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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県丹羽郡大口町:大口南コースOGUCHI SOUTH

2017年12月探訪。2017年12月23日作成

【コース】 距離:約6.5km
 町南部の五条川周辺をめぐります。古墳や堀尾氏の邸宅跡などの川周辺の史跡や文化財とともに,五条川周辺の桜並木を楽しむこともできます。

≪コース≫ 大口町バス・大之瀬橋バス停〜堀尾跡公園〜八剱社〜桂林寺〜地蔵寺〜天神社〜諏訪神社〜桜塚古墳〜長松寺〜しょうねん塚古墳〜(大屋敷)神明社〜大日塚古墳〜八王子神社〜大口町歴史民俗資料館〜大口町バス・大口町役場バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:大口町コミュニティバス・大之瀬橋バス停



 スタート地点は岩倉川にかかる大口町コミュニティバスの大之瀬橋バス停です。名鉄犬山線の布袋駅から大口町コミュニティバスの南部ルートで約5分です。一部経由しない便もあり,バスの本数も多くないですので利用する場合はあらかじめホームページなどで時刻を確認しておきましょう。バスを利用しない場合でも,名鉄布袋駅から東へ約1.2km,徒歩約15分で来ることができますので余裕があれば歩いてもいいでしょう。

堀尾跡公園
堀尾跡1-50





 大之瀬橋から五条川に沿って川を左に見ながら北上します。この付近は15km以上続く五条川の桜並木が続く場所で,尾北自然歩道として遊歩道が整備されています。桜の時期はより楽しくウォーキングが楽しめるでしょう。約300m進んだ次の橋を渡ると大口クリーンセンターがあります。この付近で排水された汚水などを浄化して,五条川に流す施設になっています。ここからさらに五条川の北側を桜並木に沿って進んでいきます。









 大口クリーンセンターから東へ300mほど進むと,堀尾跡公園があります。堀尾金助とその母による慈愛物語『裁断橋物語』をテーマにした歴史公園で,かつて熱田(名古屋市)の精進川に架かっていた裁断橋と隣接して建っていた姥堂が復元されています。天正18年(1590年)に,この地出身の堀尾金助は初陣で小田原の戦いに出発することになり,金助の母は無事を願って当時熱田神宮付近にあった裁断橋まで見送りに行きました。しかし願いもむなしく金助は戦死してしまい,母は金助の供養のために私財を投げうって息子と別れた裁断橋を架け替えました。元和7年(1621年)の金助の33回忌に再び裁断橋を架け替え,その擬宝珠に母の想いを刻んだことから広く語り継がれるようになりました。現在,裁断橋はなくなりましたが熱田には跡碑があり,擬宝珠は名古屋市の指定文化財となって現在は名古屋市博物館に保管されています。この裁断橋は平成8年(1996年)に「尾張名所図会」などを参考に忠実に再現されたものです。公園内には裁断橋物語が描かれたタイルがあり,物語をしのぶことができます。裁断橋広場の東側にはステージが設けられ,雅・宴・舞・会と文字が刻まれています。

八剱社
堀尾跡1-67





 堀尾跡公園の裁断橋を渡ってそのまま広場を南下すると八剱社の入り口があります。創建は不詳ですが,天正年間(1573〜93)にこの地域を支配した堀尾氏によって再建され,同氏の守護神として篤い崇敬を受けたといい,堀尾氏の滅亡後も地域の人々によって氏神として信仰されたといいます。参道右の拝殿[町文化]は文久3年(1863年)の再建,明治35年(1902年)の修理といい,当時の部材をよく残し屋根の下の部分には彫刻も施されています。



 境内南西には堀尾氏邸宅跡[町史跡]の碑があります。八剱社を中心とした五条川の南側は,戦国時代に堀尾氏の邸宅があったとされる場所です。堀尾氏は織田信長,豊臣秀吉,徳川家康に仕え,一族の堀尾吉晴は後に出雲・隠岐の24万石を支配し,松江城とその城下町を築いた「松江開府の祖」として知られています。平成27年(2015年)に松江城が国宝に指定されたのを機に,大口町と松江市は姉妹都市にもなっています。



 邸宅跡の碑に隣接して,「裁断橋物語」の堀尾金助と母の銅像があります。堀尾金助は堀尾氏の一族といい,堀尾吉晴の子という説もあります。

桂林寺
堀尾跡2-16 [公式HP(外部リンク→)]





 八剱社から東へ150mほど進むと桂林寺(曹洞宗)があります。大香山と号し,文明16年(1484年)に大光山長楽寺として創建されましたが,永禄12年(1569年)に戦乱で堂が焼失しました。その後正保・寛永年中(1624〜48)に僧龍嶽により再建されて現在の寺号になったといいます。本堂は2階建ての堂々とした建物で本尊の聖観世音菩薩が安置されており,寺宝には元禄11年(1624年)銘の梵鐘などがあります。



