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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県愛知郡東郷町:祐福寺コースYUFUKUJI

2019年7月探訪。2019年7月15日作成

【コース】 距離:約5.4km
 町西部の白土地区から平針街道を通って祐福寺周辺の史跡・文化財を巡ります。新しい住宅地を抜けて昔の様子を想像しながら歩いていきます。

≪コース≫ 名鉄バス・東白土バス停〜山神神社〜涼松せせらぎの道〜半ノ木公園〜清水公園〜祐福寺一里塚〜富士浅間神社〜受徳寺〜祐福寺〜法性寺〜大悟寺〜天神山の眺め〜部田春日社〜東光寺〜太子寺〜名鉄バス・祐福寺バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄バス・東白土バス停



 スタート地点である名鉄バスの東白土バス停へは,地下鉄鶴舞線の終着駅である赤池駅から祐福寺・前後方面行のバスを利用して約8分で行くことができます。本数は30分に1本程度なので,少ない本数ではありませんが,名鉄バスのホームページで時刻を確認して利用すると安心です。東郷町の中心部からは,循環バス(じゅんかい君)の西コースを利用しても行くことはできますが,本数が少ないので確認して利用しましょう。

山神神社
春木白土1-143







 バス停のある「東白土」交差点北東向きに入った(赤池方向から来る道から見て左折した)ところに山神神社があります。文化4年(1811年)の創建といい,江戸時代前期頃まではこの地域は人家がなかったが,白土の地名の由来ともなっている磨砂がこの地で産出されるようになってから集落が発展されるようになり,住民が山神を勧請して創建したといいます。氏子が隣接する名古屋市緑区神ノ倉一帯から東郷町にまたがって存在するという珍しい神社といいます。境内には磨砂採掘地跡の碑が建てられ,かつて品質の良い「尾州砂」として数多くの磨砂が採掘されていた名残をとどめます。明治40年ころが採掘のピークだったといい,昭和初期頃まで続けられていたといいます。平成29年(2017年)に社務所の大改造事業が行われており,きれいに整備された境内が印象的です。



 「東白土」の交差点に戻り,南下したすぐ次の信号のところには弘法大師像と辻観音堂が設けられています。明治23年(1890年)に村の発展に伴って寺院の代わりとして設けられたものといい,祐福寺和尚の筆という「遍照」の額が印象的です。

涼松(すずみまつ)せせらぎの道
春木涼松







 弘法大師像と辻観音堂のところからバス通りを東へ300mほど進むと,押ボタン信号のところからは涼松せせらぎの道が伸びています。この涼松という珍しい地名は,かつて平針街道がここを通っていたとき,日陰を作る松の木がいくつか植えられており,その松が暑さをしのぐのに役立ったことからしだいに涼松と呼ばれるようになったことが由来といいます。この道は下を流れる愛知用水にふたをして公園として整備されたもので,全長は約500m,幅は20mであり,山の道と小川のゾーンなど3つのエリアからなっています。遊具なども整備されて地域の人々の憩いの場になっているほか,トイレなどの設備も充実しておりウォーキングの休憩拠点にも活用できます。西に進んだところには愛知用水が流れているのを見ることが出来る場所があり,この地に豊かな恵みをもたらした愛知用水の恩恵を感じることができます。



 涼松せせらぎの道から南側の道を西に進んで坂を上っていきます。上った先の突き当りを左折し,200mほど進んだ右手には半ノ木公園があります。この公園の先を右折し,200mほど進んだ2本目の筋を左折して広い筋を進んでいきます。





 さらにその先の信号を直進して住宅街を300mほど進むと右手に清水公園があります。入口には花壇も整備されており,地域の人々に親しまれている様子が伝わる公園です。大きなグラウンドや遊具などが整備されたこの付近では大きい公園で,休日には子どもたちが遊んでいる様子も感じることができそうです。場合によっては休憩地点として利用しましょう。

祐福寺一里塚
春木小坂10 および 春木新池150-1



 清水公園の先の細くなった道を進み,400mほど進んで県道に突き当たったら右折して県道を東に進みます。県道を400mほど進んだ左手には祐福寺一里塚[県史跡]が設けられています。かつて街道沿いに一里(約4km)ごとに設けられていたのが一里塚ですが,この一里塚は名古屋と岡崎を結ぶ駿河街道(平針街道)に設けられたものになります。駿河街道は,慶長17年(1612年)の名古屋城の築城に伴い,徳川家康が名古屋と岡崎とを短絡するために設けた街道といい,東海道の裏街道として発展して特に女子の通行が多かったことから姫街道とも呼ばれたといいます。かつての名残がほとんど消滅した中,この一里塚は双ヶ塚が残り,かつての街道を今に伝える貴重なものといいます。

