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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県蟹江町:尾張温泉コースOWARI SPRING

2015年6月探訪。2016年11月19日作成

【コース】 距離:約7.7km
 町西部の日光川周辺を訪ねます。水郷風景を楽しむことができる公園や源氏,蟹江合戦に関する史跡と名湯百選に選ばれた尾張温泉を訪ねます。

近鉄・富吉駅〜日光川ウォーターパーク〜佐屋川創郷公園〜源氏塚公園〜大相撲ストリート〜足湯かにえの郷〜尾張温泉東海センター〜尾張稲荷神社〜風之宮社〜大野神社〜広覚寺〜大野城址〜(百保)神明社〜近鉄・富吉駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:近鉄・富吉駅



 今回は近鉄名古屋線の富吉駅がスタートになります。近鉄名古屋駅から準急,または蟹江駅で急行から普通に乗り換えると約12分,普通列車をずっと利用して約20分になります。富吉駅は近鉄名古屋線の車庫が併設されていて,準急・普通の一部は終点になっています。昭和39年(1964年)に周辺の宅地化が始まって新設された駅です。富吉駅の北側出口から出てスタートします。

日光川ウォーターパーク
蟹江新田銭袋101



 富吉駅の北口から出て右手に進み,近鉄の線路に沿って東に進んでいきます。右側には近鉄の富吉車庫があり,電車を見ながら進むことができます。







 約600m進んだら目の前にある日光川の堤防に上がる階段を上り,その先のサンサンブリッジの手前で左折します。さらに300mほど進むと左手に日光川ウォーターパークがあります。日光川と大膳川にはさまれた約5haの敷地を公園にしたもので,軟式野球やソフトボールのグラウンドも備えています。周囲に約1kmのランニングコースも整備されており,水郷風景を楽しみながら,ランニングやウォーキングも楽しめます。日光川は延長41kmで,江南市を源に伊勢湾に流れ込み,この付近では川幅も広く豊かな水をたたえています。

佐屋川創郷公園
蟹江新田札中地







 南に戻ってサンサンブリッジで日光川を渡り,そのまま左折して続いて右折して階段を降りると佐屋川創郷公園があります。なだらかに蛇行する佐屋川の景観を生かして整備された公園で,水郷の風景豊かで,蟹江町の花である花菖蒲も植えられ,町のシンボル的公園となっています。







 高さ13mの展望台が設けられており,晴れた日には蟹江町の水郷の風景から名古屋駅のビル群,鈴鹿・養老山系など360°の景色が楽しめるといいます。公園南側の泉緑地公園では芝生広場や遊具があり,人工滝や近鉄電車が走る様子を眺めることができて,子どもが楽しめる場所になっています。



 公園西側には図書館があり,2階にはギャラリーも設けられて写真展などのイベントが開催されます。





 図書館の裏には小酒井不木の生誕地碑が設けられています。探偵小説家として知られている小酒井不木は,明治23年(1890年)にこの付近で生まれたといい,大正10年(1921年)以降,多くの探偵小説を連載し,その草分け的存在として知られています。医学博士でもあったことから,科学的知識を生かした作品が特徴的です。江戸川乱歩らの才能を見出し,探偵小説の分野で活躍する後輩の育成にも尽力しました。SF小説のさきがけとなる作品を残している事でも知られます。昭和4年(1929年)に39歳の若さで亡くなりますが,その年には彼の小説は「小酒井不木全集」としてまとめられ,今でも多くの読者に愛されています。



 公園の北側は源氏緑地といい,別名こどもの森といって公園遊具などが設けられています。また,小中学生が設けた俳句板が設置されたこども俳句の道が設けられているほか,小酒井不木が俳人としても活躍していたことを表す俳句碑が住民有志によって設置されているといいます。

源氏塚公園
学戸7-170



 公園内を源氏池を右手に見ながら北東に進み,一番北東の出口から出たら右折して,その先の西尾張中央道の地下道をくぐって進んだ先には八幡社があります。この付近は源氏島といい,かつては所々に島が点在する地域でした。平治元年(1159年)に起きた平治の乱で源義朝が戦に敗れて東国に逃れる途中,この付近の島でしばらく休息し,蟹江の漁民から接待を受け,漁船で知多半島の内海まで送り届けられたと伝わっています。その後,人々はこの地を源氏の大将が休息した島ということで源氏島と呼ぶようになったといいます。なお,義朝はその後,野間にて地元の豪族の長田忠致の陰謀により39歳で非業の死を遂げています。この八幡社はその後,源氏の伝説の地に氏神である八幡神を勧請して創建されたもので,文政12年(1829年)銘の張り幕が残されています。





 八幡社から奥に進んだ先には源氏塚公園が整備されています。平成4年(1992年)に源氏塚の保存と水質浄化施設の設置のために設けられた公園で,園内には源氏塚が設けられているほか,蟹のモニュメントの噴水があるなど地域の憩いの場になっています。

