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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県江南市:江南北コースKONAN NORTH

2017年12月探訪。2017年12月14日作成

【コース】 距離:約10.2km
 市北部の木曽川沿い,宮田・村久野・草井地区などをめぐります。木曽川周辺の歴史を刻んだ社寺と,自然を感じられる公園や遊歩道を訪ねます。

≪コース≫ 名鉄バス・宮田バス停〜蘇南公園〜観音寺〜深妙寺〜川島神社〜大明神社〜(村久野)熱田社〜音楽寺〜魚入神社〜文永寺〜フラワーパーク江南〜生島神社〜忠平猿尾〜江南緑地公園〜草井の渡し跡〜天神社〜大善寺〜すいとぴあ江南


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:名鉄バス・宮田バス停



 今回のスタート地点である宮田バス停へは,名鉄一宮駅からの宮田本郷行きのバス便になります。本数は1時間に3〜4本と比較的多めに出ていて,所要時間は30分弱です。江南駅からもバス便がありますが本数が極めて限られていますので,江南駅からはいったん名鉄一宮行のバスに乗って一宮市役所北で下車し,宮田本郷行のバスに乗り換えるのがいいでしょう。

大明神社(宮田町藤ノ森)
宮田町藤ノ森96





 宮田バス停から県道を東へ100mほど進むと,大明神社の入り口があります。左折して境内の方に進んでいきましょう。大明神社は,往古は白髭大明神と呼ばれましたが,木曽川の洪水の際に記録などが流出したと伝えられ,延宝4年(1676年)の創立と記録されています。明治41年(1908年)に宮田村の2社を合祀し,3柱の祭神が祀られています。別名,藤の宮とも呼ばれ,藤ノ森という地名にもある通り樹齢100年以上という藤の木が数本そびえています。かつては木曽川を巻藁船で行き来する宮田祇園祭が行われていたといいますが,現在は廃絶してしまったといいます。

蘇南公園
宮田町本田島





 大明神社の入り口から道なりに北に進み,その先を左に進むと蘇南公園の入り口があります。江南市最大の面積を誇る運動公園で,多目的グランド,パークゴルフ場,芝生広場やアスレチック広場など多彩な設備で1日楽しむことができる公園です。中でもローラースケート場(有料)は近隣でも珍しい立派な設備を持ち,各種の大会なども行われています。木曽川の河川敷に設けられた広々と感じられる公園です。



 蘇南公園の入り口に戻って,宮田導水に設けられた遊歩道を東へ進みます。宮田導水は木曽川の水を導水して農業用水とするために設けられた水路で,現在は暗渠となって水路上に遊歩道が整備されています。現在は一部区間のみの開通ですが,最終的にはすいとぴあ江南までの4.4kmあまりの遊歩道が整備されるといいます。この付近では寛永5年(1628年)頃に下流の大野杁が廃止されて以降,宮田杁と呼ばれる水路が整備され,この地域の田畑に水を潤す役割を果たしてきたといいます。

観音寺
宮田町泉120





 宮田導水の遊歩道を250mほど進み,蘇南公園の出口の橋と合流したら右折します。さらに100mほど進むと左手に観音寺(曹洞宗)があります。勝栗山と号し,天正元年(1573年)にこの地域の住民の栗木左衛門によって建立され,その子孫らによって守られてきたといいます。昭和15(1940年)頃までは観音堂と呼ばれていました。
 なお,付近には茶室の舒嘯庵[市文化]が平成4年(1992年)に移されているといいます。元々は一宮市苅安賀に明治41年(1908年)に創建されたといい,尾張の茶人下村西行庵が建築に携わったといいます。

深妙寺
宮田町本郷262





 観音寺の先の筋を左折し,その先を右折して200mほど東に進むと,右手に深妙寺(真宗大谷派)があります。無量山と号し,天文元年(1532年)に上宮寺(江南市前飛保町)5世の子浄念による創建といいます。元々は上宮寺の北側にありましたが,濃尾地震で倒壊したため明治29年(1896年)に現在地に移されたといい,平成19年(2007年)に現在の本堂が整備されました。南側の入り口は木曽川の堤から下る形になっています。

木曽川堤(桜)
宮田町,小杁町,草井町など



 深妙寺から木曽川堤上の県道に出て,300mほど東方向に進みます。ここからしばらくは木曽川堤の桜[国名勝および国天然]を見ながら進んでいき,春には見事な景色となります。明治17年(1884年)の洪水により木曽川の堤防が決壊し,改修工事が行われることになった際,当時の愛知県知事勝間田稔の意見により堤の両側に数千本の苗木が植えられることになりました。その後,昭和2年(1927年)にこれらが国の名勝および天然記念物に指定されました。残念ながら江南市の宮田町〜草井町にかけては当時の桜はほとんど残されていませんが,一宮市浅井地区などには当時の桜が多く残されているといいます。

