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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県あま市:七宝南コースSHIPPO SOUTH

2015年5月探訪。2017年4月15日作成

【コース】 距離:約7.5km
 七宝地区南部の桂・川部・鷹居・伊福・下之森・鯰橋地区をめぐります。法光寺・広済寺・東光寺・伊福部神社など昔からの社寺を訪ねます。

名鉄バス・七宝庁舎バス停〜法光寺〜桂六地蔵〜(桂)八剱社〜広済寺〜(桂)神明社〜玉泉寺〜日妙寺〜河葉神社〜吟松寺〜洲原神社〜(鷹居)春日神社〜宝長寺〜伊福部神社〜東光寺〜下之森八幡社〜徳念寺〜名鉄バス・鷹居バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄バス・あま市七宝庁舎前バス停



 スタート場所は名鉄バスのあま市七宝庁舎前バス停です。地下鉄東山線の中村公園駅からの利用が便利で,津島・大坪方面行のバスに乗車して所要時間は約15分,本数はおよそ10分間隔です。名鉄バスセンターや栄から直接利用することもできます。中村公園駅からのバスを降りた西行のバス停の所からスタートしましょう。

法光寺
七宝町桂郷内1608



 七宝庁舎前バス停から東へ進み,秋竹西橋を渡った先を右折して川沿いに進みます。この付近は川沿いに桜並木が並ぶ花の名所になっています。



 その先の織田橋を渡った先にはあま市七宝庁舎があります。七宝地区の様々な観光情報などを手に入れるのにも活用できます。





 川沿いを南下して,その先の地下トンネルをくぐった先には法光寺(真宗大谷派)があります。月桂山と号し,古くは天台宗でしたが大永年間(1521〜28)に浄土真宗に改宗しましたが,永禄年中(1558〜70)に廃寺になったといいます。天正年間(1573〜92)に浅井長政の嫡男が岡崎の家康を訪ねて,野寺(現在の安城市)の本証寺にて仏門に入って当寺を継いで再建され,尾張藩祖義直が300石の寺領の寄進を申し出たり,住僧の弟を藩の鷹匠に召し出したりなど尾張藩ともゆかりの深い寺院といいます。



 境内の元和4年(1618年)の銘がある梵鐘[市文化]は,遠江国周智郡(現在の静岡県袋井市)村松の神明社に久野城主の藤原宗成が寄進した名鐘といい,明治維新の神仏習合で処分され,明治10年(1877年)に当寺に移されたもので,貴重だったため戦時中の供出も免除されて現在に至ります。



 法光寺の先の突当りを左折して100mほど進んだ右手の森のところに桂の六地蔵があります。蟹江合戦で敗走し,秋竹で切腹した武士の遺骨を引き取った僧が,その冥福を祈って刀剣とともに葬って建立されたという説と,法光寺の開祖が父の死去によって,その墳墓の傍らに六地蔵を安置したという説と2つの説があります。

(桂)八剱社
七宝町桂郷附15





 桂六地蔵の先の筋を右折し,その先の交差点を右折します。さらに200m強進んで道なりに左折し,その先の分岐を右に進むと(桂)八剱社があります。創建については,寛文12年(1672年)に建立し,元禄3年(1690年)に再興されたとの棟札が残されています。桂地区には,織田弥十郎の居城である桂城,織田信長の庶弟で勘十郎と称したという織田信次の居城である深田城があったといいますが,今は完全に田野と化してしまったといいます。戦国時代には織田家がこの付近で覇権を争っていたことを感じられます。

広済寺
七宝町桂寺附1679





 (桂)八剱社のところを南に進んで,続くコンビニのところの交差点を右折して200m弱進むと,右手に広済寺(曹洞宗)があります。天桂山と号し,尾張徇行記によると嘉吉元年(1441年)に安芸広島正光寺の主僧天真和尚によって鎌倉義教公に賜って帰宅する際にこの地で創建されたといい,末寺72を有したといいます。天文年間(1532〜55)に織田大和守敏定により自筆の天桂山広済寺の額字を賜り,八町四反の寺産を寄附があったといいます。天正10年(1582年)の蟹江合戦の際は戦場の1つになったと伝わっています。文化財には食事などの合図に打ち鳴らす禅宗特有の法具である雲版[市文化]があり,宝暦11年(1761年)に尾張の水野平蔵家(鋳物師として有名な水野太郎座衛門家の分家)の作といいます。



