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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県稲沢市:木曽川コースKISOGAWA RIVER

2018年6月探訪。2018年7月9日作成

【コース】 距離:約9.2km
 市西部の木曽川沿岸をめぐります。木曽川祖父江緑地などの木曽川の自然を楽しめる公園と,木曽川と人々との関わりを感じる文化財を訪ねます。

≪コース≫ 名鉄バス・南外山バス停〜雲正寺〜祖父江ふれあいの郷〜来遊寺〜歓喜院〜刈萱堂〜県営木曽川祖父江緑地〜木曽三川公園ワイルドネイチャープラザ〜〜馬飼大橋〜神明津の水屋〜良満寺〜(神明津)神明社〜地泉院〜地泉院バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄バス・南外山バス停



 スタート地点の名鉄バス・南外山バス停は名鉄一宮駅のバスターミナルから西中野行のバスに乗車して約26分で行くことができます。本数は朝夕が1時間に1本,昼間は2時間に1本程度しかありませんので,バスの時刻はあらかじめ調べてから利用しましょう。名鉄バスのホームページで時刻の検索をすることができます。

雲正寺
祖父江町祖父江上沼32 [公式HP(外部リンク→)]





 南外山のバス停から西に100m弱進んだ,止まれ標識のある十字路を左折して南下します。200mほど進むと一宮市から稲沢市に入ります。さらに100mほど進んだ突当りを右折し,続く筋を左折して少し進むと右手に雲正寺(真宗大谷派)があります。日照山と号し,元々は津島にあった時宗の西福寺だったといいます。1700年頃,この付近にあった武山正泉寺が羽島市に移転して住民が寺の参詣に苦労しているのを見かねて,雲正が現地に移転し真宗に改宗しました。その後,雲正の孫雲入を開基としてが元文元年(1736年)に雲正寺が創立したといい,天文4年(1739年)に寺号が許可されたといいます。明治24年(1891年)の濃尾地震で本堂が倒壊し,参拝に来ていた人が梁の下敷きになって死亡したといい記念の墓が残されています。木曽川沿いの昔ながらの雰囲気が残るお寺になっています。

祖父江ふれあいの郷 [有料施設]
祖父江町祖父江柿ノ木104-1





 雲正寺から南下して続く筋を右折し,さらにすぐに左折します。その次の筋を右折して100m弱進むと祖父江ふれあいの郷があります。天然温泉を楽しむことができる日帰り入浴施設で,露天風呂も備えられ,1回200円の格安の値段が魅力で地元の人々を中心に人気の施設です。入口には源泉を利用した足湯も設置されています。休憩室や子ども向けのプレイルームも備えられるため,ウォーキング終了後の休憩などにも適しています。敷地内には桜並木も整備され,春には桜見物に訪れる人も多いといいます。

来遊寺
祖父江町祖父江八反畑245





 祖父江ふれあいの郷の入り口から道なりに400mほど南下すると(祖父江八反畑)神明社があります。明暦2年(1656年)に,祖父江町を支配した横井氏によって勧請されたといい,祭神は豊受皇大神です。





 社殿の横から東方向に抜ける道を通り,100mほど先の突当りを右折した先には来遊寺(真宗大谷派)があります。園林山と号し,長島一向一揆に関わったという性源が無常を感じ,長島の天台宗善明寺の僧となったといいます。のちに浄土真宗に改宗し,東に位置する祖父江寺内に善明寺を建てましたが,水害にあって現在地に移されたといいます。村人から「流れ寺」と呼ばれたといいますが,このころに来遊寺と号するようになったといいます。





 来遊寺から南に100mほど進んで次の十字路を右に入ったところには豊福稲荷社がまつられています。

歓喜院
祖父江町祖父江下沼226



 豊福稲荷社から東に戻って150m進み,止まれ標識のある十字路を右折します。そのまま道なりに500mほど南下した止まれ標識のある交差点を左折し,続く分岐を左の細い路地に入ります。すると100mほど進んだ先に歓喜院(浄土宗鎮西派)があります。隋光山と号し,享保年間(1716〜36)の創建といいます。かつては尾張七福神の弁財天の札所だったといいますが,現在は西の刈萱堂が札所になっています。弁財天は水の神様で七福神で唯一の女性の神様です。智恵の神様としても知られるといい,多くの霊験があるとして厚い信仰を受けているといいます。南には祖父江幼稚園があり,ここにも古くからの建物が残されています。

