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ぼちぼちウォーキングでは,名古屋市周辺のウォーキングをした体験記をまとめています。

愛知県西春日井郡豊山町:豊場コースTOYOBA

2015年5月探訪。2016年2月14日作成
2018年6月25日一部追加

【コース】 距離:約6.4km
 町南部の豊場地区をめぐります。歴史ある常安寺,八所神社をはじめ開拓期の寺社をめぐります。イチロー展示ルームなど話題の見所もあります。

タウンバス・豊山町役場バス停〜常安寺〜八所神社〜慈徳院〜名古屋市中央卸売市場北部市場〜青塚古墳〜イチロー展示ルームI-fain〜エアポートウォーク名古屋・あいち航空ミュージアム〜神明社〜津島社〜長寿寺〜大乗寺〜タウンバス・豊山町役場バス停


(国土地理院発行 1/25000地形図を利用して作成)



スタート:とよやまタウンバス・豊山町役場バス停



 今回のスタートは,とよやまタウンバスの豊山町役場バス停です。名古屋栄や地下鉄名城線黒川駅から利用可能で,栄から約30分,黒川駅から約20分の所要で,1時間に1本程度運転されています。北の小牧市役所や小牧市民病院からの便,名鉄西春駅からの名鉄バスの便もありますので,町のホームページなどで確認して利用しましょう。

常安寺
豊場木戸76



 バス停から「豊山町役場東」交差点に進み,右折すると豊山町役場があります。役場では町の観光案内や地図なども手に入りますので,必要に応じて利用するといいでしょう。





 役場から西に進んで次の信号を左折し,100m弱先の突当りを左奥方向に進むと常安寺(曹洞宗)があります。萬松山と号し,弘仁3年(812年)に付近の岡山(現在の名古屋空港内)に空海が創建したと伝わる観音寺という真言宗の伽藍が起源といいます。平安時代末期に兵火にかかって焼失し衰退しますが,その後この地を所領した織田家家臣の溝口富之助が,荒れ果てた寺を見て心をいため,財を寄進して現在地に常安寺を再建し,熱田の円通寺の末寺となって曹洞宗に改宗したといいます。その後,富之助は両親の位牌を寺に安置し,家の菩提寺に定めました。本尊の釈迦牟尼如来は,再建した溝口氏が九州に訪れた際に肥後国如来寺から勧請したという釈迦如来立像で,インドから唐を経て伝来したものといい,「豊場の寝釈迦」の呼称があります。寺宝に鋳造誕生仏[県文化]があり,高さ13.5cmの鎌倉時代作といい,右手を天に左手を地にさした「天井天下唯我独尊」の姿勢をとり,光沢ある黒褐色の特徴ある仏像です。かつて本堂前には迦葉水と呼ばれる泉が湧き出る小池があったといいます。

八所神社
豊場木戸69





 常安寺の先の突当りを右折し,続く筋を左折すると八所神社があります。この地を開拓した物部氏の一族が,氏神の石上神宮(現,奈良県天理市)から分神を勧請して創建したといい,和銅2年(709年)の創建といいます。旧名を物部神社といい,平安時代の延喜式神名帳の「春部郡物部神社」に当たるともいわれる由緒ある神社です。永禄2年(1559年)に織田信長が社領を寄進し,後に豊臣秀吉が社領を没収しましたが,その後家康の4男の清洲城主徳川忠吉が20石を寄進したといいます。尾張徳川家の3代藩主綱誠の側室の宣揚院(梅津の方)が出産祈願を行い,めでたく成就して7代藩主となる宗春を出産したので,太刀と葵紋の大提灯を寄進したといいます。元禄9年(1696年)の「八所太明神」の棟札が残されており,このころには八所神社と呼ばれていたようです。大正年間になって熊野社・若宮・諏訪社などの周辺の小社を合祀し,拝殿を造営しました。文化財として室町初期の作とされる木造の狛犬一対[町文化]を有します。高さ40cmで阿吽の一対をなし,長い間外にあったため着色などがはげてしまっているものの,当時の作風を示す貴重なものです。戦国時代の築城の際の掛け声から発生し,大正5年(1912年)に奉納した記録がある木遣[町無形文化]が毎年重ねの朔日(旧暦2月1日)に奉納されています。また,江戸後期に始まったとされる神楽[町無形文化]が地元の保存会により継承され,厄除けや輪くぐり,大みそかの際に執り行われます。