富士浅間神社
春木狐塚3801 [公式HP(外部リンク→)]









 祐福寺一里塚の先の筋を左折し,そのまま道なりに300mほど進んで春木台の住宅地を抜けていきます。突き当りを右折してそのまま先の信号を渡り,400mほど坂道を進んだ突き当りを左折して,案内にしたがって300mほど進むと祐福寺の集落の北側にそびえる緑の丘の上に富士浅間神社が設けられています。なお正面の入口は池を回り込む道路を進んだ先にあります。創建は不詳ですが,平安時代の延喜式にある「愛智郡伊福神社」に相当する神社といわれている古社です。その後,ふもとに設けられた祐福寺の奥の院として富士権現が勧請され,祐福寺とともに隆盛したといい,特に子供の守り神として信仰されたといいます。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの際に,その残党によって建物が焼失したといいます。明治になってからは祐福寺とは分離されますが,現在でも東郷町を始め周辺の神社も管理するこの地域では中心的な神社となっています。境内は豊かな鎮守の森を擁しており,宅地化が進む現在においては,その流れを食い止める貴重な昔ながらの自然になっています。奥宮までは108の階段を上がることになり,高台からの眺望も楽しめることから自然を感じながら境内をじっくり散策するのもいいかもしれません。

祐福寺
春木屋敷3417



 富士浅間神社の西側入口のところから南に池を左に見ながら進む細い路地を道なりに進むと,300mほど進んだ大きく右に曲がる直前のところの左手に受徳寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。創建は不詳ですが文明年中(1469〜87)に始まったといい,境内は地蔵をまつる祠などが設けられています。現在は祐福寺が管理している寺院になります。
 さらに道なりに進んだ先には祐福寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。玉松山般若院と号し,源頼朝の家臣で下野国の武将だった宇都宮頼綱が,建久2年(1191年)に京都から帰任する途中この地に立ち寄り,草庵を結んだのが始まりといいます。その後荒廃しますが,傍示本城の加藤空明と明知城(みょうちじょう:現,みよし市)の小野田阿願が,嘉慶2年(1388年)に美濃国から達智上人を招いて再興し,山号を蘭生山から現在の玉松山に改称し七堂伽藍を整備したといいます。室町時代には後奈良天皇の勅願寺となり,足利氏の帰依も受けて発展し,その後も織田信長や徳川家康,尾張徳川家などの庇護も受けたといいます。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの前日には,今川義元が寺を訪れ武運長久を願ったといいます。











 入口にある鐘楼堂を備えた山門(仁王門)は,明治25年(1892年)建築といい,大梵鐘は戦時中に供出されて昭和24年(1949年)に再鋳造されたものといいます。山門に隣接して,中門である勅使門[県文化]があります。大永8年(1528年)に後奈良天皇の勅使藤原経広が寺に参向する際に建立されたために勅使門の名があり,この地方には珍しい本柱一対が基本になっている棟門といわれる構造といいます。檜皮葺き屋根や木彫りの菊花紋が印象的で都風の優雅さを今に伝える貴重な文化財といいます。また門と一体になっている脇門及び筋塀[町文化]は天保14年(1843年)の築造という貴重なものといいます。境内の観音堂は再興された嘉慶2年頃に明知村(現,みよし市)から移されたものといい,元々多宝塔であったものが明治35年(1902年)に上層が焼失し,以降現在の形態になったといいます。堂内には平安時代後期作という十一面観世音菩薩立像[町文化]があり,東郷町における平安時代当時の信仰を今に伝えるものとして貴重なものといいます。元禄15年(1702年)の再建という本堂には,本尊として祀られている阿弥陀三尊来迎図[町文化],知多郡豊浜(現,南知多町)の漁師が海から拾い上げたという伝説のある善導大師像などが祀られています。他にも中興の祖・達智上人の像が祀られる開山堂,徳川家康寄進と伝わる阿弥陀如来像が安置されている阿弥陀堂,毘沙門天立像[町文化]が祀られている毘沙門堂,不動明王や秋葉大権現像[町文化]が祀られている不動堂(護摩堂)など多くの堂宇が設けられており,多くが江戸時代に再建された建物になります。また,室町時代初期作という円光大師画像,遣迎二尊画像[ともに県文化],奈良時代作という如来形立像(厨子入り)[県文化]をはじめ町指定のものも含む多くの寺宝を有し,書留帳,祐福寺縁起[ともに町文化]などのこの地域の歴史を今に伝える重要な役割を果たしてきたといえます。