川島神社
宮田町四ツ谷285







 木曽川堤の桜並木を進むと左手に川島神社の入り口があります。創建は古く,平安時代の延喜式神明帳にも記載され,保元元年(1156年)に修復されたという棟札があるといいます。元々の位置は木曽川がたびたび氾濫するなどして不明だそうですが,元々は川島村にあったといいます。宝永5年(1708年)には尾張藩祖の徳川義直,2世光友,3世綱成が合祀され,藩主より社領が寄進されたといい,江戸時代には牛頭天王と呼ばれたといいます。社宝には元弘元年(1331年)銘の刀があるといい,南北朝時代の南朝の道臣がこの地に逃れた際に奉納したものと伝えられています。

大明神社(宮田神明町)
宮田神明町春日103





 川島神社から東方向に300mほど進むと宮田用水のところに出てくるので,水路沿いの道を100mほど進みます。次の筋を左折し,200mほど先の十字路を右折して300mほど進むと,左手に宮田神明町の大明神社があります。往古は金銀大明神といい,金銀の太刀が祀られていたといいますが,延宝年間(1673〜80)に木曽川の氾濫で社殿とともに流出し,元禄2年(1689年)に再勧請されました。明治43年(1910年)に同じ地区の八幡社が合祀され,近年の土地改良で山神が境内に鎮座することになり,付近の神社がまとまる形となりました。境内入り口南側にはこの地方では珍しい樹高約20mの照葉樹のいすのき[市天然]が,社殿裏には同じくこの地方には珍しい落葉樹のあおはだ[市天然]があります。



 大明神社から県道に向けて進む途中には青木川放水路排水機場があります。青木川が氾濫しそうになったとき,木曽川へと水を流して洪水を防ぐ役割があるといいます。



 さらに進んで広い道を右手に進んで「宮田神明町」交差点に進みます。さらに100mほど進んで高架を降りたら左手前方向の路地に入り,コンビニの裏手に突き当たったら右折して続く筋を右折すると宮田の阿弥陀寺(西山浄土宗)があります。文政6年(1823年)に創建されて,昭和21年(1946年)に現在の寺号となりました。元々個人的なものだったといいますが,現在は区民に信仰されて様々な活動も行っているといいます。

(村久野)熱田社
村久野町宮出107





 阿弥陀寺の先の突当りを右折して,先の広い筋との交差点を左折します。そのまま300mほど進んだ「村久野町宮出」交差点の1つ先の細い筋を右折すると,突当りの左手に(村久野)熱田社があります。ここ村久野は村国から転訛したものといい,壬申の乱(672年)の功労者である村国男依の一族がこの付近に住んだといわれています。ここ周辺から瓦や須恵器などが出土して有力な部族の存在が知られており,この地に穴太部明神の宮という社が設けられたが,木曽川の増水で社殿が流失し,永禄元年(1558年)に時の豪族青山新七郎が社を再興したと記録があるといいます。元和9年(1623年)に熱田大明神を勧請して再興され,その後村久野の各地域に7つの社が設けられますが,大正期に相次いで合祀されて村久野地区の総氏神として信仰されています。社宝に「肥州佐賀住藤原忠清」の銘が刻まれた刀[市文化]があり,これは宝暦治水の際に島津藩士が手放したものを神宝として奉献されたものといいます。現在は音楽寺境内の村国の郷歴史資料館内におさめられています。

音楽寺・村国の郷歴史資料館 [一部有料施設]
村久野町寺町73









 熱田社から東方向に300mほど進み,広い筋を越えてから2本目の筋を左折すると音楽寺(西山浄土宗)があります。琴声山と号し,往古は大乗院という寺院がこの地にあり,壬申の乱で活躍した村国男依に関係する寺院といいます。創建は白鳳時代ともいわれる市内最古の寺で,それを裏付けるかのように境内からは多数の布目瓦などが出土し,古墳の跡も見つかっているといいます。寺の記録では元暦元年(1184年)に天台宗の寺として源詠法師が開基したといい,元応元年(1319年)に金声山音楽寺となり,大正期に現在の琴声山になったといいます。江戸末期から明治期にかけては寺子屋や村久野の村役場など行政・教育機関がここにおかれ地域の中心となった寺院だったといいます。平成6年(1994年)には観音堂や薬師堂なども再建され,境内が整備されました。薬師堂には京都柳谷観音から勧請された薬師如来があり,眼の病気に霊験があるといいます。境内は「あじさい寺」と呼ばれるように地域の人々によって育てられた約1200本ものあじさいが彩り,6月の見ごろにはあじさい祭も行われます。本堂東側には,朝咲いて夕方には散るという沙羅の木が5本あり,同じ時期に見ごろになるといいます。



