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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県日進市:市役所コースCITY OFFICE

2019年3月探訪。2019年3月13日作成

【コース】 距離:約8.0km
 市南部の日進駅と米野木駅周辺をめぐります。折戸・米野木地区の社寺をめぐり,その間に日進市役所・図書館などの公共施設を訪ねます。

≪コース≫ 名鉄・日進駅〜宝泉寺〜八幡社〜日進市民会館〜日進市役所〜にぎわい交流館〜日進市立図書館〜東陽寺〜愛知ヤクルト工場〜米野木の石橋〜米野木神明社〜本亮院〜薬師寺〜洲原社〜仲芝公園〜米野木中央公園〜名鉄・米野木駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄豊田線・日進駅





 スタート駅の名鉄豊田線日進駅は,地下鉄鶴舞線の豊田市行に乗車して名古屋市中心部の伏見駅から約30分,赤池駅からは約3分で行くことができ,アクセスは便利です。本数は1時間に4本程度の運転になります。名古屋と豊田を直結する鉄道の構想は戦前からありましたが,資金難などからなかなか実現せず,昭和54年(1979年)に豊田新線としてようやく開業しました。この付近から名古屋市への通勤・通学が格段に便利になり,現在の急激な発展の基礎になっています。駅前広場のある北側の出口から出てスタートしましょう。駅の北口には日進市の「N」の文字をモチーフにしたモニュメントも設けられています。

宝泉寺
折戸町寺脇125 [公式HP(外部リンク→)]



 日進駅の駅前広場から北西の「日進駅西」交差点に進み,横断歩道で道の西側に渡って右折し北上します。100mほど進んだ右手の川沿いの道には桜並木があって春には目を楽しませてくれます。







 さらに100mほど北上した「日進駅北」のところで左奥方向の筋に入り,そのまま100m強進んだ2本目の筋を右折すると,先に宝泉寺(曹洞宗)があります。竹流山と号し,寺伝では当時折戸城を居城にしたという丹羽氏が文明3年(1471年)の創建といい,当初は長松寺と称して丹羽氏3代の菩提寺だったといいます。のちに岩崎城主となった丹羽氏清が岩崎村に移して妙仙寺と改め,慶長元年(1596年)に妙仙寺2世高賢が長松寺を再興して,現在の寺名になったといいます。境内には古くは折戸学校として使われたという観音堂(現在は修造されたもの)や鎮守の金毘羅社,等身大の地蔵や法華経が書かれた経塚などがあります。また境内には愛知県の民話でも紹介されているという「ほうろく井戸」があります。これは寺が焼失した際に苦心して再興したという6世大鏡が,井戸水がなく苦労を重ねたために十六羅漢に祈願したところ,たちまち水を得ることができたという言い伝えがあります。由緒によると安永8年(1779年)に井戸普請が行われたといいます。

折戸八幡社
折戸町寺脇123-6







 宝泉寺の西に隣接して折戸八幡社があります。文明3年(1471年)に折戸城を設けた丹羽氏従が,城内に氏神として創建したと伝わります。天文22年(1553年)に猿投神社に黒印を求めて奉納したといい,永禄元年(1558年)に丹羽氏清が社殿を改造したと伝わり,江戸時代は宝泉寺が支配していたといいます。この北付近の丘陵地には古くは文明3年(1471年)に丹羽氏従が築城したという折戸城(別名,吹上城)があったといい,丹羽氏が現在の日進市付近を支配する足掛かりになった場所といいます。その後丹羽氏は本郷城を経て岩崎城の城主となり,この付近で勢力を広めたといいます。高台にある境内からは名古屋方面の市街地を望むことができ,この付近がかつて城址だったことをうかがわせます。

日進市民会館
折戸町笠寺山62-3







 折戸八幡社から北側の道に出て,左手に進み,300mほど進んだ歩道橋のある交差点を右折します。そのまま200mほど北に進むと,右手に日進市民会館があります。平成元年(1989年)にオープンした日進市の文化交流の拠点施設で,1000人余り収容の大ホールをはじめ,小ホールやギャラリーなども備えており,市民が気軽にコンサートやイベントなどに参加できるようになっています。入口には長野県木祖村との友好姉妹都市締結を記念して設けられたというモニュメントが設けられています。付近のウォーキングコースの起終点にもなっており,中継拠点にすることもできます。この先は日進市の公共施設が集まっている場所になり,これらを訪ねながら進んでいくことになります。





 日進市民会館からさらに150mほど北上した左手には日進市スポーツセンター[公式HP(外部リンク→)]があります。日進市の拠点となる体育施設で,競技場やトレーニングルームなどが設けられているほか,各種のイベントなどが行われる場合もあります。建物の北側にはテラスガーデンが設けられており,景色も楽しみながらゆっくりとした時間を過ごすこともできます。

日進市役所
蟹甲町池下268 [公式HP(外部リンク→)]





 日進市スポーツセンターからさらに100mほど北上し,「蟹甲」交差点を左折して,続く筋を右折し北上すると日進市役所が見えてきます。日進市の行政の中心となる場所で,日進市のぐるりんバスのターミナルにもなっています。日進市のウォーキングマップなどを手に入れることもできるようで,必要によっては情報収集に活用しましょう。



 市役所の東側に隣接して日進市にぎわい交流館(公式HP:https://shimin-kouryu.net/)があります。1階には交流の場になっている市民サロンがあり,休憩に活用してもいいかもしれません。



 にぎわい交流館から東の筋に出て,左折して100mほど北上すると「市役所北」交差点があります。ここを右折して道なりに進むと,右手に日進市中央福祉センターがあります。





 さらに進んだ先の右手には日進市立図書館があります。現在の建物が設けられたのは平成20年(2008年)といい,モダンな2階建ての建物が特徴的で,バリアフリー・ユニバーサルデザインにも配慮されているといいます。日進市の地域資料などを閲覧して地域の理解を深めることもできます。