慈徳院
豊場西之町97



 八所神社から出て前の道を150mほど進み,2本目の筋を右折して,そのまま進んで道なりに左折した先を右折して100mほど進むと右手に慈徳院(曹洞宗)があります。梅岳山と号し,永禄3年(1560年)に常安寺の末寺として開創され,豊場村の西部が開拓されるにつれ檀徒が増加していったといいます。境内にはかつては名木がいくつかありましたが,現在はすっきりした境内になっています。境内の七人地蔵は昭和10年(1935年)に檀徒7人が伊勢参拝の途中に事故で亡くなり,その霊を慰めるために建立したものといいます。

名古屋市中央卸売市場 北部市場
豊場八反107 [公式HP(外部リンク)→]



 慈徳院から先に進み,突当りを左へ,続く突当りを右に進みます。100m強進むと国道41号線に突き当たりますので,ここを左折して,400m南へ,途中の「豊場」交差点で国道を渡って西側に渡って進み,「豊場八反」交差点を右折して150mほど進んだ先に名古屋市中央卸売市場北部市場があります。慶長16年(1611年)頃開設されたという枇杷島の青物市がその前身で,昭和30年(1955年)に西区に枇杷島市場として開場し,昭和58年(1983年)に豊山町の現在地に移転して北部市場となりました。ここでは青果や水産物を中心に扱われます。普段は一般の人は入ることはできませんが,予約すれば見学することができ,イベントなどの際は市場が開放されます。また市場の前には南北に総合食品ビルがあり,すし屋など市場から直送された新鮮な食材を用いた飲食店などが並びます。

青塚古墳(冨士神社)
豊場冨士15



 「豊場六反」交差点に戻り,そのまま東へ350mほど進み,2つ目の十字路を左折します。そのまま50mほど進むと右手に冨士緑地の遊歩道の入り口があります。この遊歩道を200mほど進みます。





 さらに突当りを右折し,続く交差点を左折するとすぐに冨士神社があります。青塚古墳という古墳上に設けられた神社で,創建は不詳ですが,古墳が富士山に似た形をしていたために冨士浅間神社の分神を勧請して創建されたといい,この付近を開拓した人々からの信仰を受けました。青塚古墳は物部氏の祖先の墓と考えられる前方後円墳で,現在は直径約40mの円墳部分のみが残ります。本来は二重の濠を持ち,全長は約100mに及んだといいます。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いの際は,豊臣方の森長可がここに陣を置いたといいます。また,戦いから退却する際に豊臣秀吉もここで指揮をとったともいわれていますが,これは状況から楽田村(現,犬山市)の青塚古墳と考えられています。

イチロー展示ルームI-fain [有料施設]
豊場四ツ塚53 [公式HP(外部リンク)→]



 冨士神社から200mほど東に進むと「伊勢山南」交差点があり,この先に総合福祉センター南館ひまわりがあります。



 ここを越えて300mほど進むと左手にイチロー展示ルームI-fainがあります。野球選手として活躍するイチロー選手の生まれた家で,平成12年(2000年)に博物館として開館し,少年野球時代からプロ野球オリックス,そしてシアトルマリナーズなどのメジャーリークで活躍する野球選手時代までのイチローに関する様々なコレクションを展示しています。またオリジナルグッズの販売やイベントなども開催されており,イチローの軌跡を感じることができます。

エアポートウォーク名古屋
豊場林先1-8 [公式HP(外部リンク)→]



 イチロー展示ルームの先の筋を左折し,そのまま300m強進むと右手にエアポートウォーク名古屋の建物が見えてきます。平成11年(1999年)に開業し,平成17年(2005年)に中部国際空港の開港にともなって閉鎖された旧名古屋空港の国際線ターミナルビルを活用して平成20年(2008年)に開業したショッピングセンターで,アピタと135の専門店,東側に設けられたシネマからなります。





 3階西側のフードコート付近は,4階まで吹き抜けになっており,かつての空港ロビーとチェックインカウンターの名残を残し,5階にはかつての空港の眺めが楽しめる展望デッキもあります。また,空港の近くのショッピングセンターならではのイベントも開催されており,長い時間ゆっくりと楽しむことができる施設です。

あいち航空ミュージアム [有料施設]
豊場(県営名古屋空港内) [公式HP(外部リンク)→]