刈萱堂
祖父江町祖父江江西147 [公式HP(外部リンク→)]





 歓喜院から西に戻って,広い筋に合流したらそのまま西へ300mほど進み,祖父江緑地の手前の十字路を右に入ったところに刈萱堂があります。昭和9年(1934年)に善光寺東海別院の開創に尽力した諦住上人が信州刈萱堂往生寺から親子地蔵尊を迎えて創建し,尾張の刈萱堂として信仰を受けています。昭和61年(1986年)に尾張七福神が開創され,現在も毎月7日には参拝のためのバスが運転されているといいます。七福神の霊場として延命長寿に御利益があるという寿老人がまつられていて霊水の延命水が有名といい,歓喜院から引き継いで弁財天の霊場にもなっています。尾張地区の刈萱堂として高野山の刈萱堂と同様に,刈萱道人と石童丸との悲話である刈萱物語の絵解きが行われるといいます。また,ボケ防止などの御利益があるという観音も有名といいます。

県営木曽川祖父江緑地(サリオパーク祖父江) [一部有料施設]
祖父江町祖父江鍋島132 [公式HP(外部リンク→)]







 刈萱堂の南側の十字路を西に150mほど進むと県営木曽川祖父江緑地の入り口があります。面積は5.7haにおよび,木曽川が形成した珍しい河畔砂丘である祖父江砂丘に設けられたことから,西の木曽三川公園ワイルドネイチャープラザとその南の市営ワイルドネイチャープラザ緑地の3つを総称して「サリオパーク祖父江」の愛称(砂の「サ」とポルトガル語で川の意味がある「リオ」を組み合わせたもの)があります。入ったところにある冒険広場はいちょうランド,ぎんなんランドなどに分けられ,70mローラーすべり台など珍しい遊具もあって多くの子どもたちで賑わいます。その他にもバーベキュー場,芝生広場,健康器具が備わったトリム広場などもあり,7〜8月にはプールもあって1日じっくりかけて遊ぶことができます。公園内にはウォーキングコースも整備され,散策も楽しむことができます。毎年10月上旬には隣接するワイルドネイチャープラザも一緒に稲沢サンドフェスタが行われ,この公園内でも様々な模擬店が出たり,イベントが行われたりと賑わいます。

木曽三川公園ワイルドネイチャープラザ(サリオパーク祖父江)
祖父江町祖父江宮西 [公式HP(外部リンク→)]





 県営木曽川祖父江緑地の展望広場のところの出口から道路を渡ると,木曽三川公園ワイルドネイチャープラザがあります。河畔砂丘である祖父江砂丘に設けられ,入り口から右に進んだところには砂丘の地形がみられます。





 そのまま木曽川の方に進んだ先には,木曽川の眺めが楽しめる河畔デッキがあります。晴れた日には遠く養老山地も見える雄大な景色が楽しめます。ウインドサーフィンなどの水上スポーツのメッカとして知られ,休日などを中心に水上スポーツを楽しむ人々で賑わいます。





 そのまま木曽川に沿って400mほど南下していくと,木製遊具などが整備されたアスレチック広場とバーベキューが楽しめるピクニック広場があり,家族連れなどで賑わいます。10月の稲沢サンドフェスタの際には「砂の造形展」が公園内で行われ,多くの砂の彫像が公園内を彩ります。また年間を通じて多くのイベントが行われ,家族連れなどに人気のスポットになっています。