 墓地には大口町堀尾史蹟顕彰会によって建立された堀尾金助とその母の供養塔(昭和46年建立)と,堀尾吉晴の供養塔(昭和47年建立)が建てられています。

地蔵寺
奈良子2-228







 桂林寺の先の筋を左折して150mほど進んだ次の十字路を左折した先には地蔵寺があります。秋葉山と号し,境内には防火の神である秋葉三尺坊が勧請されています。天保8年(1837年)にこの地域を支配した土豪が他郷にあった像をこの地に安置したといい,かつては旧正月には縁日も出て多くの参拝客が訪れ,火防を願う人々で賑わったといいます。参拝する人は各家の「くどの灰」を持参する風習があったと伝わっています。

天神社
秋田3





 地蔵寺の秋葉三尺坊の碑から東に戻ってそのまま500mほど進み,「秋田三丁目」交差点の1つ手前の筋を右折して,続く筋を左折すると天神社があります。創建は不詳ですが,尾張志にある「奈良子ノ社」の当たる神社といい天神七代をまつっているといい,町唯一の郷社として信仰を受けたといいます。本殿西手前にはマメナシ[町天然]があり,町内で2本あるうちの1本といいます。別名「いんなし」「いぬなし」ともいい,4月に白い花をつけます。かつては尾張地方に広く自生していましたが,近年は数が減り絶滅危惧種にもなっているといいます。毎年の秋の豊年祭には湯の花の神事[町民俗]が行われ,羽釜をかけ藁づくりの蓋を浮かべる昔ながらの方法でお湯をたぎされて,湯を神に供えて氏子たちもそのお湯を飲んで豊作を感謝します。かつては尾張地方で広く見られた神事といいますが,昔ながらの形で行われるものは今では珍しく,貴重な神事といいます。



 天神社の東側の集会所のあるところから出て左折し,「秋田三丁目」交差点を越えて100mほど進むと左手にヨシヅヤ大口店があります。飲食店も入るスーパーで,場合によってはウォーキングの休憩地点として活用できます。





 さらに200mほど進むと五条川沿いに出るので,右折して川沿いに進んでいきます。この付近は桜橋公園として整備され,ベンチや小花壇があります。春には五条川沿いの桜も見事で,ゆっくり休憩するのに最適の場所になります。

諏訪神社
高橋1





 桜橋公園の先にある桜橋を左折して渡り,「桜橋西」交差点を150mほど進んだ右手に諏訪神社があります。天文8年(1539年)に信州諏訪から勧請されたといい,元禄8年(1695年)に東の長松寺の支配になったといいます。享保4年(1719年)と元文2年(1737年)に社殿が被害に遭い,その都度長松寺や村の住民により祠が再建されたといい信仰の深さを感じさせます。

桜塚古墳
大屋敷3





 諏訪神社から東に戻って「桜橋西」交差点を越えた先2本目の筋を左折すると,少し先に桜塚古墳[町史跡]があります。古くから桜の木が丘にあったことから古墳の名前がついたといい,直径約14m,高さ約2.5mの円墳で,古墳時代後期の家族墓的な墳墓と考えられています。奈良時代の終わりに一人の行者が鬼門除けの天神を奉じてこの地に祀ったといい,その際に自身の杖を刺して芽吹いたのが,古墳の桜であると言い伝えられています。

長松寺
大屋敷3-196





 桜塚古墳から先の突当りを右折して続く筋を左折し,100m強北上すると長松寺(曹洞宗)があります。鶴立山と号し,文禄2年(1593年)に久山によって開基したとされ,当初は中島郡奥田村(現,稲沢市)にありましたが,元禄6年(1693年)に現在地に移されたといいます。境内には享保16年(1731年)創建という地蔵堂があり,俗に「延命汗かき地蔵」と呼ばれている鋳鉄地蔵菩薩立像[県文化]が安置されています。この地蔵菩薩は,寺伝では夢のお告げで奥田村の沼から拾い上げられ,寺に安置されたものといいます。元禄8年(1695年)にこの地蔵がたくさんの汗をかいた際,ひどい水不足に襲われました。そこで地蔵に願いをかけて熱心に参詣したところ,雨が降って水不足が解消したといいます。その後,何か災難が起こる際に汗をかいて知らせると言い伝えられ,多くの信仰を集めているといいます。かつての本尊の薬師如来は聖徳太子作,弘法大師開眼といわれ,五条川に流れていたものを拾い上げて奉ったといいますが,平成7年(1995年)の火災で焼失しました。

しょうねん塚古墳
大屋敷3-110付近



 長松寺から北上して突当りを右折して100mほど進むと,左手にしょうねん塚古墳[町史跡]があります。東西15m,南北10m,高さ2mほどの円墳といい,南側のすそにはかつて石室に使用されたであろう大きな川原石が露出しています。「しょうねん」の漢字には正念,誦念などのいくつかの説があるといいます。

