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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県日進市:赤池コースAKAIKE

2019年2月探訪。2019年2月10日作成

【コース】 距離:約9.2km
 市西部の赤池駅周辺をめぐります。史跡が多く博物館などもある見どころ豊富なコースで,新しい住宅地と田園地帯のコントラストも楽しめます。

≪コース≫ 地下鉄・平針駅〜龍淵寺〜天地社〜明治記念館〜赤池城跡〜日進変電所防空壕〜梅森八幡社〜性海寺〜浅田八剣社〜妙淵寺〜旧市川家住宅〜聖人塚〜マスプロ美術館〜レトロでんしゃ館〜プライムツリー赤池〜霊鷲院〜地下鉄・赤池駅


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:地下鉄鶴舞線・平針駅





 スタート駅は名古屋市天白区に位置する地下鉄平針駅です。地下鉄鶴舞線を利用して,名古屋市中心部の伏見駅から約21分の所要になります。本数は平日は1時間に8本程度,土曜休日は1時間に6本程度運転されていてアクセスは便利です。バスターミナルに隣接する平針駅の1番出口から出てスタートしましょう。

龍淵(りょうえん)寺
赤池町西組110



 平針駅1番出口から出て左手に進み,東へ約100m進んだ4本目の筋を左に進みます。そのまま50mほど進んで橋を渡った先の分岐を右に進みます。橋を渡ったところには特徴的な平針カトリック教会があります。







 橋を渡って右に少し進んだ先には龍淵寺(曹洞宗)があります。正門はしまっていますが,少し先に進んだ東門から境内に入ることができます。蟠住山と号し,天正元年(1573年)頃に赤池城主の丹羽秀信が創建したと伝えられています。創建当時は西側に淵があり,そこに龍が住んでいたという言い伝えがあったことから寺の名前になったと伝わり,この崖下に泉が噴出して閼伽(あか)池と呼ばれていたことから,現在の赤池という地名になったといいます。本堂と庫裏は明治12年(1879年)に焼失しましたが,総門と秋葉堂は江戸時代のものを今に伝えているといいます。また境内には創建した赤池城主の丹羽秀信が手植えしたという立派なツブラジイがそびえています。元々は5本あったといいますが,昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で被害を受けて1本だけ残ったものです。



 龍淵寺の東側のT字路から東へ200m強細い道を進んだ先には,庚申堂が設けられています。病魔を払いのけるという庚申信仰にまつわるお堂で,古くからの庶民信仰を感じることができます。

天地社
赤池町屋下82







 庚申堂から西に戻って,2つ目のT字路の筋を右折して150m強進み,喫茶店のある広い筋に出たら左折するとすぐに天地社の入口が見えてきます。創建は不詳ですが,明応7年(1498年)という説もあります。境内の南東隅には,本殿の新築に伴って移設された天地社旧社殿[市文化]があります。元禄2年(1689年)に再建されたという棟札が残り,この時期に設けられたと考えられる市内最古の建物といい,現在は平成元年(1989年)に設けられたという保護覆屋におおわれています。また縁に配置されていた木造狛犬[市文化]は宝永2年(1705年)のものといい,現在は岩崎城歴史記念館にて保管されています。他にも宝暦13年(1763年)に設けられたという石鳥居なども残されており,この地域の歴史を今に伝える貴重な神社といいます。

明治記念館
赤池町屋下7-2



 天地社の裏手に回っていったところに明治記念館があります。日進市出身者である故山田新平氏が明治 100 年を記念して赤池地区に寄贈したものを 昭和48年(1973年)に日進市が移管を受けたものといいます。建物内では市民から寄贈されたという民具・農具などの民俗資料や書籍などが展示されているといいます。平日のみの開館で,見学の際はあらかじめ予約が必要になります。