 音楽寺境内には村国の郷歴史資料館があり,この地域の歴史を知ることができます。市文化財の熱田社の宝剣や音楽寺に伝わる円空仏薬師如来,円空仏十二神将[ともに市文化]など5件16体の市指定文化財の円空仏,寺の境内から発掘された軒丸瓦や風招(金のハト)などが見どころになっています。開館するのは曼陀羅寺での藤まつり期間中の土休日と6月のあじさい祭の時期のみで,それ以外の時期の見学は事前の予約が必要となります。



 音楽寺から南に戻り,次の筋を左折して東に200mほど進んだ突当りを右折し,南に50mほど進んだ2本目の筋を左折して300m強道なりに進むと左手に村久野の阿弥陀寺(西山浄土宗)があります。享和2年(1802年)の創建といい,元々阿弥陀堂と称し,戦後阿弥陀寺と改称されました。

魚入神社
小杁町八幡321





 阿弥陀寺の約100m先の「村久野中郷」交差点を左折し,400m弱進んだ「魚入神社前」交差点を右奥方向に進むと,少し先に魚入神社があります。度重なる木曽川の氾濫で由緒は不詳ですが,尾張国本国帳に記載されている魚入神社にあたる神社といい,小杁の地名の由来にもなったといいます。江戸時代は熊野社と呼ばれたといいますが,明治4年(1871年)に熊野社が本国帳に記載された魚入神社と認められ,名称を熊野社から改められてその翌年に再建されました。その後村内の津島社,八幡社,富士浅間社が合祀されたといいます。

文永寺
小杁町寺ノ内121







 魚入神社の先の筋を左折して200m弱進むと正面に文永寺(臨済宗妙心寺派)があります。法隣山と号し,文永元年(1264年)に天台宗の寺院として創建されて法輪山と号しました。天文9年(1540年)に松峯和尚を中興開山として再興され,臨済宗となりました。尾張名所図会によると,境内に真名代塚があって,ここには小杁村が禁裏供御料所の収税官吏の宿舎があった場所だったといいます。境内には四国八十八カ所や稲荷大明神,薬師弘法堂などがあって多くの庶民信仰を感じられる場所です。寺宝として明治末年まで寺で使われたという駕籠[市文化],明治初年に犬山の成瀬家から譲り受けたとも,各務原武藤家から村久野大竹家に輿入れした際に乗ったものを,寺へ納められたとも伝わっている姫駕籠[市文化]があります。



 文永寺から北方向に100mほど進んで,2本目の筋を左折し,先の突当りから細い路地に進んで次の筋を左折し,続く筋を右折すると宝聚寺(臨済宗妙心寺派)があります。大正3年(1914年)開創といい,昭和17年(1942年)に宝聚庵から現寺号になりました。

フラワーパーク江南
小杁町一色 [公式HP(外部リンク→)]







 宝聚寺の先の筋を右折して,そのまま県道まで出て左折すると木曽川堤の桜並木が続きます。ここを300mほど進んだ「フラワーパーク江南」交差点を右折すると,その先にフラワーパーク江南があります。四季折々の美しい花と木曽川の雄大な景色がみどころの公園です。広大な芝生広場や子供向けの遊具のほかに,随所に花壇が整備されているのが大きな特徴です。メインとなるクリスタルフラワーはその名の通り花を模した建物になっており,中にはレストスペースやショップ,展示スペースなどがあってイベントも行われます。美しい花々に囲まれてゆっくりと休憩できる施設なので,ウォーキングの休憩拠点としても活用することができます。

生島神社
鹿子島町生島118





 フラワーパーク江南の駐車場北側の路地から出てそのまま東へ遊歩道を300mほど進んで右に戻る方向に進み,その先の十字路を左折して続く分岐を右に進み,道なりに300m進んだら生島神社があります。元々は尾張国神明帳に記載された神社といい,天正14年(1586年)に社殿が流出して現在地に移されたといいます。鹿子島には江戸時代,諏訪明神,八幡,神明などの社があったといい,そのうち八幡社に当たる社だといいます。明治初年に生島神社に改称されたと考えられており,各社が境内社に合祀されたと考えられています。境内には子宝の樹と信仰されるくろがねもちの木があります。