(大屋敷)神明社
大屋敷2-79



 しょうねん塚古墳から西へと戻ります。五条川を渡る橋のところには水神の碑があります。水害が起こらないよう願いを込めて建てられたものと考えられます。





 その先の「大屋敷」交差点を左折して五条川沿いを100mほど進んだ右手には(大屋敷)神明社があります。大屋敷の部落の祖が慶長4,5年(1599,1600年)頃に創建したといい,貞享5年(1688年)再建という棟札があります。

大日塚古墳
大屋敷2-103付近





 「大屋敷」交差点に戻り,さらに五条川を右に見ながら400m弱進みます。掲示板がある筋を左に入った先に大日塚古墳[町史跡]があります。未調査のために詳細は不明ですが,古墳時代後期の円墳と推定されています。墳丘は直径約24m,高さ約3mですが,頂上が平らに削られ,周囲も一部が削られていることから元々はもっと大きかったと考えられています。この付近にあった集落の有力者の墳墓と考えられています。かつてはこの付近にいくつかの墳墓がありましたが,現在はこの1基になってしまったといいます。この付近からは古墳時代から平安時代にかけての土器片などが出土しており,この付近の開発がどのようにすすんだかを知る上でも貴重な古墳といいます。



 五条川沿いに戻り,そのまま川沿いを進んで100mほど先の長年橋を渡ります。橋を渡ったら川沿いの尾北自然歩道を東へ進みます。春には桜を楽しみながら歩くことができます。





 100m弱進んで横断歩道を渡り,再び川沿いを200mほど進むと平和橋があります。この付近は桜の時期はライトアップが行われるなど人で賑わうエリアです。平和橋の北側にはアピタ大口店があり,レストランもあるなどこの付近の休憩地点として活用できます。

八王子神社
伝右1-154-4



 平和橋に戻って300mほど南下し,「健康文化センター西」交差点から2つ目の筋を左折します。100m強進んだ左手には八王子神社があります。元和9年(1623年),安良村(現,江南市)の人であった佐藤伝右衛門がこの地を開墾した際に,安良にあった八王子社を勧請して創建したといい,伝右地区の産土神として信仰されたといいます。

大口町歴史民俗資料館
伝右1-35 ほほえみプラザ3階 [公式HP(外部リンク→)]





 八王子神社を出て東に進み,突当りを左折して水路の手前に出ます。さらに右手に進んで水路を渡った先には大口町健康文化センターほほえみプラザがあります。行政の窓口が設置されているほか,トレーニングルームや会議室など地域の拠点にもなっています。センターの3階には大口町歴史民俗資料館があります。



 入口から入ったところには川を行き来した木津の曳舟の様子やかつての大口の農家が再現され入館者を出迎えます。その後,大口町の遺跡や,堀尾館や小口城など町内の史跡の展示,町内の薬師寺の鋳造千体地蔵[県文化]や町の指定文化財であるいわき塚古墳出土の副葬品,広縁宮廷式土器・無頚脚付土器(仁所野遺跡出土)[ともに町文化]などの考古資料の文化財を展示しています。



 センターの向かい側には,大口町文化財収蔵庫があります。2つの木造高床の倉庫があり,町に伝わる農機具や民具などがおさめられています。おおぐちデジタルミュージアムのホームページでも,これらの文化財を見ることができます。





 またセンターの東側には,大口町の総合福祉会館,図書館,温水プールなどの文化施設や体育施設があります。

大口町役場
下小口7-155 [公式HP(外部リンク→)]



 ほほえみプラザの北の信号から250mほど北上します。左手には大口町総合運動場があり,平成6年(1994年)の若しゃち国体ではソフトボールの試合会場となりました。



 進んだ先に五条川にかかる新田橋があります。ここから平和橋までの五条川沿いの桜は,シーズンにはライトアップされるなどこの付近では一番人で賑わう地域です。



 五条川を渡って100mほど進み3本目の筋を左折します。さらに150mほど進むと右手に大口町役場があります。大口町の行政の中心で,様々な情報も手に入れられます。大口町は明治39年(1906年)に柏森村の一部と太田村,小口村,富成村が合併して生まれた大口村を前身としており,太田と小口から1文字ずつとって「太口」でしたが、点が抜けて「大口」となりました。

ゴール:大口町コミュニティバス・大口町役場バス停

 大口町役場の前にあるバス停がゴールです。コミュニティバスの柏森駅,江南駅,布袋駅への便がありますが,本数はそれほど多くはありませんので時刻を確認してから利用した方がいいでしょう。柏森駅への便が一番多くすべての系統を合わせると1時間に1本程度あります。

写真使用数:47

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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