輪中人造堰樋門[市史跡]があります。明治時代,輪中内の排水に苦労した立田輪中普通水利組合によって明治35年(1902年)に設けられた樋門で,農業用水を鍋田川に排出する機能が期待されました。結局,排水の効果は十分には得られずに,筏川を用いた排水が行われることになり,用水の取水としての機能も現在は海部幹線水路に譲りました。昭和50年(1975年)に立田輪中の好意により旧弥富町に権利が譲られて周辺が公園として整備され,現在でもレンガの8連アーチが残した見事な史跡になっています。輪中集落の苦労の歴史に思いがはせられる文化財です。



 樋門の左手から輪中公園を出て,そのまま東へ老人ホームの横を通って道なりに進むと,200mほどで右手に川原欠神社があります。

森津の藤公園
森津14-607





 川原欠神社から約800m,鍋田川の旧堤防上の道を進んでいきます。この付近は田園地帯が広がりのどかな雰囲気です。右手の鍋田川を越えた先は三重県になります。





 進んだ先の右手に森津の藤公園があります。公園内にある森津の藤[市天然]は正保4年(1647年)の森津新田の開発の際に,開田地主の武田家に植えられたと伝えられています。老木となって樹勢に衰えが見られるものの,4月末〜5月初旬の花の時期には見事で,藤まつりなどのイベントも開かれて大いに賑わいます。江戸時代の尾張名所図会にも紹介され,満開時には空が見えず,紫の雲で覆われたようだとも記されているといいます。平成6年(1994年)に公園として整備されました。



 北に戻って先の分岐を右に曲がって県道105号線に入り,600mほど進んで筏川を渡る橋の手前2筋目の道を右折して道なりに200mほど進むと,左手に森津社があります。祭神は天照皇大神で,森津新田が開発された際に勧請されて創建されたと考えられます。

大悲院
平島町甲新田24





 森津社の先を左折して神社右手の筋を進み,突当りを右折して200m弱進み,広い筋に突き当たったら左折して先の日の出橋を渡ります。そのまま約200m進んだ「中新田」交差点を右折して100mほど進むと,大悲院(曹洞宗)があります。白樺山と号し,織田家に仕えた岩倉藩士村瀬宗和が,織田家没落ののちにこの地に来て開拓に力を注ぎ,その功績で尾張徳川家の初代藩主の義直から授かったという泰澄大師作という十一面観音を本尊として僧庵一宇を結んだのが始まりといいます。現在は尾張観音霊場の第14番札所になっています。また,十四山の弥勒寺からもたらされたという念持仏の虚空蔵菩薩も安置されているといいます。

観音寺
平島東2-84





 大悲院から戻って「中新田」交差点を右折して100mほど北上すると左手に観音寺(曹洞宗)があります。寄贈された多くの仏像を有するといい,秘仏の歓喜天や3mに達するという円空仏,十一面観音などが安置されているといいます。境内には漢詩家服部擔風の孫である服部承風の碑が設けられています。



 戻って観音寺の南側の水路沿いの道に入って100mほど進むと右手にひので公園があります。ウォーキングの休憩に利用できる広い公園です。



 またひので公園を越えた先の細い橋を渡った先の左手には八幡神社があります。

安法寺
平島中4-37



 八幡神社から戻って水路沿いの道を西に300mほど進み,県道108号線を越えた次の筋を右折し,続く筋を左折すると安法寺(真宗大谷派)があります。寺伝によると元和元年(1615年)に津島今市場の一乗院百体堂を浄正寺と変えて中興開基され,後に寺号を安宝寺として延宝2年(1674年)に現在地に移されました。所蔵する聖徳太子の坐像は若き姿のもので,大変珍しいといいます。

おみよし松
平島町西新田149



 安法寺から戻って南に300mほど進むと,右手の公園内におみよし松[市天然]があります。樹高約21m,幹回り5.25m,樹齢300年以上という名松で,正保3年(1646年)に平島新田が開発された際に植えられたと伝わっています。名前の由来は,すぐ南の筏川の岸に津島神社の天王祭の神葭(みよし)が流れ着いたことから名付けられたと考えられています。松に関する昔話は,マンガ日本昔ばなしにも取り上げられました。かつては兄弟松が同じ平島地区内にありましたが,今は枯れてしまったといいます。昭和33年(1958年)に弥富中学校がここに設けられ,しばらく校庭に松がありましたが,平成20年(2008年)に中学校が移転して現在の形になりました。移転した中学校にはおみよし松の子孫が植えられているといいます。



 おみよし松のところには山口誓子の歌碑があり,「金魚田の中に人住む家があり」と刻まれています。金魚の養殖池が並ぶ弥富の風景をさわやかに描いています。

弥富金魚卸売市場
前ヶ須町東勘助269



 おみよし松のある公園を通り抜けて北側に出て,すぐ左折して道なりに400m,県道に合流して進み,先の分岐点を左に曲がって川沿いの道に入り,さらに川の左側に入ると,左手に弥富金魚卸売市場があります。弥富で飼育された金魚は,この付近で競りにかけられて全国に出荷されます。弥富と金魚との関わりは江戸時代にさかのぼり,大和郡山の金魚商人が熱田宿に向かう途中,船の移動で弱ってしまう金魚の休憩地点として,この付近にため池を作ったことに始まり,その後この付近でも飼育を始めたのが弥富金魚の始まりといわれています。明治になると本格的に養殖が始まり,水質や土質も金魚に適した土地柄であったことから水郷地域であったこの付近の農家の副業として地場産業へと発展しました。現在の生産量は奈良県大和郡山市と並んで1位を争っています。弥富は金魚の流通拠点ともなっており,日本で飼育されている全25の品種がすべて取り扱われているといいます。平成4年(1992年)と6年(1994年)の2回,実験のためにスペースシャトルに乗せられた金魚も弥富産だといいます。この付近は金魚の競りや販売などを行う施設が多く,金魚の街を感じさせます。

ゴール:近鉄・弥富駅

 弥富金魚卸売市場のところから川を渡って北に300mほど進むと「南前新田」交差点に至ります。さらに200mほど進んだ「弥富高架橋南」交差点の1つ手前の筋を左折し,先の「弥富駅東」交差点で国道1号線を渡って約150m進むと,ゴールの近鉄弥富駅が見えてきます。近鉄名古屋駅まで急行で約15分,準急で約20分です。JRと名鉄の弥富駅は,近鉄弥富駅の北側に出てさらに100mほど進むと行くことができます。JRを使って名古屋駅まで戻ることもできますが,所要時間や運行本数では近鉄の方が便利です。


写真使用数:40

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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