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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県海部郡飛島村:飛島中央コースTOBISHIMA CENTRAL

2015年5月探訪。2016年11月30日作成

【コース】 距離:約6.7km
 村役場周辺の施設を訪ね,飛島善光寺など竹之郷地区の社寺をめぐります。その後南側の広大な政成新田・新政成新田の田園地帯を歩きます。

飛島バス・飛島村役場バス停〜飛島村役場・郷土資料室〜すこやかセンター〜飛島学園〜飛島忠魂社〜飛島善光寺〜竹之郷神社〜古政神社〜宝珠寺〜本正寺〜奥田翁碑〜新政成神社〜ふれあいの郷〜飛島バス・飛島村役場バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:飛島バス(三重交通バス)・飛島村役場バス停



 今回のスタートは,飛島バスの飛島村役場バス停です。近鉄蟹江駅から所要は約20分,運賃は200円で,本数は平日は1時間に1〜2本,土曜休日は1時間に1本程度の運転です。バスの時刻を飛島村のホームページなどで確認して利用するといいでしょう。

飛島村役場
竹之郷3-1 [公式HP(外部リンク→)]



 バス停のところに飛島村役場があります。飛島村の情報などを手に入れるのに活用しましょう。飛島村は名古屋臨港地域からの税収が多く,市町村の財政指数が全国一であることが知られています。役場の庁舎も立派な建物です。役場周辺には,飛島村の中心部として施設がそろっていますので,それらを巡っていきましょう。



 役場の北東には,総合社会教育センターがあります。総合公民館,体育館などの設備が入った社会教育のための施設で,イベントなども行われます。



 公民館の2階には飛島村郷土資料室があり,昔の農業や暮らしの様子を伝える資料のほか,新田の干拓の歴史,郷土芸能や文化財,新田開発に尽力した津金文左衛門などの展示があります。見学を希望する場合は,申し込みをして部屋を開けてもらいましょう。

飛島村すこやかセンター
竹之郷3-46-1



 総合社会教育センターの東側を北上していくと,その先に飛島村すこやかセンターがあります。体力増進を図るトレーニングルームや温水プール,保健・福祉の相談を行うことができる保健センター,その他にも図書館,児童館,高齢者の家族を支援するためなどの地域包括支援センターの6つが入った総合施設で,平成8年(1996年)から運営が始まりました。



 すこやかセンターの西側には,平成22年(2010年)に開校した村内の小中一貫学校である飛島学園[公式HP(外部リンク→)]があります。愛知県初の小中一貫校で,2階建てのメディアセンターや充実した屋外施設などを備え,少人数教育や英語学習の推進など先進的な取り組みも行っているといいます。

飛島善光寺
元起3-26 [公式HP(外部リンク→)]



 飛島学園の南側から西へ400m強水路沿いの道を進み,県道を越えた先の突当りを右折するとすぐに飛島忠魂社があります。飛島村の各集落には氏神がありましたが,村全体の総社を設立したいと世論がままれ,大正14年(1925年)に創建されたものです。





 飛島忠魂社から南に戻ると,すぐに飛島善光寺(天台宗)があります。定額山と号し,この地方で流行していた信州善光寺の信仰に応えるために,明治32年(1899年)に善光寺から仏を迎えて仮堂が建設され,明治38年(1905年)に現在地に本堂が竣工しました。本堂は昭和19年(1944年)の東南海地震や昭和34年(1959年)の伊勢湾台風などで被害を受けましたが,当時からの雰囲気を今に伝え,堂内には本尊の善光寺如来が安置されています。入口の仁王門は大正8年(1919年)の建立で,立派な仁王像が設けられています。作者は熱田の人といいますが,詳しくはわかっていないといいます。他にも明治43年(1910年)完成の鐘楼堂など古い建物が残されていて,情緒を感じさせます。

竹之郷神社
竹之郷イロノ割36





 飛島善光寺からさらに水路の左手の道を南に200mほど進むと,左手に竹之郷神社があります。文化7年(1810年)に海東郡砂子村(現,大治町)の社人栗田築後の家から移したといいます。当時はここより東の低地にあったといいますが,安政3年(1856年)に社地を高台に移すようにお告げがあったため現在地に移りました。事実,その4年後の暴風で境内は流されたため,その予兆だったと言い伝えられています。大正6年(1917年)に境内地を寄進するなど尾張徳川家からも篤い崇敬を受けたといい,現在でも特に安産の神様として信仰が厚く,近隣からの参拝者が多く訪れるといいます。拝殿は伊勢湾台風で被害を受けた後の昭和40年(1965年)に再建されました。

古政神社
古政成2-4



 竹之郷神社の東側から出て,そのまま右折して南下し,「竹之郷」交差点で国道23号線を渡って200mほど進むと,左手に古政神社があります。文政9年(1826年)に2年間かけてこの付近の政成新田が開墾された際に創建されました。しかし,万延元年(1860年)に暴風のために堤防が決壊して耕地が流されたため,堤防上に仮安置され,明治21年(1888年)に現在地に移され,明治32年(1899年)に本殿や拝殿などが造営されました。昭和3年(1928年)に神明社から古政神社と改められ,伊勢湾台風で大きな被害を受けましたが昭和48年(1973年)に現在の建物が再建されました。境内には神木というクスノキをはじめ,小さな森があり鎮守の森の面影があります。