赤池城址
赤池町大応寺



 明治記念館から西方向に200mほど進み,突き当りを右折してその先の天白川を渡る橋を進みます。川沿いの景色も楽しみながら進むことができます。





 橋を渡った先の分岐を左に進み,100mほど先の「新大正橋北」交差点を越えた先の次の十字路を右折して200mほど進んだ左手に赤池城跡の碑があります。丹羽氏によって天文年間(1532〜55)に建てられたといいますが,詳しいことはわかっていません。前述の通り天正元年(1573年)頃に城主の丹羽秀信が龍淵寺を建立しています。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いに後に廃城になったといい,長らく土塁の跡が残されていたといいますが,昭和47年(1972年)の耕地整理の際に遺構はなくなりました。現在は碑のみが城跡であることを伝えています。

日進変電所防空壕
赤池町北山





 赤池城址から先に進んだ十字路を左折し,さらに100m強進んだ突き当りを左折します。そのまま200mほど進むと右手に日進変電所防空壕があります。昭和11年(1936年)に設けられた日進変電所は,名古屋港方面への軍需工事に電気を供給するために中継基地として設けられました。昭和17年に名古屋への空襲があったことから,配電盤を死守する職員に何かあった時のために,予備要員が待機するための防空壕が設けられました。半地下式で爆風を避けるためにアーチ状の屋根を持ち,当時は変電所本館にも同じものがあったといいます。戦争のつめあとを今に伝える貴重な遺跡になっています。

梅森八幡社
梅森台1-117



 日進変電所防空壕から東に戻って,そのまま300mほど進むと国道153号線に至ります。





 その先の「梅森西」交差点を左折し,100mほど進んだ2本目の筋を右折すると梅森八幡社があります。元々永正5年(1508年)に梅森村が成立した際に,氏神として設けられたという梅森天神があり,その後梅森城が築かれた際に八幡社が勧請されて,のちに八幡社が中心になったとも考えられています。その後,八剱社が寛文8年(1668年)に勧請されたといい,明治になって八幡社のみが残ったといいます。その後,村の各社が合祀されて梅森の人々から信仰を集めているといいます。昭和20年(1945年)に本殿が戦災で焼失して,再建されています。

眺景寺
梅森台1-201





 梅森八幡社の右手から道なりに150mほど進むと眺景寺(真宗大谷派)があります。竹林山と号し,当初は天台宗で桃林坊と称し,梅森城主の松平三蔵の菩提寺であったといいます。天文2年(1533年)に現在地に移され真宗大谷派に改称されました。境内には伊勢湾台風で被害に遭う前は樹齢300年に及ぶもみの木があったといいます。入口に梅森城跡の碑が設けられており,かつて境内には岡崎の佐々木城主の松平三蔵が支城として築いたという梅森城があったといいます。梅森城はのちの信次のときに三河を退いてこの城に定住したと伝わります。約100m南東にも城があり,三蔵の家臣である松平助左衛門が居住したと伝えられています。

宝珠寺
梅森町西田面1443





 梅森八幡社の南のT字路に戻って,左折してそのまま東へ100mほど進んだ2本目の細い筋を右折し,突き当りまで進んだら左折します。すると少し進んだ先に宝珠寺(曹洞宗)があります。梅森山と号し,梅森城主松平三蔵の舎弟というものが天正7年(1579年)頃に創建したといい,岩崎の妙仙寺の末寺といいます。17世紀後半に露白によって再興され,安政7年(1860年)に現在の本堂が建てられたといいます。



 宝珠寺から東に進んで,小さな川を橋で渡った先を右折し,その先を左折して天白川沿いの道を進みます。ゆっくりと川沿いのウォーキングを楽しみましょう。

性海寺
浅田町森下4



 天白川沿いの道を150mほど進んで県道を右折し,300mほど進んだ「西浦」交差点を越えた次の筋を左手に入ったところに性海寺(真宗大谷派)があります。照高山と号し,寛延元年(1748年)に浅井村の百姓出身の宗智が創建したといい,東本願寺名古屋別院の支配寺になったといいます。かつては四季折々の草花が咲き乱れる名所だったといいますが,現在はその面影はありません。明治10年(1877年)には浅田学校がここに置かれ教育の場としての側面もあったといいます。