 広済寺から戻って2本目の筋を右折し,100mほど進むと右手に(桂)神明社があります。



 さらに200mほど進んだ2つ目の十字路を右折すると,100mほど先に七宝総合福祉センターと七宝グラウンドがあります。ウォーキングの休憩地点として活用できます。

玉泉寺
七宝町川部二屋敷22



 七宝総合福祉センターから西の蟹江川沿いに進み,丸田橋で蟹江川を渡って100m強進んだ4本目の筋を左折し,さらに100m強先の2本目の筋を右折したところに玉泉寺(曹洞宗)があります。延命山と号し,応永12年(1394年)創建という古刹で地蔵菩薩を本尊として開基しました。天正6年(1579年)に広済寺の末寺となり,慶長17年(1596年)に寺院の列に加わったといいます。江戸時代には本堂のほかにも開山堂,釈迦堂があり,西向きにも山門が設けられ現在の倍以上の敷地があったといいます。明治24年(1891年)の濃尾地震で庫裡以外の建物が倒壊し,その後現在の伽藍が整備されたといいます。

日妙寺
七宝町川部瀬木戸42



 玉泉寺から100mほど進んだ突当りを左折し,続く筋を右折します。さらに100m強進んだ突当りのところに日妙寺(日蓮宗)があります。善覚院と号し,かつてこの地に真言宗密勝寺という大伽藍がありましたが,弘長元年(1261年)に日蓮上人が鎌倉から京に向かう途中,佐屋川西堤の現在地付近で密勝寺の住職が問答を申し込んだといいます。結果,密勝寺の住職が負けて屈服して寺を日蓮宗に改宗し,日蓮上人の弟子の日妙上人と改称しました。その後,寺は萱津(甚目寺地区)へと移されて,妙勝寺となりますが,明治2年(1869年)に旧蹟に善覚院日妙堂を建立して妙勝寺の奥の院とし,終戦後に現在の寺名になりました。愛知県には数少ない日蓮上人の問答霊地として,明治期には多くの参拝客が訪れたといいます。

河葉神社
七宝町川部三屋敷14-1





 日妙寺から東に戻って,突当りを右折して南下し,続く筋を左折して100m強進むと左手に河葉神社があります。創建は不詳ですが文治年中(1190年頃)に正四位の神位を授けられたと伝わり,天正2年(1574年)に摂社の山王社と神明社が遷座し,本社とともに大造営したという記録がある古社です。その後濃尾地震や伊勢湾台風でも被害をうけ,現在の拝殿は昭和38年(1963年)に再建されたものといい,その前年に川辺公民館が境内に再建されたといいます。



 河葉神社の先を右折して,100m強進んだ3本目の筋を右折し,さらに次の筋を左折すると吟松寺(真宗大谷派)があります。創建は不詳ですが往古は海西郡戸倉村(現,愛西市)にあって天台宗でしたが,円通の代一向宗に改宗し,延宝年間(1673〜81)に現在地に移されたといいます。





 吟松寺から先の筋を右折して続く筋を左折し,さらに水路を渡った先の筋を右折して,続く突当りを左折し,2本目の筋を右折して100mほど進んで広い筋に出たら左折して少し進むと,左手に洲原神社があります。

宝長寺
七宝町鷹居3-68



 洲原神社から300mほど進み,3本目の歯科のある交差点を左折して道なりに150mほど進むと左手に(鷹居)春日神社があります。創建は不詳で,天児屋根命と他に秋葉社もまつられ,建物は大正7年(1918年)に完成したものといいます。



 春日神社に隣接して宝長寺(曹洞宗)があります。創建は不詳ですが尾張徇行記には薬師堂と記載があり,本尊は薬師如来で現在は広済寺の末寺となっています。この付近の地名は元々「小家」といい,小家では文字が貧弱だということから「高家」となり,それが転じて鷹居になったといいます。



 宝長寺から進んで先の突当りを左折し,さらに100m強進んだ2本目の筋を右折し,さらに突当りを右折すると小切戸川にかかるふれあい橋が見えてきます。この橋を渡った北東側には藤棚もあり,川の自然を感じながら休憩することができます。

伊福部神社
七宝町伊福宮東64





 ふれあい橋を渡って左折して川沿いを北に進み,200mほど進んだ2本目の筋を右折して150mほど進むと左手に伊福部神社があります。伊福地区の氏神で,この付近を支配したという伊福部連(むらじ)が先祖を祀るために天平2年(730年)に創建したという古社です。伊福部連は壬申の乱(672年)の際に大海人皇子側について勝利に貢献した尾張連の一族といい,以来,皇室や熱田神宮とも深い関係のある神社として発展したといいます。かつては13か村にわたって氏子が存在し,祭礼は大いに賑わったといいます。明治25年(1892年)に熱田神宮西方に祀ってあった八百万神の本殿を移して現在の本殿になったといい,昭和31年(1956年)には付近の村上神社,八幡神社,津島神社を境内に移しました。