東陽寺
本郷町古郷1305



 日進市立図書館の北側の橋を渡って,50mほど進んだ筋を左折します。そのまま細い道を道なりに100mほど北上し,突き当りを右折して進むと左手に東陽寺(曹洞宗)があります。与楽山と号し,創建には諸説ありますが江戸時代には龍谷寺(藤島町)の境内(または門前)にあったと考えられています。明治11年(1878年)に本郷の観音堂があった(当時は岩崎の大応寺の支配下で浄土宗だったという)という現在地に移って独立し,昭和3年(1928年)頃に現在の寺号に改号したといいます。

愛知ヤクルト工場
藤枝町前田5 [公式HP(外部リンク→)]





 東陽寺から東側の県道に出て右折し,「日進市役所東」交差点を渡ってから左折し,続く筋を右折して川沿いに出たら左折し,そのまま天白川沿いを400mほど進みます。川沿いのウォーキングを楽しみながら進んでいきましょう。



 県道に突き当たったら左折して県道を300mほど進んで右手に入ると愛知ヤクルト工場があります。東海地区のヤクルトなどの乳製品の生産を行っている工場で,事前に電話かインターネットで予約すれば工場見学も受け付けています。子どもにも人気の工場見学といいます。



 愛知ヤクルト工場から北の県道に戻り,右折して東へ600m弱進み,自動車の看板のある場所から右手に入ったところには米野木の石橋があります。この石橋は弘化4年(1847年)の「米野木村村絵図」にもみられる古いものといい,かつての名古屋街道(現在の県道名古屋豊田線)にかけられていたものといいます。5本の切石が架けられていますが,1本はのちに新しく継ぎ足したものといいます。

米野木神明社
米野木町小馬場39





 米野木の石橋から県道を西に戻って,続く保育園の左側の筋を右折して北上します。200mほど進んだ突き当りを右折し,続く筋を左折して100mほど道なりに進むと米野木神明社があります。慶長12年(1607年)の再建という棟札があり,以前は天白川北岸の沼地にあったという言い伝えもあるといます。延宝5年(1677年)以降の棟札が残されており,江戸時代は山田長大夫家によって社職が引き継がれたといいます。明治・大正にかけて米野木村の各地にあった神社が合祀され,この地区の信仰の中心となりました。毎年10月に行われている米野木の馬の塔は,飾り立てた馬を神社へ奉納する行事で,通称「オマント」と呼ばれています。米野木には馬の塔で用いられた20余りの馬鞍が残されており,江戸時代のものもあるといいます。各地で行われていたという馬の塔も市内で行われるのはここだけになったといいます。





 米野木神明社から北東の山の中に入っていったところには御嶽神社があります。米野木神明社の境外社で,安政6年(1859年)の創建と伝わります。神社からの景色も楽しむことができます。

本亮院
米野木町宮前56





 米野木神明社から100mほど東に進んだところに本亮院(曹洞宗)があります。竹渡山と号し,慶長元年(1596年)に創建されたという久巌山昌林寺がその前身といい,天明3年(1783年)にこの地を治めた渡辺氏の室であった本亮院の崇敬を得て,現在の寺号に改称したといいます。なお,山号は本亮院の生家の竹腰氏と渡辺氏の頭文字からつけられたものといいます。本尊の千手観世音菩薩は久昌寺時代からのものといい,脇侍の観音菩薩と地蔵菩薩は,本亮院が父母や主君の筆という書を燃やし,その灰から作られたものといいます。その他,本堂や山門など江戸時代から続くという歴史ある建物で,風情を感じさせます。



 本亮院から南に下がってそのまま県道を横切り,100mほど進んだ突き当りを左折して少し進んだ右手には薬師寺(曹洞宗)があります。東方山と号し,明暦2年(1656年)の創建といい,龍谷寺(藤島町)が本山といいます。

洲原社
米野木町奥畑90





 薬師寺から南に進んで突き当りの県道に至ったら右折し,さらに続く筋を左折します。さらに200mほど進んで天白川を渡った先の分岐を右奥方向に進んで道なりに進んでいくと300mほど先に洲原社の入口があります。神社は小高い山の上に設けられていますので進んでいきましょう。創建は不詳ですが,江戸時代の寛文覚書には「権現」とみられる古社といい,現在は米野木神明社の境外社となっています。かつては独特な獅子芝居が奉納されたと伝えられているといいます。





 洲原社から天白川の南の分岐のところまで戻り,今度は天白川の橋から直進となる筋を南下して200mほど道なりに進みます。2本目の筋を左折して少し進んだ左手には仲芝公園があります。公園の東側にはため池が広がっており,入口にはかつては道標であったと考えられるお地蔵さまがまつられています。





 仲芝公園の南側の階段を降りたところにあるT字路を右折して新しい住宅街を250mほど進み,歩行者専用になっている道を越えた先2本目の筋を左折し,100mほど進むと右手に米野木中央公園があります。この付近は米野木台の新しい住宅地が広がっています。

ゴール:名鉄豊田線・米野木駅





 米野木中央公園の東側から出て右折して南下し,200mほど進むと広い筋に突き当たります。この右手の「米野木駅入口」交差点に進んで左折し,そのまま100mほど進むとゴールの名鉄米野木駅があります。入口には今回訪れた米野木神明社で行われる馬の塔(オマント)をイメージしたモニュメントが設けられ,案内板が駅の前に設けられています。名鉄豊田線を利用して戻りましょう。地下鉄鶴舞線の接続駅の赤池駅まで約5分,名古屋市中心部の伏見駅までは約32分です。本数は1時間に4本程度になります。

写真使用数:40

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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