 性海寺から県道を南下して歩道橋を西側に渡った先には阿弥陀寺(浄土宗)があります。安永7年(1778年)に傍示本村(現,東郷町)から薬師堂を譲り受けたのが始まりといい,天明6年(1786年)に阿弥陀堂と改宗し,寛政4年(1792年)に現名古屋大須の阿弥陀寺の支配下になったといいます。

浅田八剣社
浅田町平池29





 阿弥陀寺の東の歩道橋のある交差点から東へ200mほど進むと左手に浅田八剣社があります。創建は不詳ですが江戸時代より前は八幡社だったといい,浅田に来住した浅井氏が熱田の八剣宮を勧請して,現在の八剣社になったといい,浅田地区の氏神として信仰された神社といいます。毎年10月上旬には浅田町に残る見当流の棒の手が奉納されます。かつては東の折戸村にも棒の手が伝えられていましたが,現在は浅田町のもののみが保存されており,貴重な文化財といいます。

妙淵寺
野方町西島168





 浅田八剣社から少し進んだ次のT字路を左折し,150mほど進んだ次の十字路を右折します。そのまま150mほど進んだ「野方」交差点を左折した先に妙淵寺(曹洞宗)があります。竜蟠山と号し,天正元年(1575年)に岩崎妙仙寺4世日山舜用による開山といい,その後伽藍を整えていきますが,文久2年(1862年)に火災にあって総門を残して焼失したといいます。その後,慶応2年(1866年)に妙仙寺21世元浄が再興の祖となったといいます。本尊は延命地蔵菩薩で,ほかに千体地蔵を安置しているといいます。



 妙淵寺の北に隣接して豊龍院(真言宗醍醐派)があります。不動山と号し,寛文10年(1670年)の開創といい,本尊は薬師如来で座禅不動明王として信者が多いといいます。





 豊龍院からさらに100mほど北上し,橋の手前の十字路を右折して200mほど進むと左手に野方神明社があります。創建は不詳ですが,野方村の氏神として信仰されている神社といい,江戸時代には八幡社と春日社が併祀されていたといいます。

旧市川家住宅
野方町東島384







 野方神明社から西に戻って,水路を渡った先のT字路を左折します。200mほど進んだ突き当りを左折して,先の分岐を左に進んでさらに道なりに300mほど進むと県道に突き当たりますのでここを右折します。さらに県道を100m強進むと右手に旧市川家住宅があります。野方村の庄屋を務めた市川藤蔵家の住宅で,明和6年(1769年)に分家独立して現在地に屋敷を構えるようになったといいます。市川家住宅主屋[国登録]はこの時期に植田村(名古屋市天白区)の庄屋宅を移築したものといい,宝永6年(1709年)の年代の墨書が発見されています。土間境の柱を含めた上屋柱四本を梁(はり)でつないでいるこの地方に独特な「四つ建て(鳥居(とりい)建て)」形式が成立するまでの過程を考えるうえで貴重なものといいます。現在は日進市の管理となり,自由に見学することも可能です。

聖人(しょうね)塚
浅田町東田面





 市川家住宅から県道を西へ100mほど進むと右手に聖人塚[市史跡]があります。昔ある僧が鈴(れい)を持ち,「音がしなくなったら入定(死去)したと思ってくれ」と言い残して中に生きながら入っていったという伝説が残る塚といいます。江戸時代中期の記録にも塚の記載があることから,このころにはすでに伝説になっていたものと考えられています。この地には、「六部(ろくぶ)のしょうがねもち,チンチン鉦叩け」という童謡もあったといい,「六部」とは、各地の寺社をめぐり,お経を納めて歩いた僧のことを指すといいます。





 聖人塚の道路をはさんで反対側には野方三ツ池公園があります。平成13年(2001年)に開園した公園で,面積2.1ヘクタールとこの地区では最大規模の公園になっています。下池には桟橋が設けられて水上散策が楽しめるほか,芝生広場には「水の館」と名付けられた噴水がも整備されてゆっくりすることができます。大型の遊具もあって,特に休日は子供で賑わいます。ウォーキングの休憩ポイントにも活用しましょう。