 ワイルドネイチャープラザから木曽川沿いに南に進んでいくと,市営ワイルドネイチャープラザ緑地があります。野球場2面,ソフトボール場3面と芝生広場が設けられ,スポーツを楽しむ人々で賑わっています。堤防上から見ると,木曽川と養老山地,南には馬飼大橋の雄大な眺めも楽しむことができます。



 ワイルドネイチャープラザ緑地から堤防上の道路をはさんで反対側(「拾町野」交差点から北200mほど)には(拾町野)八幡社があります。

白髭神社
祖父江町四貫宮屋敷187





 ワイルドネイチャープラザから木曽川の堤防上の道路を南下すると「拾町野」交差点に至るので,そのまま400m弱南下して横断歩道のある十字路を越えた次の筋を右折します。さらに100mほど進むと白髭神社があります。祭神は猿田彦命といい,洪水の前夜に白髭の老婆が夢枕に立って村民に避難を勧告したという白髭伝説に基づいて設けられた神社といいます。木曽川からの水害を防ぐ目的で設けられた神社と考えられます。

利水神社
祖父江町馬飼寺東



 白髭神社の南側の鳥居のところを右手に進み,続く突当りを左折し,さらにその先の分岐を右手に進みます。さらに次の十字路を右折して,2つ目のT字路を左折すると100mほど先に正受寺(真宗大谷派)があります。徳永山と号し,創建は不詳ですが正保4年(1648年)に現在地に移転したといいます。



 正受寺の右側の筋を北上して堤防のところまで出たところに利水神社があります。木曽川の水を利用する人々によって木曽谷弁天龍王が勧請されて祀られたものといいます。神社にはこの付近の治水の歴史についての解説板が設けられています。かつてはこの付近で佐屋川が分かれ水運や農業用水など豊かなめぐみをもたらしていましたが,氾濫などの被害もあって明治33年(1900年)に廃川になり佐屋川用水が設けられました。現在は南の馬飼頭首口を水源とする海部幹線水路が整備され,支流を含めて全長37.5kmに及ぶ水路が濃尾平野を潤しています。木曽川の治水に尽力した人々に思いを馳せてお参りするといいでしょう。

馬飼(まかい)大橋(馬飼頭首口)
祖父江町馬飼



 治水神社から木曽川の堤防に上がって左折し,木曽川を右手にして進んでいきます。自動車の交通量が多いので注意しましょう。少し進んだところには,海部幹線水路の取水口になっています。



 水路の取水口の先には馬飼大橋があります。稲沢市祖父江町馬飼と岐阜県羽島市桑原町とを結ぶこの橋は昭和51年(1976年)に供用され,それまで八神の渡しで渡っていた木曽川が橋で渡れるようになりました。この付近は晴れた日には遠くに養老山地を望む見事な景色を楽しめます。この橋は木曽川の取水を行う可動堰である馬飼頭首口になっており,別名木曽川大堰とも呼ばれます。ここから大治浄水場までの水路を通じて名古屋市に上水道を供給しているほか,三重県と濃尾地方にも上水道や工業用水などを提供しています。





 「馬飼大橋東詰」交差点を越えて先の分岐を左に進んで堤防を下り,突当りを左折して続く筋を右折し100mほど進むと右手に(馬飼)八幡神社があります。旧指定村社といい,馬飼地区では古くから信仰された神社といいます。かつてこの付近には木曽川堤防に一本松という名木があったといいますが,伊勢湾台風で倒壊したといいます。

神明津の水屋
祖父江町神明津東平2658付近



 (馬飼)八幡神社から東方向に進んで突当りを右折して水路沿いの道を400m強南下します。突き当たったら右折し,続く筋を左折してさらにその先の突当りを右折します。すると少し先の左手に(神明津)秋葉社があります。勧請時期は不詳ですが,防火の神様が祀られています。
 なおこの東の神明津地区内の個人宅の庭には栄信(神)イチョウ[市天然]の原木があります。先祖の栄次郎氏が植えたもので,栄次郎の栄と神明津の神(信)から名付けたといい,この地域で栽培される栄神というブランドで出荷されるギンナンの原木になっているといいます。伊勢湾台風で被害を受けたそうですが,まだまだ立派な木だといいます。