 山門から南に向かって進んでいくと左手には天保14年(1843年)の当時の工法のまま残る祐福寺土塀[町文化]が続き,その先には総門跡の碑が設けられています。

法性寺
春木屋敷3420





 祐福寺の参道を南下した右手には法性寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。祐福寺の塔頭として15〜16世紀に創建されたといい,昭和16年(1941年)に法性院から法性寺と改称されたといいます。本尊は阿弥陀如来を中央に,観音・勢至菩薩が祀られた小三尊如来といいます。



 法性寺の南には大悟寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。開基は文明13年(1481年)以降といい,同じく祐福寺の塔頭で昭和16年に現在の名前となりました。文政10年(1827年)に再建されたという古い本堂を持ち,現在は保育園も併設されています。

天神山の眺め



 祐福寺の参道を南下して県道まで出たら右折し,100mほど進んだ先の歩道橋を渡ります。歩道橋から西側を望むと,東郷製作所の建物の奥に天神山を眺めることができます。山頂には近藤九十郎景春の墓碑があるといいます。近藤景春は,沓掛城(現,豊明市)に生まれて近藤家第9代当主となり,三河の松平広忠(徳川家康の父)に仕え,のちに今川義元に従属することになった。桶狭間の戦いで今川義元が敗死し,その後沓掛城を織田軍によって攻められ,景春は最終的にこの山頂に落ち延びて自刃したといいます。その子孫が寛文10年(1798年)に山頂に碑を設けたものが現在まで残されているといいます。なお,山頂に向かうには工場を大きく回り込んだ裏手から入って進んでいかなければいけません。

部田(へた)春日社
春木坂上25-1





 祐福寺南の歩道橋を渡って,そのまま細い路を道なりに200mほど南下すると右手に部田春日社があります。平安時代初期の鎮座という1200年余りの歴史を有する古社といい,江戸時代には春日社と八剣社が両立したことが記録に残されているといいます。現在は秋葉社,池鯉鮒社,多賀社,金刀比羅社などが祀られており,この地域の信仰の中心になっていることがうかがえます。毎年行われる秋祭りの際は,部田の祭りばやし[町民俗]が奉納されるといいます。これは五穀豊穣・家内安全・村中安全を願って江戸時代初期から「かがりあげ」として奉納されたもので,かつては傍示本,祐福寺,部田の各地区で行われていましたが,現在は部田地区のものだけが伝えられているといいます。

東光寺
春木西前6065







 部田春日社の南側に進んだ右手には,東光寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。入口の紙捻薬師という標柱が印象的で,医王山と号し,寺伝によると天正年間(1573〜92)に堂宇が焼失したため,現在の春日社の境内に移され,この際に浄土宗に改められたといいます。本尊の紙捻薬師如来と呼ばれ,行基菩薩が製作したと言い伝えられています。境内には樹齢300年余りという2樹のクロガネモチ[町天然]があります。北側が雌株で高さ約9mであり,毎年赤い実をつけます。南側が雄株で高さが約11mで,これらは往時の地境に植えられたものであると考えられています。この東の部田の集落にはかつて薬師如来が祀られていたという薬師堂跡の碑があります。かつて集落が大火に見舞われたとき,家々の火がすべてこの薬師堂に吸い寄せられ,お堂と薬師如来が代わりに焼失したと言い伝えられています。



 東光寺から東の県道に出たところには部田コミュニケーションセンターがあります。センターの前にはトイレも設けられているので,休憩地点としても活用しましょう。

太子寺
春木太子4520



 部田コミュニケーションセンターから県道を北に進んで,次の筋を右に入り,100mほど進んだ次の筋を左折して100mほど進むと太子寺(浄土宗西山禅林寺派)があります。延宝年中(1673〜80)に祀られたという太子堂がその始まりで,昭和16年(1941年)に寺号を賜ったといいます。中には本尊の石造の聖徳太子像が祀られており,太子16歳の姿をした像といいます。その他にも馬頭観音や子供の守り神の地蔵菩薩などが祀られているといいます。

ゴール:名鉄バス・祐福寺バス停



 太子寺から道なりに進んで県道まで進み,右折した先の「祐福寺」交差点のところには,ゴールの名鉄バス・祐福寺バス停があります。この付近のターミナル的バス停で各方面へのバス路線があり,名鉄豊田線の赤池駅と日進駅,名鉄名古屋本線の前後駅と知立駅へバス便が出ています。一番便利なのが赤池駅へのバス便で,本数は1時間に1〜2本,所要時間は17分になります。他の目的地へは本数は1〜2時間に1本になります。行先によってバス乗り場が異なりますので注意して利用しましょう。

写真使用数:36

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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