マスプロ美術館 [有料施設]
野方町上納80 [公式HP(外部リンク→)]





 野方三ツ池公園から県道を西へ100mほど進むと左手にマスプロ美術館があります。通信機器などの製造・販売を手掛けているマスプロ電工が所有している美術品が展示されており,江戸時代や文明開化期の浮世絵600点余りがある浮世絵と美濃・瀬戸・常滑や有田などの陶磁器が収められています。現在の建物は平成14年(2002年)に開館したものといい,建物の2階は浮世絵と陶磁器がずらりと並ぶ空間になっており,じっくりと時間をかけての見学をおすすめします。以前は平日のみの開館でしたが,2019年からは第2・4日曜日も開館するようになり,見学がしやすくなりました。文明開化の頃の様子に思いをはせることができます。

レトロでんしゃ館(名古屋市市電・地下鉄保存館)
浅田町笹原30 [公式HP(外部リンク→)]









 マスプロ美術館から800mほど県道を西に進み,国道153号線の「赤池2丁目北」交差点を左に入っていった先の日進工場の左手を進んでいった先にレトロでんしゃ館があります。名古屋市を以前走っていた市電の車両3両をはじめ,昭和32年(1957年)の名古屋・栄町間の開業の際に地下鉄東山線を走っていた車両などを保存・展示している資料館です。その他にも地下鉄などに関する展示コーナーや鉄道模型のジオラマも設けられており,時間をかけて楽しむことができる施設になっています。
 隣接して名古屋市交通局の日進工場があります。地下鉄鶴舞線と桜通線の車両の検査などを行っており,事前に予約をすれば見学をすることもできるといいます。

プライムツリー赤池
赤池町箕ノ手1 [公式HP(外部リンク→)]







 レトロでんしゃ館から国道を東に進んで「赤池2丁目」交差点のところを右折します。そのまま西方向に100mほど進むと左手にプライムツリー赤池があります。農業用のため池である山田池を埋め立てて造成され,平成29年(2017年)に開業した東海地方で初めてのセブン&アイホールディングスのショッピングモールで,イトーヨーカ堂赤池店を中心として約180のテナントは入っています。また,4階には10のスクリーンを備えた映画館であるTOHOシネマズ赤池があり,じっくり1日時間をかけて楽しむことができる施設になっています。

霊鷲院
赤池町中島114







 プライムツリー赤池から西へ100m強進んだ左手に霊鷲院(曹洞宗)があります。久遠山と号し,享保14年(1729年)に児玉村(現,名古屋市西区)の観音寺で彫刻されたという観世音菩薩を,この地の福岡氏が請じて一宇を建てて祀ったのが始まりといいます。これを聞いた尾張藩の遠山景友が藩に訴えて霊鷲院の寺号を得たといいます。景友の正室であった微笑尼が亡くなった際に遠山家の菩提寺になったといいます。その後,本尊が釈迦牟尼仏になり,山の中にあったことから山寺と人々に呼ばれ親しまれてきたといいます。境内には開創の翌年の享保15年に設けられたという結界石があり,表に「不許葷酒入山門」とあります。ここで「葷(くん)」とは臭気・辛味のある野菜や肉のことで,これらと酒は門から入ることができないことを表しています。

ゴール:地下鉄鶴舞線・赤池駅







 霊鷲院から戻って,「箕ノ手」交差点を左折して,300m弱北上すると,左手にゴールの地下鉄赤池駅が見えてきます。駅前はバスターミナルになっており,周辺地区へ名鉄バスなどが運航されています。地下鉄鶴舞線の終点駅になっていて,中心部の伏見駅までは約24分になります。本数は平日では1時間に8本ほど,土曜・休日は1時間に6本ほどになります。名古屋市中心部まで地下鉄で直通なのでアクセスは便利です。赤池駅では昭和54年(1979年)から地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線の直通運転が行われていて,豊田市方面への鉄道のアクセスが格段に便利になりました。

写真使用数:41

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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