 (神明津)秋葉社から社殿の背後の道を左に100m強進むと左手に水屋[市文化]があります。安政4年(1857年)に建てられたもので,水害に耐えるために高さ2.7mに及ぶ石垣が築かれ,その上に蔵兼非常用の住居となる建物があり,近くには船泊め用の松の木が植えられています。かつては輪中地帯に多く見られた水屋ですが,祖父江地区ではこの建物のみが残されています。



 水屋から50mほど進んだ分岐を左に進み,200mほど細い道を進みます。この付近は田園地帯に木曽川の背後の養老山地を望める景色が楽しめます。



 進んだ先には霊門寺があります。江戸時代は毘沙門堂と呼ばれたといいます。天保村絵図かつてこの付近には木曽川を行き来する船や木曽川の流木の管理を行う神明津の番所があったといいます。

良満寺
祖父江町神明津中砂原912





 霊門寺の前から400m弱ほど道なりに南方向に進み,突当りになる1つ手前の筋を右に入った先には良満寺(真宗大谷派)があります。諸兄山と号し,天文6年(1537年)の創建と伝わっています。木曽川改修のために明治31年(1898年)に現在地に移されました。この少し北には神明津の渡しがあったといい,対岸の羽島市桑原町小藪と海津市海津町成戸への2方向の渡しがあったといいます。

(神明津)神明社
祖父江町神明津中砂原931-1





 良満寺から東に戻って続く筋を右折し水路沿いに進んでいきます。そのまま水路を右に見ながら300mほど南下し,水路を渡る橋を渡ったらすぐに右折して100mほど道なりに進むと右手に(神明津)神明社があります。創建は不詳ですが,最古で大永2年(1522年)の棟札があるといいます。尾張志によるとかつては神明社と土の社の2社あったのが慶長年間(1596〜1615)に土の社を神明社の相殿に移したといいます。「尾張名所図会」には信濃から伊勢神宮の旅人が川船でここまで下り,神明社を拝んでから伊勢に向かったと紹介されています。境内には航海安全のために琴平社が祀られているといいます。



 神明社から西の木曽川の堤防には,201本もの松並木が立ち並びます。冬の厳しい伊吹おろしから集落を守るために植えられた松並木で,見事な景観となっています。

地泉院
祖父江町神明津西下縄231 [公式HP(外部リンク→)]









 (神明津)神明社から木曽川の堤防沿いの道を500mほど南下します。車の通行量が多いので注意しましょう。進んだ先にある左手の階段を降りた先には地泉院(真言宗智山派)があります。春光山と号し,張州府志によると行基が自ら彫ったという地蔵尊を持つ長岡山長楽寺という寺で12坊があり,地泉院はそのうちの1坊だったといい,応永年間(1394〜1427)には大須真福寺(現・岐阜県羽島市)3世が兼務したといいます。古くは後村上天皇(在位1339〜68)の皇后が御懐妊した際にこの寺の地蔵菩薩を安産祈願したことから天皇勅願の安産祈願所となり,子安延命地蔵尊として近隣から篤い信仰を受けるようになったといいます。尾張徳川家にも信仰を受け,本尊を収めた厨子は尾張徳川家から寄贈されたものといいます。毎年11月に木曽川河畔で行われる地蔵流しがよく知られ,多くの参拝客で賑わうといいます。他にも円空作の釈尊像や尾張七福神の大黒天もまつられています。

ゴール:稲沢市コミュニティバス・地泉院バス停



 地泉院の前にあるバス停がゴールになります。稲沢市コミュニティバスの祖父江稲沢線を利用して,名鉄森上駅まで約20分,名鉄国府宮駅まで約50分で行くことができます。本数は1日4本で休日などは運休になりますので時刻をあらかじめ確認して利用しましょう。バスを利用しない場合は,最寄りの名鉄上丸渕駅まで約5.5kmを歩くことになりますので,現実的にはタクシー利用になるでしょう。




写真使用数:48

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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