足湯かにえの郷
西之森長瀬下65-46



 西尾張中央道に戻って約200m北上した「源氏」交差点を左折し,さらに200m弱進んだ次の信号を右折して車道の左側の歩道を進むと,やがて大相撲ストリートが見えてきます。尾張温泉に通じる道に二子山部屋・高砂部屋の力士の16名の足型が路上に設置され,元横綱の貴乃花や朝青龍のものもあります。享和元年(1801年)に龍照院で大日堂復旧に際して勧請相撲が行われたと記録があり,大関朝青龍の伝達式が龍照院で行われるなど,相撲と蟹江の街は何かと縁が深いといいます。



 さらに100mほど進んだ左手には,足湯かにえの郷があります。無料で利用できる源泉かけ流しの足湯で,最大で12名まで利用できます。観光客だけでなく地元の人たちの交流の場としても賑わっており,地域の人々との交流も楽しむことができます。

尾張温泉 東海センター [有料施設]
蟹江新田佐屋川西97 [公式HP(外部リンク→)]





 足湯かにえの郷の先の信号を左折すると,すぐ左手に尾張温泉東海センターがあります。源泉かけ流し100%で温泉が楽しめる入浴施設で,男女とも大庭園風呂と露天風呂を備えています。高温泉と低温泉を混ぜることによって,加水を行わず100%源泉を実現しているといい,愛知県内で唯一日本名湯百選にも選ばれています。尾張温泉は近隣の長島温泉が湧出したことから掘削が開始され,昭和41年(1966年)に掘削されて尾張温泉と命名されました。かつては歌謡ショーや大衆演劇なども催され,ホテルも併設されていましたが,平成25年(2013年)からは日帰り温泉施設として営業しています。



 元々ホテルもあったことから館内は広く,スペースを利用して地域の特産品などの販売も行われます。



 尾張温泉東海センターの先の突当りを左に進んだ先には尾張稲荷大社があります。温泉が湧出した昭和41年(1966年)に京都の伏見稲荷大社から勧請して創建されたもので,商売繁盛,家内安全,交通安全祈願などに御利益があるといいます。手水舎のお湯が温泉になっているユニークな神社で,温泉の守護神にもなっています。



 尾張稲荷神社からさらに100m南下して,次の筋を右手前方向に進むと右手に風之宮社があります。慶安4年(1651年)の修造といい,この付近に設けられた観音寺新田の鎮守神として勧請したといいます。



 また,さらに100m強進んだ右手には佐屋川があり,釣り堀も見えるなど水郷風景を感じることができます。

大野神社
愛西市大野町郷西235





 その先の県道29号線に突き当たったら左折して400mほど進み,橋を渡って愛西市に入ったら4本目の先の接骨院の先を左折し,さらに次の筋を右奥方向へ,その次の筋を右折すると,右手に大野神社が見えてきます。大正3年(1914年)に大野村の秋葉社,神明社,八幡社の3社を合祀して誕生しました。それぞれの神社の創建は不詳ですが,神明社には明和6年(1769年)の棟札,八幡社には元禄7年(1694年)の棟札が残されていることから,江戸中期以前の創建と考えられます。例大祭は10月10日に行われ,毎月10日に月次祭が行われます。





 大野神社の前から東に戻り,次の筋を右折して南下すると50m強先の右側に広覚寺(真宗大谷派)があります。海東山と号し,創建は不詳ですが三河野寺(現,安城市)の本証寺の末寺で,明暦年中(1655〜58)に現在地に移されたといいます。

大野城址
愛西市大野町郷前218



 広覚寺から進んで突当りを左折し,200m弱進んだ2本目の筋を右折して200mほど進むと,左手に大野城址[愛西市史跡]が見えてきます。戦国時代に蟹江城の支城として建築され,天正12年(1584年)に豊臣秀吉と徳川家康が対立して小牧・長久手の戦いが起こり,続いて蟹江合戦が起こった際,大野城主だった山口重政は母親を人質にとられながらも徳川方につき,城を守り切って徳川方を勝利に導いたといいます。現在の石碑は昭和54年(1979年)に建てられたものです。城の遺構などは残っておらず,碑だけが昔を伝えています。



 そのまま300mほど南下し,幼稚園の建物の手前の交差点を右折し,200mほど進んだ4本目の筋を左折し,続く分岐を右に進んで200mほど進んだ突当りにある横断歩道を渡ってそのまま右にある筋を50mほど北西に進むと,右手に百保の神明社があります。寛文3年(1663年)に創建されたといい,熱田神宮の祠官である磯部氏の持内だったといい,熱田神宮の支配がこの付近に及んでいたことを物語っているといいます。文化3年(1806年)に四十五歩の御除地があったと記録が残っています。

ゴール:近鉄・富吉駅



 戻って県道に合流したら県道を100m弱南下して,近鉄の踏切の1つ手前の筋を左折して200mほど進むとゴールの富吉駅北口に到着します。準急が1時間に2本程度,普通列車が1時間に3本程度名古屋方面に運転されています。準急または普通で蟹江駅で急行に乗り換えると,約12分で名古屋駅まで戻ることができます。


写真使用数:33

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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