 境内には明治22年(1889年)に建てられた伊福郷之碑があり,伊福の地名の由来や伊福部連について記されています。

東光寺
七宝町伊福弐之割36





 伊福部神社の入り口からまっすぐ南下して100mほど進むと左手に東光寺(天台宗)があります。薬王山と号し,創建は天平年間で行基菩薩による開基と伝わり,江沼宮内という人物が修行中に行基菩薩にあって招待し,国土安全のために伽藍を建立したのが始まりといいます。明治以前は明眼院(大治町)の末寺でしたが,昭和17年(1942年)に独立したといい,その後戦災で本堂などが被害にあって再建されて現在に至るといいます。本尊は阿弥陀如来で境内の薬師堂には薬師如来がまつられ,ともに行基菩薩の作と伝わります。境内には安寧祈願の木と呼ばれるクロガネモチがあり,昭和20年(1945年)に焼夷弾で被害を受けるもいまだに成長を続ける木といいます。特徴的な山門など見所が多い寺院です。





 東光寺の先の突当りを左折し,その先の筋を右折し,2本目の筋を右折した先には盛願寺(真宗大谷派)があります。松永山と号し,創建は正徳年中(1711〜15)と言われていますが,寛文元年(1661年)に守綱寺(名古屋市中区)にいたという芳松院が移住し,再興したとも伝わっています。



 戻って突当りを右折して南下し,そのまま道なりに100m強南下して県道に出たところを左折した先には観音寺(真言宗)があります。

西光寺
七宝町下之森屋敷656



 観音寺から戻って郵便局の前の横断歩道を渡ってそのまま南下して100m弱進むと,延命地蔵尊が設けられています。



 その先には西光寺(浄土宗)があります。寛永年間(1624〜45)に度会郡有田村(現在の玉城町北東部)に建立された西光寺が,荒廃したために大正2年(1913年)にこの地移されたものといい,この付近に住む山田作右エ門氏が長女を17歳の若さで失ったため,その菩提を弔うために建立したといいます。

順正寺
七宝町下之森屋敷639





 西光寺の先の筋を左折した先には順正寺(真宗大谷派)があります。富田山と号し,創建は不詳ですが伝説によると清洲にて聖徳太子により創建され,寿永3年(1184年)には木曽義仲追討の際には祈願所になったといいます。その後,義仲に縁のある朝日丸が出家して義延と名乗って住み,天台宗に改宗したといい,永正11年(1515年)に浄土宗に改宗し,その後名古屋に移されたといいます。永禄元年(1558年)に僧良俊により西ノ森という場所に再興され,天正年間(1573〜93)に西ノ森にあったものが現在地に移されたといいます。

下之森八幡社
七宝町下之森屋敷625





 順正寺から戻って突当りを左折して南下し,次の筋を右折して道なりに100mほど進むと右手に下之森八幡社があります。創建は不詳ですが慶長4年(1599年)に修繕したと記録があり,祭神は天照大神で他にも稲葉社,秋葉社が設けられているといいます。毎年2月11日には下之森オコワ祭[市民俗]が行われます。これはお櫃に入れたオコワを荒縄で編んだコモ網と言われる袋に納め,それを石に何度もたたきつけて餅状になったオコワを奪い合って,厄除けや五穀豊穣を祈願する珍しい祭です。このオコワを食べると夏病みしないと伝えられています。

徳念寺
七宝町鯰橋1-35





 下之森八幡社から西に進んで,県道に突き当たったら右折して100mほど進み,「伊福」交差点で左折して500m弱県道を進み,「鷹居グランド南」交差点の1つ手前の細い筋を左折したら,少し先に徳念寺(真宗大谷派)があります。高台山と号し,伊勢国猪飼郷(現在の桑名市多度町)の城主だったという小串氏の一族である西光法師によって創建されたといい,文明10年(1478年)に猪飼城から高台寺村に移住して村にあった宝蔵寺の住務となり,永正2年(1505年)に現在地に移転しました。天文12年(1543年)に本願寺に帰依して本願寺の実如上人から六字名号を賜り,また証如上人から本尊像を授与され,現在の寺号が与えられたといいます。山門は高台寺村から移築されたと伝わるものといい,同寺内の境内にある七宝南部保育園は昭和5年(1930年)開設の農繁期託児所を起源に持つ歴史があるといいます。





 徳念寺から100mほど進み,突当りを右折して100mほど進むと熊野社があります。元和元年(1615年)頃,伊豆下田の武家から知多大野の移住した一族の分家が勧請したものといい,寛永12年(1635年)以降の江戸時代の多くの棟札を所有するといいます。

ゴール:名鉄バス・鷹居バス停



 熊野社から戻って,次の筋を左折して100m強進むと県道に戻ります。ここを右折した少し先にゴールの名鉄バス・鷹居バス停があります。地下鉄東山線岩塚駅,名鉄バスセンター方面にバスが運転されていますが,本数は30分に1本程度なのでバスの時間をあらかじめ調べておくといいでしょう。


写真使用数:42

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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