宝珠寺
政成新田104



 古政神社から北に戻り,次の筋を左折して100mほど進むと右手に進んだところに宝珠寺(真宗大谷派)があります。無上山と号し,かつては海東郡津島町の西福寺にあって宝珠院と称していましたが,元治元年(1864年)に蜂須賀村(現あま市)に,明治24年(1891年)に濃尾地震で倒壊したのち明治34年(1901年)に現在地に移されました。本尊の十一面観音は,元々この東に天保3年(1832年)に移された観音堂にあったもので,明治24年(1891年)に奈良長谷寺から勧請したというものです。伊勢湾台風で堂宇が流されたため,その後寺に移されました。本尊の十一面観音は高さ約50cmの寄木造で室町時代に京都で作られたといい,前立のもう一体の十一面観音は高さ約60cmで江戸後期の作と鑑定されています。その他にも親鸞聖人に関する寺宝を有しているといいます。

奥田翁碑
新政成1-8付近



 宝珠寺から戻って,筏川沿いの県道103号線を700mほど進むと,「政広橋東」交差点があります。この右手には筏川の穏やかな流れが広がっています。



 「政広橋東」の先の細い筋を左に入ると,すぐに本正寺(真宗大谷派)があります。七島山と号し,元は桑名郡楠村(現在の桑名市長島町北部)にあって,当時長島が七島と称していたことから七島山と号したと伝えられています。その後,境内が三川分流工事で長良川に堀割られたといい,明治29年(1896年)に現在に仮堂が設けられ,明治40年(1907年)頃に本堂が設けられました。



 本正寺から進んで広い通りに出たところには奥田翁碑[村史跡]があります。奥田翁こと奥田重三郎は文政12年(1829年)に現在の蟹江町鍋蓋新田で生まれ,幼いころから読書を好んで,若干23歳にて長崎に趣き『史記』を買い求めて読破したといいます。「農業こそわが生業」として農業生活を続け,明治12年(1879年)に大河内庄五郎,兄の重助らとともに新政成新田の開発を行い,後にこの地居宅を移しました。この碑は重三郎が亡くなった明治43年(1910年)に長男の啓次郎が建てたもので,彼も飛島村長や愛知県会議員を務め,地域の発展に尽くしたといいます。平成8年(1996年)に村の史跡に指定されて周辺が整備されました。

新政成神社
政成新田104





 奥田翁碑の左手を通る車道を600mほど進んでいきます。広大な田園地帯の眺めが見事です。進んだ先の右手には新政公園があります。並木もあって遊具も備えており,ウォーキングの休憩にも最適な公園です。



 新政公園からさらに東へ200m弱進んだ次の信号を右折し,200mほど進むと右手に新政成神社があります。明治12年(1879年)に3社の分霊を勧請して,政成新田の守護神として創建されました。明治40年(1907年)には立田村(現在の愛西市)に鎮座していた神明社を合祀しています。現在の建物は伊勢湾台風などで被害を受けて,昭和53年(1978年)に建てられたものです。境内には奥田重三郎が奉納したという石燈籠や日露戦役戦捷記念碑,土地改良碑などが建てられています。境内社には秋葉神社,水神社などがあります。



 なお,新政成神社から400mほど南下し,筏川沿いの道を東へ500m強進んだ「新末広橋東」の先には伊勢湾台風殉難之碑があります。昭和24年(1959年)の伊勢湾台風の殉難者の霊を慰めるために昭和38年(1973年)に設けられたもので,碑の裏面には村の殉難者の名前が刻まれています。

飛島村ふれあいの郷 [一部有料施設]
竹之郷5-43







 新政成神社の先の信号を左折し,200mほど先の筋を左折します。500mほど進むと川に突き当たるので,左手の橋を渡ってさらに500m弱北上し,国道23号線の下をくぐって進み,くぐった先の次の広い筋に突き当たったら右折すると,その先に飛島村ふれあいの郷があります。敬老センターなどを中心とした福祉施設で,施設内には天然温泉のふれあい温泉があり,温泉を楽しむことができます(有料)。また,施設内には広い公園があってゆっくりと休憩できるほか,無料で利用することができる足湯もあります。



 なお,ふれあいの郷の先100m進んで2本目の筋を左折し,100m先の水路を越えた先の筋を右折して700m強進むと,左手に梅之郷神明社があります。明治5年(1872年)に天照皇大神を勧請し,明治8年(1875年)に正式に遷宮されました。伊勢湾台風で被害を受けて昭和47年(1972年)に再建されたものです。境内西には昭和11年(1936年)に建立された排水機記念碑と土地改良碑があり,この地区の歴史が刻まれています。

ゴール:飛島バス(三重交通バス)・飛島村役場バス停



 ふれあいの郷から600mほど西に進んでいくと,ゴールの飛島村役場に到着します。ここから近鉄蟹江駅まで飛島バスを利用して20分ほどで戻ることができます。バスの時刻に注意してウォーキングの計画を立てるといいでしょう。


写真使用数:25

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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