 エアポートウォークの2階にある連絡通路から進んだ先には平成29年(2017年)にオープンしたあいち航空ミュージアムに行くことができます。愛知県は古くから航空宇宙産業の育成に取り組んでおり,この付近には航空機の開発・生産拠点ともなっていることから,将来の人材育成や産業観光などを目的として新しくオープンしました。2階から入場すると様々な飛行機の模型が展示された名機100選のコーナーと3D映像が楽しめるオリエンテーションシアターがあり,階下に国産旅客機YS-11やMH-2000などのヘリコプターなどを見ることができるカフェも設けられています。1階に下りると,航空機の飛び方が学べるシアターや零戦の模型の展示,飛行体験ができるフライングボックスなどがあります。その他,フライトシミュレーターや航空整備士体験など多彩な体験プログラムも用意されており,受付にて予約することができます。3階には飛行機が眺められる展望デッキも設けられており,じっくりと時間をかけてめぐりたい施設です。
 航空ミュージアムからは,三菱重工による国産旅客機MRJについて学ぶことができるMRJミュージアム[公式HP(外部リンク→)]に行くことができます。MRJに関する展示施設や製造工程などを見学する約1時間30分のツアーになっています。見学の際は事前の予約が必要で,Webでも予約することができます。人気のツアーになっているため,見学する際は早めに予約をするといいでしょう。

(伊勢山)神明社
豊場若宮109





 エアポートウォークから南に戻って,「名古屋空港南口」の1つ手前の筋を右折し,そのまま道なりに300m強進むと右手に神明社があります。創建は不詳ですが,この地域の開発をした人々が伊勢神宮から勧請して創建したと考えられており,その際に地名を伊勢山と名づけたといいます。境内は大樹でおおわれ,神聖な雰囲気が感じられます。神社の祭礼などの時,伊勢山神楽[町無形文化]が奉納されます。これは今から300年前に伊勢山地区が誕生してから受け継がれているものといわれ,一時期衰退しましたが,戦後は伊勢山神楽保存会が設立されて伝統文化が継承されています。

津島社
豊場中之町176





 神明社の右側の道を道なりに進んで,その先の県道に突き当たったら右折します。約100m進んだ次の信号で県道を渡り,そのまま左手の北に進む筋に入り,さらに150mほど進んだ3本目の筋を左折し,約100m先の2本目の筋を右折し,さらに100m強進むと目の前に津島社があります。創建は不詳ですが,この付近から豊場村の東部を開拓した際に,津島神社から勧請して創建されたもので,祭神は須佐之男命です。大正14年(1925年)に字丸池にあった州原社を合祀しました。

長寿寺
豊場中之町190-1





 津島社の前を右折するとすぐに長寿寺(曹洞宗)があります。医王山と号し,弘仁3年(812年)に常安寺が創建されたときの薬師堂が前身といい,その後,新田開発が進んだ際に人口が増加し,常安寺の末寺として分寺したといい,本尊は聖観世音菩薩です。



 境内にある薬師堂は,約250年前にこの地に移築したという記録がある豊山町最古の建造物で,高さ32cmの薬師如来坐像[町文化]が安置されています。医王山の山号もこの薬師如来に由来すると考えられています。

大乗寺
豊場中之町240





 長寿寺の先を左折し,約150m進んだ2本目の筋を左折します。そのまま200mほど進んだ2本目の筋を右折すると,約100m先の正面に大乗寺(日蓮宗)があります。名古屋熱田の本遠寺の末寺として釈迦牟尼如来を安置し,慶長2年(1597年)に開創されたといいます。寺宝に元禄16年(1703年)作という涅槃画像があり,本堂の鬼子母神像は子供の夜泣きに霊験があるといい,参拝者が多く訪れたといいます。
 寺を出て右に進んで西に100mほど進み,県道に突き当たったら右折して右側の信号を渡り,そのまま進みます。この付近にはかつて溝口城という城があったといいます。織田信長の臣下の溝口富之助が天正年間(1573〜92)に居城したといいますが,現在は遺構など全く残っておらず宅地化されてしまいました。

ゴール:とよやまタウンバス・豊山町役場バス停

 そのまま進んで次の筋を右に曲がり,県道に出たら左に曲がって「豊山町役場東」交差点を右折したら,ゴールの豊山町役場バス停に戻ってきます。名古屋栄,黒川駅および小牧方面にバスが運行されています。本数があまり多くありませんので,時刻をきちんと調べておくといいでしょう。

写真使用数:30

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ぼちぼちウォーキング

作成者 Rintaro Nagano
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