忠平猿尾
鹿子島町





 生島神社の右手を北上して200mほど先の突当りを左折し,続く筋を右折して木曽川沿いのサイクリングロードに出ます。この道に沿って木曽川の方には忠平猿尾という堤防遺構が残されています。猿尾とは堤防から斜めに猿の尾のように築いた小高い堤防で,洪水の水勢をそいで堤中の畑や民家を守るため,江戸時代から明治にかけて設けられました。現在は多くの猿尾が失われていますが,ここと中般若地区のものは比較的よく残り,貴重な史跡になっています。忠平というのはこの猿尾の建設に深く携わった父子の名前で,堤防の名前として残してその偉業をたたえています。付近はネムノキの自生地になっており,地域の人々によって守られているといい,木漏れ日歩道という遊歩道が整備されています。

江南緑地公園(草井地区)
草井町西66





 忠平猿尾から東に300mほど進むと,江南緑地公園があります。草井地区と中般若地区(愛岐大橋の東側)の2つの木曽川の河川敷の地区にグランドや野球場などの設備が設けられており,運動をする人々で多く賑わいます。トイレや休憩所も設けられていますのでウォーキングの休憩地点としても活用できます。



 トイレのところから堤防を越えて,さらに東に進んだところには草井児童遊園があります。子ども向けの遊具のほかにトイレも設けられ,こちらも休憩拠点となります。

草井の渡し跡(水神社)
草井町宮西



 草井児童遊園から堤防沿いに100mほど進むと草井の渡し跡の碑があります。草井と前渡(各務原市)とを往来していた渡しで,承久の乱(1221年)の際にも鎌倉の軍勢が京都に攻める際に,この渡しを利用したと伝わっています。その後,木曽川を利用した物流の拠点になったといい,活気ある港として栄えたといいます。明治期には木曽川を調査したヨハネス・デレーケがここから渡しに乗って,笠松に向かったといいます。昭和5年(1930年)に愛知県営の渡し船となり,貴重な交通機関として活躍しましたが,昭和44年(1969年)に愛岐大橋が開通したことにより翌年に廃止されました。現在は碑が建てられて往時をしのんでいます。





 草井の渡しの先には水神社があります。木曽川の水害から守るために設けられた神社といい,かつては堤防の中の川沿いにあったといいます。

(草井)天神社
草井町宮東111





 水神社の先の分岐を右方向に進み,2本目の筋を右折すると(草井)天神社があります。江戸初期に木曽川の御囲堤ができるまでは,この付近はいくつかの小島だったといい,大永年中(1521〜28)に川上に祀られていた川上天神が洪水で流されたためにこの地に移されたのが天神社といいます。その後,明治から昭和にかけて水神社以外の神社がこの地に遷座し,境内も拡張されて現在に至るといいます。境内には高さ10mに及ぶ菩提樹[市天然]があるほか,昔ながらの神聖な雰囲気を感じさせます。

大善寺
草井町宮西216







 天神社の正面から200mほど南下して県道に突き当たったら右折すると,すぐに大善寺(臨済宗妙心寺派)があります。創建は不詳ですが,元々は岐阜県関市迫間にあって,荒廃していたものを元和元年(1615年)に改築され,寛文12年(1672年)に再興されたといいます。草井地区には寺がなく,檀家の多くが小杁の文永寺に行っていたことから寺の勧請の気運が盛り上がり,大正6年(1917年)に現在地に移されました。本尊は聖観音菩薩で,境内の地蔵堂には「草の井」という井戸から現れて,草井の天神社にあった地蔵堂に安置されていた金無垢の地蔵菩薩があるほか,付近にあったという石仏が収められています。他にも三十三観音や稲荷などこの地区にあった文化財が寺の境内にあり,草井地区の歴史を語っています。

すいとぴあ江南 [一部有料施設]
草井町西200 [公式HP(外部リンク→)]



 大善寺の裏手から出て左折し,400mほど進んだ突当りを右折するとすいとぴあ江南があります。木曽川沿いに設けられた展望タワーや宿泊施設,研修施設や公園などがまとまった複合施設です。





 地上47.25mの展望室(スカイルーム)(有料)からは木曽川の雄大な流れから遠く名古屋市内の高層ビル群も望めるすばらしい眺望を楽しむことができます。2階・3階には展示室があり,江南の民話や史跡の紹介,木曽川の歴史や文化の紹介を行っています。5階には展望風呂を備えた大浴場もあり,ウォーキングの終了後に汗を流すのも格別です。



 施設の周辺には桜並木も備えた遊歩道が整備され,テニスコートや広場などもあって木曽川の自然を感じながらスポーツなどを楽しむことができます。

ゴール:名鉄バス・すいとぴあ江南バス停



 すいとぴあ江南の前にある名鉄バスの停留所がゴールになります。名鉄江南駅までバスで約20分の所要で行くことができます。本数は1時間に1本程度なので,時刻をあらかじめ確認して利用するといいでしょう。

写真使用数:55

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
rintaronagano□yahoo.co.jp
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